あなたの女

アイツ・・・山浅美空(やまあさ みく)はそう言うと、眩しそうな笑顔で彼の近くに駆け寄った。

だが、その笑顔も私を見るとすぐに引きつった。

ざまあみろ。

私への恐怖と軽蔑が混じっているにも関わらず、気分が良かった。

私の手でアイツに不快感を与えている。

その事実は胸の中に湧き上がるような満足感をもたらした。

だが、それも彼が奴を守るように寄り添うのを見て、すぐに消し飛んだ。

なんで。

なんでそんなに寄り添うの?

あなたはあの女の兄でしょ?

妹なんかただの家族。私の方があなたの「女」になれるのに。

ああ、あの時もそうだった。

お前のせいで、私は彼の愛を失ったんだ。


半年前。

夏になろうとする6月の蒸し暑い日。

雨上がりの側道を歩いてた私は、そばを勢いよく走る車の飛ばした水によってずぶ濡れになった。

咄嗟に鞄を守ったせいで、仕事の書類やタブレットは無事だったが代わりに制服は酷い物だった。濡れて下着のラインまで見えるくらいに。

こんな私の下着のラインなんて興味を持つ人なんていないだろうが、そう考えてしまった自分にも惨めさを感じた。

そして、この日職場で私は気になっていた同僚への、カフェデートを断られていたのだ。

その時の顔は、まるで嘲笑が混じっているように見えた。

そんなこんなが入り交じり、気がつくと私は泣いていた。

そんな私の気持ちなどあざ笑うように車は走り去り・・・はしなかった。

車はすぐに停まり、中から運転手が降りてきた。

柄の悪い人だったら・・・と怯えたがすぐにそんな気持ちは消し飛んだ。

そこに居たのは、彫りの深い顔に口ひげをたたえた落ちついた優しそうな大人の男性だった。彼・・・山朝一樹は心配そうな顔で駆け寄ってきて、すぐにジャケットの内側から白いハンカチを出し、私を拭いてくれた。

「本当にごめん。何て謝れば良いのか。クリーニング代は出すから・・・ってそんな問題じゃ無いか。女の子にこんな思いさせて」

その言葉を聞きながら、私は夢の中に居るようだった。

もはやずぶ濡れになった身体に感謝さえもしていた。

神様は本当にいるんだ。

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