咲の異変

 進が言っていた通り、遠藤教授は課題を出すのが好きな教授で、レポートの課題が出された。来週の授業までに提出だが、ぎりぎりにやって慌てたくないから、今日の夜に課題をやっておくか。


「ここの問いは……」


 課題をやっていると、携帯に通知音がなる。


『課題全くわからない、助けて』


 咲の悲痛な助けのメッセージだった。


『どこが、わかんないんだ?』


『全部!』


『ご愁傷様。課題に戻るわ』


『戻るなぁー。戻ってこーい』


『全部だと、文字で教えるの大変』


『じゃあさ、明日の放課後、教えてよ』


『放課後? 特に用事ないから良いよ』


『やったー、明日の放課後ね。帰らないでよ?』


『さすがに帰らないよ。俺は、そこまでひどい事はしない』


『信じるからねー! また明日!』


 明日の放課後、咲に勉強を教える事になった。まぁ、難しい内容じゃないし、教える事できるか。明日、教えるって事は、今日の間に全部やらないとか。


「頑張ってやるか」


 気持ちに気合い入れて、課題の問題を解き始める。結局、課題が全部解き終わったのは、日付が変わる直前だった。



 次の日、大学の講義を受け終わった俺は、咲に集合場所として学内の第一食堂を指定された。


「まだ、咲は来ていないみたいだな」


 昼休みは、恐らく百人以上はいるだろう第一食堂は、放課後って事もあり、人は数えられる程度しかいなかった。


「出入り口の近くにある席に座っていれば気づくだろ」


 とりあえず、座って待つことにする。一応、咲にもメッセージを送っておくか。


『着いたよ』


 メッセージを送って、すぐに携帯の着信音が鳴った。名前を見たら、『桜木咲』の名前がある。何か、あったのか?


「もしもし、なんかあったか?」


「あ、いたいたー」


 後ろから声が聞こえる。振り向くと、電話を片耳に付けて、咲が手を振っていた。


「確認のために電話してきたんか」


「そうそう。一目でわかるでしょ」


 賢いな。俺も今度、友達と街中で待ち合わせする時、この作戦をとろう。


「よし、さっそく課題をやろうか」


「ねぇ、その前に場所移動しよう。人の出入りが、多くて気が散るかも」


 言われてみれば、そうだ。ここは、食堂で勉強する場所ではない。食堂を出入りする人は、みんな話しながら歩いている。


「そうだな。咲の頭に内容が入らないと意味がない。咲が集中しやすくなるなら、移動するか」


「ありがとう」


 できるだけ人の往来が少なくて、静かなとこは、出入り口の反対に位置する、あそこの席か。出入り口の反対に位置する、机に俺と咲は移動する。


「改めて、レポートの問題解説、お願い!」


 咲は、俺にレポート用紙を見せて来る。案の定というか、予想はしていたが、手を加えた痕跡が見当たらなかった。


「まず、一問目の問題はな」


 昨日、自分が解いたレポートを見ながら、教える。一問目、二問目と咲は解き始める。咲、頭良いな。呑み込みが早い。要点を教えるだけで、だいたい理解できて解けている。これなら、昨日の講義内容聞いていたら、解けていたんじゃないか?


「咲、頭良いんだな」


「そう? 昨日全くわからなかったよ」


 聞いている所が悪いのか。これなら、要領を掴めば、俺より点数高くなる気がする。がっつり、教える覚悟をしていた。少し安心したせいか、あくびが出てしまう。


「光、眠いの?」


「悪い、昨日寝るのが遅かったんだ」


「もしかして、私に教えるから、昨日全部解いてから寝た?」


「まぁな」


「なんか、ごめん。睡眠時間、削らしちゃって」


「いいよ。気にすんな」


 しばらく、無言の時間が続く、レポートも半分以上が終わった。後一時間もかからないぐらいで、終わるだろう。少し、休憩を挟めてもいいか、


「休憩するか」


「うん」


 咲が、大人しくなってしまった。もしかして、俺の睡眠時間を削った事に、罪悪感があるのか?


「俺に、無理をさせたと思っているのか?」


「うん、無茶なお願いをしちゃったと思った」


「別に俺は、怒ってないから、そんな縮まる事ないぞ」


「終わらないなら、別に明日でも良かったのに」


「俺の好きで、やった事だ」


 咲の表情が暗くなっている。底抜けに明るい女性だと思っていた。そんな表情されると、俺がどうすれば良いかわからなくなる。


「私が、お願いした時、内心怒らなかった?」


「怒る?」


 昨日の事を振り返ってみてみるが、怒りの感情がどこにもなかった。


「殴ってやろうとか思わなかった?」


「殴る? 何で俺が、咲の事を殴らなきゃ……」


 震えている。咲の体が震えているのが、見ただけでもわかった。何が、起きている。何かに、恐れている?


「おい、大丈夫か?」


「触らないで!」


 咲の肩に触れようとしたら、手で思いっきり弾かれてしまった。何があった? 今まで話してきた咲とは別人に見える。


「あ……ご、ごめん……そんなつもりは、なかったの……」


 咲は、我に返ったみたいだ。


「詰め込み過ぎたかもしれないな。ゆっくり休もう」


「う……ん」


 多分、普通の男子だったら困惑するか、帰ろうって言っているところだと思う。だけど、今の咲を見ていると、自分と重なるようなものが見えた気がした。まるで、元カノに囚われている俺の時みたいな雰囲気を感じた。だけど、こういうのは、本人が話すまでは、無理に詮索しない方が良い。女子なら、なおさらだ。


 数十分休憩をした後は、再び咲にレポートの内容を教え始める。咲は、その時間の間、静かであり淡々と作業をこなしていた。そして、レポートを終えると軽く会話し帰宅する。

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