その手を離さないで



「私、いつまでも子供でいたくないです。早くプロの方と肩を並べて戦えるような人材になりたいって思ってます」

「……震えてるのに?」

「こ、これは! 武者震いです! ああ、早く強敵と戦いたい!」


 ドーン! と胸を張って言えば、宵宮がぶっと噴き出した。


「やばすぎる。戦闘狂じゃん」

「はい、戦闘ほど楽しいものはありません」


 己を鼓舞してそう伝えると、ツボに入ったのか宵宮が肩を震わせて笑い続ける。


「ふ、はは。そんなキャラじゃないっしょ、ほのぴ。……でもまぁいいよ。その意味分かんないやる気に免じて、ハンドガンもう一個あるから貸してあげる」


 ホルスターからもう一つ拳銃を取り出して仄香に渡してくる宵宮。仄香がいつも授業で使っているものより軽く、扱いやすそうなモデルだ。


「そっちは実弾入ってないやつだから、ほのぴが使っても問題にはならないよ」

「……分かりました。ありがとうございます」


 偽弾なら遠慮なく使える。


 仄香は宵宮の隣で拳銃を構え、未来視を発動した。

 ――最後の男がここに到着するのは、あと十五秒先だ。


「十五秒後、そこの階段から来ます」

「はぁ~い。どっちが先に殺れるか勝負する?」


 さすがにプロである宵宮に勝てる気はしない。

 しかし、できる限りのことはしようと思って息を潜めて敵を待つ。



 仄香の予測通りぴったり十五秒後、男が同じ階に登ってきた。

 先に打ったのは宵宮だ。しかし、その弾丸は不自然に曲がって壁に刺さる。その壁がミシミシと音を立てて揺れるので、仄香は警戒してそちらを見た。


 次の瞬間、壁に刺さっていた銃弾が独りでに動いて仄香たちの方に迫ってくる。

 隣にいた宵宮が肘で勢いよく仄香を突き、飛んでくる銃弾を避けさせた。おかげで当たらなかったが、床に腰を強打して「いたっ!」と大声を上げてしまう。

 銃弾はまだ独りでに動き続けていて、四方八方を飛び交っている。


 おそらく銃弾を操る類の異能だ。

 ということは、対象は鉛合金か鉄合金か――いずれにせよ多く使われている弾丸の成分を操っているはずだ。

 仄香はそう予測を立てて、姿勢を低くしたまま、宵宮から預かった拳銃で階段付近にいる男を打つ。


 予想通り男は仄香の偽弾は弾くことができなかった。やはり操れるのは本物の弾のみのようだ。

 そうと分かればと、仄香は何発も男に弾を撃ち込む。苦しんではいるが、相手が武装しているせいで数発では動きを封じられない。


 宵宮が横から割り込んできて男に殴りかかった。

 男の方も悶え苦しみながら宵宮に反撃を仕掛ける。


 宵宮に当たる可能性を考慮して一旦銃を引っ込める。

 しかし次の瞬間、男が宵宮に勢いよく体当たりし、宵宮が壁にぶち当たった。



 その時、ぶつかった壁が外れた。

 ぐらりと宵宮の体が後ろに傾く。本来なら壁に衝撃を与えたところで安全なはずだった。――ここが撤去中の廃ビルの一角でなければ。

 コンクリートの壁が絵に描いたように崩れ、宵宮の体が外に放り出される。

 この高さから落ちたら即死だ。


 考えるより先に体が動いていた。

 まだ動いている男に渾身の蹴りを食らわし、落ちていく宵宮の手を咄嗟に掴む。

 片手で宵宮を支えながら、もう片方の手で敵の男を何度も打った。本来の銃を打つ体勢ではないせいで何度も外したが、一発がいいところに命中したようで、男はようやく気を失って倒れた。


「手、絶対離さないでください!」


 下にいる宵宮に向かって叫ぶ。

 正直引き上げられるとは思えない。相手は自分より大きくて体重が重い男だ。しかしやらなければ宵宮が地面に落ちてしまう。


「く……っぅう」


 腕がぷるぷると震えた。


(こんなことなら、もっとちゃんと腕の力、鍛えとけばよかった)


