子どものまま
「は、はええええええ……」
宵宮の話を黙って聞いていた仄香は、思わずスコープから目を話して顔を上げた。
「声が間抜けすぎない?」
右横にいる宵宮がぷっと噴き出す。
「なんか、ずるいなって思いました」
「ずるい?」
「宵宮先輩と志波先輩の方が運命っぽい……」
ショックを受けて俯く。
仄香と志波の関係は、志波と宵宮のような互いを理解しあって支え合うような関係ではない。仄香側が長年ただ一方的に志波に憧れていただけだ。
「ほのぴも十分じゃない? 命の危機を高秋にかっこよく助けてもらったんでしょ?」
「でも、私と志波先輩は同学年でもないし、同じ異能力複数種持ちでもないし、志波先輩の秘密だって全然知らなかったし、志波先輩の影響で進路を決めましたけど、生きる意味をもらったって感じではないし……。やっぱり宵宮先輩の方が志波先輩にふさわしいような……。はぁぁぁ~……」
大きな溜め息を吐いた後、一応任務中だということを思い出して慌ててスコープに目をやる。話に夢中になってしまったが、それでターゲットの男を見逃したら宵宮が上から怒られそうだ。責任重大である。
「いや、僕に嫉妬すんなよ」
「嫉妬っていうか……いやまぁ、嫉妬なんですけど……」
ぶつぶつと小さな声で肯定する。
「ていうか、宵宮先輩の三つ目の異能って精神干渉系だったんですね」
「うん。ほのぴにも命令して好き勝手しちゃおっかな~」
「や、やめてください! 私に好き勝手していいのは志波先輩だけです……!」
「へえ。同級生の男の子には好き勝手に色々されてるのに?」
「そ……それは……えーっと……」
目を泳がせる仄香を見て宵宮はくっくっと低く笑った。
仄香はふと疑問を覚える。
宵宮は、そんな便利な異能を持っていて何故仄香には使わなかったのか。
自分の異能を開示して、秘密を黙っていろと命令すれば仄香は誰にも言えなくなっていたはずだ。あえて写真で脅さなくても――。
(……私へのリスクが高いから、あえて使わなかったとか?)
逆らえば即死の異能。秘密にしろと命令したうえで、何かの弾みで仄香が口走ってしまえばそこで終わり。宵宮としても後輩をそんな危険には晒したくなかったのかもしれない。
「……宵宮先輩って、異能力者には優しいんですね」
「あ、そこ気付いちゃった? そーだよ。僕、ほのぴには優しいでしょ?」
そうだろうか? と疑問を覚え、これまでの出来事を脳内で振り返る。
優しかった点は、焼き肉とオムライスを奢ってくれたことくらいではないだろうか。他は不名誉な写真を取られて脅されたり、無理やりキスされたりした記憶しかない。
「今失礼なこと考えたでしょー」
「ちょ、心読まないでください」
――その時、スコープに何かが近付いてくる未来が視えた。
(……弾丸?)
