首輪




 尚弥に選んでもらった化粧品を購入した後は、アクセサリーショップに行った。

 咲と尚弥が服や化粧品において高すぎないものをセレクトしてくれたおかげか、意外とまだ端末の中のお金に余裕はある。仄香なりに豪遊しているつもりだが、五万円は一日ではなかなかゼロにならないらしい。


「ピアス付けたいのに、武塔峰ってピアス禁止なのよねー。これもこれも可愛いのに、買ったって付けれないんじゃ意味ないわよねぇ……」


 咲がピアスのゾーンを見ながら溜め息を吐く。

 ピアスの隣には多くのネックレスがかかっており、その中の一つが仄香の気を引いた。ハートモチーフのピンク色のネックレスだ。茜の桃色のふわふわしたショートヘアを思い出す。こんな可愛らしいものは自分には似合わない。でも、茜ならきっと似合う。

 これまで買ってきたプチプラの化粧品などよりも値が張り、高校生からしたら随分な贅沢だが、プレゼントならこれくらいお金をかけても許されるだろう。


 仄香がネックレスに手を伸ばした時、偶然にも同じものに手を伸ばしていた隣の尚弥とぶつかる。


「…………」

「…………」


 しばらく見つめ合った後、尚弥も同じことを考えていたのかと気付いて少し嬉しくなった。


「尚弥もこれ、茜ちゃんに似合うと思った? 私も思った」


 尚弥のセンスなら信用できる。安心してこれを購入しようと決めた仄香に、尚弥は怪訝そうな顔をした。


「何言ってんだ? お前のアクセサリー買いに来たんじゃねぇのかよ」

「……え? 自分用も買うつもりだけど、自分用のはこんな高いの買わないよ。私節穴だから、安いのと高いのとの違いなんて分からないし」


 てっきり尚弥は茜へのプレゼント選びが目的で付いてきたものと思っていたが違うらしい。

 不思議に思っていると、尚弥はチッと盛大な舌打ちをかましてきた。


「じゃあこれは俺がお前に買う。お前は茜用として買え」

「ええ? 何で?」

「アホ面すんな。お前がまだ金銭面で遠慮してるって知ったら、茜が悲しむだろうが」


 ――尚弥はどこまでも茜思いだ。

 実の姉である仄香よりも茜のことが見えているし、茜の気持ちを想像できている。何だか情けなくなった。


 俯いているうちに尚弥が会計へ向かうので、慌てて同じネックレスを持って列に並ぶ。


「つーか、今朝俺に送ってきた金といい今使ってる金といい、どっから出てんだよ。親とはちゃんと話したのか?」

「……なんか尚弥、説教臭い兄貴分みたい」

「あァ?」

「わ、私のお金の出どころがどこだって別にいいじゃん。ちゃんとジム代返したんだし」


 ゴニョゴニョと言い返しているうちに前の人がいなくなり、尚弥の順番が来た。

 尚弥は端末を画面に当てて決済し、商品を箱に入れようとする店員に聞いた。


「このまま付けて帰っていいですか」


 店員がにこやかに頷き、包装せずに尚弥にネックレスを渡す。


「……尚弥って店員さんにちゃんと敬語使えるんだ」

「俺のこと何だと思ってんだよ」


 乱暴に言った尚弥は、仄香の首に手を回し、買ったばかりのネックレスを付けてくる。

 尚弥が近付くと、バニラっぽい甘い香りがした。ただ甘いだけでなく、苦めのチョコレートのようなキリッとした印象も受ける匂いだ。


(香水……? いや、柔軟剤かな。尚弥の匂い、ちょっと好きなんだよね)


 距離が近いため緊張して目を逸らすと、付け終わった尚弥が間近で薄く笑った。


「お前、これ、志波高秋とのデートでも付けろよ」

「う、うん。勿論。そのための買い物だし……」


 尚弥がくいっとネックレスを指に引っ掛けて引き寄せてきた。


「首輪」

「……へ?」

「それ付けてる限り、お前は俺の犬だから。〝命令〟な」


 周囲には聞こえない程度の囁き声で言った尚弥は、機嫌良さそうにぱっと手を離す。


(い、意味分かんない……)