 ――尚弥みたいに、日頃から向上心を忘れず、鍛錬を怠らなければ。

 仄香の中に努力不足による後悔が過ぎった時、仄香に掴まれている宵宮がぽつりと言った。


「……ほのぴってほんとに、損得勘定で物事を考えられないタイプの人間なんだね」


 その様は悠長で、全く焦っていないように見える。

 仄香の力が抜けたら死ぬという状況で、どうしてそんな態度でいられるのだろう。


「よく考えなよ。僕が死んだら高秋を悪い方向に導く人間はいなくなる。ほのぴを監視する人間も、ほのぴを脅してる人間も。ほのぴはきっと今より生きやすくなるし、望む未来に近付ける。ここで僕を落としといた方が都合いいんじゃない?」

「なっ……んで今そういうこと言うんですか……! 助けてほしくないんですか!?」

「いや、死ぬのは確かに困るけど。それより仄香がそんな必死なのが不思議だなあって。ほのぴにとっては体張ってまで助ける価値ないでしょ、僕」


 単純に疑問を感じているらしい宵宮に向かって叫んだ。


「志波先輩が救った命なら価値あります!」


 志波高秋という人間が、かつて生かすという選択をした。

 それだけで価値あるものであると断言できる。

 だから、宵宮をここで死なせるわけにはいかない。



 必死に腕に力を入れて引き上げようとする仄香の下で、宵宮がふっと笑う気配がした。


「――――だってよ、高秋。信者すぎて笑っちゃうね」


 宵宮が口にしたのは、ここにはいないはずの人間の名前だ。

 え? と一瞬固まった仄香の後ろから、ふわりと嗅いだことのある良い匂いがした。


 いつの間にか志波が隣にいて、仄香が握っている宵宮の腕を掴む。

 仄香にかかる体重が軽くなり、あっという間に宵宮は引き上げられていた。


「遅かったじゃん」

「下にも何人かいたからな」


 宵宮はこうなることを分かっていたかのような口ぶりで志波に礼を言っている。


「………………え?」


 仄香はと言えば、目をパチパチさせることしかできなかった。

 何故、ここに? と疑問に思って志波と宵宮を交互に見つめる。


「任務で想定外の事態が起こったら即報告。仕事の基本だよ~。敵が反撃してきた時点で僕から今回の任務に関わる全ての人間に救援要請しといたんだよね」

「い、いつの間に……っていうか、志波先輩、もしかしてずっとこの周辺にいたんですか!?」

「僕基本的に高秋と組まされるって言わなかったっけ? 今回高秋は、敵の人数が想定より多かった場合を見越しての待機要員だったけどねー」


 軽い口調でヘラヘラ笑っている宵宮。

 仄香は安堵で体の力が抜け、へなへなと床に崩れ落ちた。


「よ、よかったぁ~……今回ばかりは本当に、助けられないんじゃないかと思いました」

「ほのぴ、力みすぎて目血走ってて面白かったなぁ。女子高生がする表情じゃないよ」

「宵宮先輩、もっと危機感持ってくださいよ……。いくら志波先輩が傍で待機してるからって、志波先輩が来る前に落っこちちゃったら助けようないんですからね? 即死だったら治癒班でも治療できない……全然、笑い事じゃないです」


 思わず先輩相手に説教のような物言いをしてしまった。

 宵宮があまりに自分の命を軽視する態度を取るため、色々物申したい気持ちが抑えられない。

 立ち上がり、ぽかんとしたままの宵宮を指でビシバシと突く。


「あの状況で私を煽るのも意味分かんないですし! 『落としといた方が都合いいんじゃない?』って何ですか? 落とせるわけないじゃないですか。こっちは必死に助けようとしてるのに、まるで死んでも別にいいみたいな態度取らないでください」


 そこまで一息で言った後、ハッと気付いた。

 これはただ、自分への怒りの方向性を変えているだけだ。


「……ごめんなさい。宵宮先輩に怒るのもちょっと違う気がしてきました。そもそも私があそこで余裕で引き上げられる程の筋力があれば……。すみません、八つ当たりでした」


 視線を下降させてぶつぶつと謝ると、頭上でぷっと噴き出す音がする。

 顔を上げれば、宵宮が目を細めて笑っていた。

 ……前から思っていたが、宵宮は笑い上戸なのではないだろうか。


「一人で怒ったり反省したり、百面相しないでよ」


 その表情は何だか、いつも見ているものよりも幼く見えた。




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