視界にスコープが破壊される映像が流れた。仄香は即座にライフルから顔を離す。
数秒後、実際にスコープが破壊された。あのままでは顔を怪我していたかもしれない。
「相手、こっちの位置気付いてませんか……?」
反撃されることは予想していなかったため、びっくりして声が小さくなってしまった。
相手も銃を持っている。しかも相当なコントロール能力だ。
危機感を覚える仄香とは裏腹に、宵宮が愉しげに口角を上げ、ホルスターから拳銃を取り出す。
「確かに。こっちに近付いてきてるね」
「何で分かるんですか?」
「【追跡】だよ。僕の二つ目の異能。今回のターゲットの位置は分かる。このビルに近付いてきてる」
「や、やばいじゃないですか!」
宵宮は近接戦闘要員ではないはずだ。応援を呼ぶべき状況である。しかし、今から呼んでもきっと間に合わない。
ハラハラしながら宵宮を見上げた。
「僕は後方支援に回されることが多いってだけで、近接戦が苦手だとは言ってないよ?」
すると、仄香の心を読んだらしい宵宮が否定する。
え? と思った瞬間、階段を上がってきた一人の武装した男の頭が撃ち抜かれていた。
「はい、一人目♡」
宵宮が男の死体を蹴り飛ばす。死体はその後方から上がってきたもう一人の男にぶつかった。男が怯んだ隙に宵宮がまた発砲する。その弾丸は明らかに急所に当たり、男は動かなくなった。
「ふた~り。あと何人来るかな? 僕が追跡できてない奴もいるね?」
一瞬の出来事に、仄香は呆然とする。
仄香が動けずにいるうちに窓からもう一人武装した男が入ってきて、宵宮の体に掴みかかった。
しかし宵宮は軽々とその手を避け、男の足を引っ掛けて床に倒し、男の胸の上に足を置いて踏み付ける。素早く男の二本の足それぞれに弾丸を打ち込み逃げられなくし、顔を近付けて問いかけた。
「三人目だね~。あと何人来るご予定?」
「がッ……ぐう」
打たれた足が痛いのか、宵宮の下にいる男が呻く。
「何人?」
「クソッタレ……! 国家の犬が!――――ッ、ぁぁあああぁァあ!」
宵宮が反抗しようとする男の右耳を打って潰した。
「数字以外の言葉を喋ったらもう片方の耳もイかせるよ?」
全く容赦がない。
仄香のところまで血の匂いが漂ってきて吐きそうになった。
「ひ、ひ……ひとりだ……」
「ありがと~」
震える声で男が答えた瞬間、宵宮が男の額を弾丸でぶち抜いた。
両手で胸の上にある宵宮の足を掴んでいた男の手から力が抜け、その手が動かなくなった。
最初の狙撃からきっと一分も経っていない。
仄香は思わず後退ってしまった。
「さ……殺害許可っておりてるんですか?」
「そりゃね。じゃないと殺さないよ」
「おりてても、積極的には殺害しないのが警察の方針なんじゃ……」
「ほのぴ、そんなん真に受けてんの? 怠いでしょ、わざわざ生かすの。手間増えるだけだよ」
「で、でも……っ」
宵宮の下にいる死体を見て、ひぃっと小さな悲鳴が漏れる。
職場見学でも犯人を捕まえる際は急所を外していた。こんなに近くでしっかり死体を見たことはない。あの志波ですら犯人捕縛の際は治癒班が治せる程度の怪我にしてギリギリ生かしているというのに、宵宮の方は殺害に全く躊躇がないようだ。
「ふ、はは、死体にビビりすぎ。そんなんで異犯なれんの?」
「ご……ごめんなさい……正直めっちゃ怖いです……じ、実は血を近くで見るのも結構苦手で、いつもは耐えてるんですけど、ちびりそうです……」
「ほのぴってメンタル強いのか弱いのか分かんないなぁ」
笑っていた宵宮が、そこでふと動きを止めた。
「――近付いてきてる。もう一人」
ぐいっと仄香の体が宵宮に引き寄せられる。
宵宮は仄香を抱き寄せたまま、後ろの壁に耳を当てた。そうしていると音が響くため足音が分かるのだろう。
密着しているせいで、宵宮のスーツに付いていた返り血がべちょっと仄香の頬に付く。これがたった今死んだ男の血だと思うと恐ろしく、体温が冷たくなっていく気がした。
「震えてる。怖い?」
頭上で宵宮の笑う気配がする。
「すみません……度胸がなくて」
「高校生に度胸なんてまだなくていいんだよ。本来参加するにはまだ早い実践に巻き込んでるわけだしね」
宵宮がよしよしと仄香の頭を撫で、子供だましのようにその額にキスしてくる。
武塔峰の生徒とはいえ、プロから見ればまだまだ経験の浅い子供であると言われているようで、少しショックだった。
(……折角高校生のうちに実践に参加できてるんだから、守られて甘やかされてる子供のままじゃだめだ)
「……宵宮先輩、私も一緒に迎え撃っちゃだめですか?」
「え?」
少し離れて顔を上げれば、宵宮が驚いたような顔をした。
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