 会計所から立ち去っていく尚弥の背中を見ながら、何故かバクバクと心臓がうるさくなった。


「お客様?」


 前の店員に促され、はっとしてまたタグが付いている方のネックレスを渡す。プレゼント用に包装してもらい、袋も購入して会計の列から出た。




 咲は悩んだ末にイヤーカフを一つ購入していた。

 モールを出る頃にはすっかり空が夕焼け色に染まっていた。

 尚弥はいつの間にかいなくなっており、結局咲と二人で帰ることになった。


 武塔峰への帰り道、咲が機嫌良さそうに言う。


「ねぇ、あたし、今日楽しかった!」

「……うん。私も」


 端から見れば、少し買い物に出かけただけのことかもしれない。けれど長年遊ぶことを遠慮していた仄香にとっては新鮮な経験で、かけがえのない思い出となった。

 沢山買い物したおかげで荷物は重いが、そんなことは全く気にならない。


「休日に同級生と外に遊びに行くなんて初めてだったわ」


 咲が意外なことを言った。


「そうなの? 咲は私と違って、自分のクラスに沢山友達いるのに」

「同じクラスの子はなんていうか、あたしのことを上に上げて褒めそやしてくる子が多くて、友達って感じでもないのよね。派閥って言った方がしっくり来るかも。あたしが派閥の長で、あたしの周りのクラスメイトは皆あたしの派閥員みたいな。あたしに自分の理想像押し付けて、勝手に神聖視してるのよ。クラスは、そんな風に崇めてくる生徒と逆に僻んで敵視してくる生徒の両極端でさ。……たまにちょっと息苦しいよ」


 以前廊下ですれ違った時、咲は沢山のクラスメイトたちに囲まれて楽しそうにしていた。仄香はそれを見て、咲はいじめられている自分とは違ってキラキラの高校生活を送っているのだろうと思っていた。

 けれど、咲には人気者なりの困り事があるらしい。


 歩きながら、苦笑いを浮かべる咲の近くに少し寄った。


「私、あんまりお金かけられないかもしれないけど、たまにこうやって一緒に遊びに行こうよ。その、公園とか。咲は運動好きだし、私でよければ相手するよ」

「マジ!? 行きたい行きたい! 一緒に日頃のストレス発散したいわ」


 咲が予想以上に食い付いてくる。

 完璧に見える咲も、見えないところで人間関係で苦労しているのかもしれない。


「来年は、同じクラスになれたらいいね」


 ぽろりと漏れた言葉の後で、ふっと未来視で見た光景が脳裏を過ぎった。

 ズタズタにされた咲の体と、血の匂い。まるでフラッシュバックするかのようにそれらの映像が一気に頭の中を駆け巡り、立ち竦んでしまう。


 ――来年。来年が来たら、どうなっているのだろう。

 そこは仄香が望む未来だろうか。


「……仄香? どうしたの?」


 突然立ち止まった仄香のことを咲が振り返る。

 ドクドクと心臓がうるさい。

 息が荒くなった。


「あの……あのさ……咲」


 声が震える。

 最近夢を見ないから平和ボケしていた。

 こうしている間にもあの未来は近付いてきている。


「咲は、もし自分が来年――」


 ――来年、自分が殺されるとしたらどうする?

 耐えきれなくなり、いっそ咲自身に未来のことを打ち明けてしまおうと思ったその時、背後に何者かの気配を感じた。


「あれえ? ほのぴと、サッキーじゃん」


 バッと勢いよく振り返る。

 そこに立っていたのは、昨日任務同行で会ったばかりの宵宮だった。


「えっ、宵宮さん!? お久しぶりです。打ち上げではお世話になりました」


 隣で咲が驚きの声をあげて会釈する。

 仄香は咄嗟に言葉を発することができないまま、宵宮のことを凝視した。


「宵宮さんもこういうところで普通に買い物とかするんですね。異犯の人ってもっと都会で店貸し切って遊んでるイメージでした」

「あはは、サッキー僕らのこと超人気アイドルか何かだと思ってる?」


 談笑している二人の間に入っていけない。


 さっきの咲との会話は、宵宮に聞かれただろうか。

 もし聞かれていたら、仄香が咲に宵宮たちのことを打ち明けようとしていたことがバレたということである。

 咲を巻き込むまい、不安にさせまいとずっと隠していたのに、こんなところで聞かれるなんて。


(私の意志が弱いせいだ……)


 一人では背負いきれなくなって、咲に協力してもらおうと考えた。

 その結果咲が宵宮たちに要注意人物と判断されて、危険が及ぶかもしれないことを度外視して。


「……何で……」

「ん~? どしたの、ほのぴ」

「何で、ここが分かったんですか?」


 化粧品が入った袋を持つ手が震える。

 おかしい。こんなタイミングで、異犯の寮からは車を走らせなければ来られないような場所に何故いるのだ。


 ――〝油断させて聴いてる可能性もあるだろ〟


 尚弥が言っていた通り、まだこちらの位置情報を追い続けているとしか思えない。



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