宵宮千遥の過去 ⑥




 そこで僕はようやく自分が殺人を犯したことを思い出した。

 それも相手は一人じゃない。複数人殺した。

 あいつらは、おそらく僕のことをずっとマークしていて、武塔峰のセキュリティを超えられないからって敷地外に出てくる時を今か今かと待っていたんだろう。僕も制服のまま出ちゃってたし、獲物として分かりやすすぎた。


「……やっちゃったなぁ」


 色んな意味で。

 何か笑えてきた。


「あの火葬炉、高かったんじゃないの?」

「一台数百万程度で買える。死体を小さく切り刻んで、二時間燃やせば骨まで綺麗になくなるそうだ」


 物体を切り刻むのは、切断する異能を持つ高秋にとっては朝飯前だっただろう。

 とはいえ能力的に簡単だったとしても、普通の人なら人間の死体を切り刻むのに躊躇いが生じるはず。高秋だからこそできたことだ。


「いいの? お前今超巻き込まれてるよ。あいつらのお仲間、多分僕のこと追ってくるだろうし。デカい宗教団体って色んなとことくっついてるから厄介だよ~? いくら僕が正当防衛だって主張しても通らないかも。つーか絶対通らない」

「そう思って死体を処理した。死体がなければ証拠もない」

「ふーん? まぁ、確かにねぇ」


 僕は火葬車を眺めながら、もう一度縁側に寝転がった。異能力による治療を受けたとはいえ、体はまだ怠い。


「……ねぇ、何で僕を助けたの? 僕が高秋の趣味に理解があって都合いいから?」


 それだけでここまで手を貸すとは考えにくい。火葬車だけでも数百万かかってるわけだし。

 高秋はこちらを見ずに答える。


「君の〝やり残したこと〟に興味が湧いた。ずっと死んだ目をしていた君が、死ぬ間際にだけ強い光を宿していたから」

「何それ。やっぱ高秋って意味分かんねー」


 何か余程の交換条件を出されるものと思ってたけど違ったみたいだ。

 要するに高秋は、僕のやり残したことの内容が気になって僕を助けたらしい。ほんと、どこに好奇心を抱くか分からない男だ。


「僕ねぇ、無能力者嫌いなんだよ。僕の母親は無能力者の嫌がらせで自殺に追い込まれたし、父親を殺したのは異能力を反対してる過激派連中で、勿論そいつらも無能力者の集団だった。今も異能力者と無能力者の対立は社会問題になってて、一部地域では異能力者が隔離されてるって話もある」


 異能力者差別については新課程の教科書にも乗っている話だ。これから異能力者の人口が増えていくにつれてなくなっていく話だろうとは言われているが、それでは遅すぎる。この少子化の日本で異能力を保持できる若年層の人口が増えるのを待っていたら、その前に何人もの犠牲者が出る。僕の父さんや、母さんのように。


「馬鹿らしくて非現実的だけど、僕たまに思ってたんだよね。無能力者を全員――」

「全員殺してしまえばいいんじゃないか?」


 僕が言う前に、高秋が言った。

 あまりにあっけらかんと言い放つから、僕の方が黙ってしまった。


「君は既に数人殺している。一度やってしまえば二度も三度も変わらないだろう」


 本当に、高秋という男は恐ろしいと思う。

 僕が心の底に閉まった悪意を、殺意を、あっさりと引きずり出してしまうから。


「……何言ってんの。僕がしてるのはifの話だし。日本は法治国家だよ?」


 ギリギリで保たれていた僕の理性が、揺れる。


「それに、できるわけないじゃん」


 ――できる。


「そもそもこれは八つ当たりで、異能力なんか持って生まれた僕が悪いわけだし」


 ――できる、こいつと組めば。


「僕が憎んでるのは、結局は僕自身で……」


 ――高秋と僕ならできてしまう。

 一人では無理でも、こいつの能力と僕の能力があれば。


 頭がそう結論付けてしまった時、高秋が僕を見て言った。



「千遥は何も悪くないだろ」


 どうして人の心が分からないくせに、僕が一番欲しかった言葉をくれるのがお前なんだよ。



 母さんが死んだ時も父さんが死んだ時も流れなかった涙が今更頬を伝った。


 自責は苦しい。他人のせいにする方がずっと楽だ。

 それでも自分を責めてきた。

 だから生きる理由がなかった。呪う相手がいないから。呪う相手が僕だったから。

 僕なんか死ねばいいと思って生きてきた。


 けれど死ぬ間際に生まれた一番の後悔の内容は、そんな風に憎しみを無理やり押し殺して今日まで生き長らえたことだった。

 だからあの時思ったのだ。


 万が一、億が一、助かったら。何かの間違いで生き残ってしまったら。

 ――――この世界の害悪である無能力者を皆殺しにしようって。




「……高秋」

「何だ」

「【大人になったら十年以内に、僕と一緒に日本の無能力者を全員殺そう】」


 異能を使って命令した。これに逆らえば高秋は死ぬ。

 高秋の表情は変わらない。

 その抵抗のなさに、はっと笑いが漏れた。


「僕の異能くらい打ち消せるくせに、やらないんだ?」

「面白そうだからな。これまでの人生で受けた中で、一番魅力的な誘いだ」


 高秋の方も何故か笑っていた。

 僕は復讐ができて、異常性癖の高秋は大好きな殺害ができる。利益自体は一致しているからかもしれない。



 十六歳の冬。

 僕に生きる意味ができて、日本に二人のテロリストが生まれた日だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る