頼れるわけない



「相手は監視と盗聴、あと追跡ができるって言ってた。その全部ができる能力種ってある?」

「全部は難しいんじゃないかな……。志波高秋みたいな異能複数種持ちなら有り得るけど。複数種持ちは凄く珍しいし……」

「……複数種持ちだとしたら?」


 コーヒーメーカーのボタンを押した茜の指先が何かに気付いたようにぴくりと動いた。


「……そうだとしても。距離が離れていて相手の全ての動きを監視できるなんて異能力者は、国内では存在してないはずだよ」


 複数種類の異能力を持つ人は現代日本でもほとんどいない。複数種類の異能持ちであるということ自体に価値がある。彼らの多くはその才能を買われて海外の異能力関係の企業へ引き抜かれるか、異犯などの給料の良い特殊な職業に就くか。――茜は仄香の今の発言で、盗聴してきている相手が異犯関係者であることを察したのだろう。


「やっぱり、一部はブラフの可能性が高いってことだよね」


 仄香は授業中、複数回に渡って〝宵宮先輩のバカ〟とノートに書いた。しかしそれに関して宵宮から連絡が来たことは一度もない。視覚的に仄香を監視できているわけではないことは何となく分かっていた。


「でも、相手は私の位置情報と会話は分かってるみたいだったんだよね」

「……うーん……物体を媒介にした盗聴とかなら有り得るかも……」


 茜が顎に指を当てながら興味深い発言をした。


「物体?」

「追跡関係の異能力って、どうしても追跡できる距離に限界があるんだよ……。例えば同じ建物内の人間を異能力で追跡するっていうなら簡単だけど、離れた場所にいる人間の位置を完璧に追跡して、その上盗聴までするっていうのはあんまり現実的じゃない……。その相手、武塔峰の校舎内にいるとかではないんでしょ……?」

「うん。普段はもっと都心に近いところにいる」

「なら、単純に超優秀な盗聴器が仕掛けられてるか、異能で生み出した物体を介して位置と会話を把握してるかだね……」


 思い当たる節がある。鞄の中に入っていた謎の物体を茜に見せればすぐに異能で造られたものかどうか判断してもらえるだろうが、ここに持ってくるにはあまりにリスクが高い。そもそも宵宮の能力説明がブラフであるというのが仄香の希望的観測で、この会話や茜との接触を宵宮に聞かれていたら終わりだ。


 ――刹那、ガチャッと研究室のドアが開いた。


 ゾッとして顔を上げる。

 まさか宵宮では、と嫌な予感がして心臓が押し潰されそうだった――が、そこに立っていたのは尚弥だった。


 尚弥はドアを開けたまま一歩も動かず固まっている。しかも、何故か驚いた顔で仄香の方を凝視してくる。


「何だ……尚弥か……」


 なんとタイミングが悪いのか。

 驚かせないでよと思いつつ、心底ほっとして机に突っ伏す。すると、尚弥から不機嫌そうな声が飛んできた。


「お前、なんつー格好してんだよ」

「え?……あっ」


 真剣に話し込んでいたせいで忘れていたが、仄香は今裸の上に白衣だけ着た状態で、胸も腹も尚弥に見えてしまっている。

 尚弥が全く目をそらす気配がないのがまた恥ずかしい。幼なじみの裸など家族の裸と同じようなものという感覚なのだろう。仄香は慌てて白衣の前を閉めて体を隠した。


「な、尚弥、何でここに?」

「あ? 明日から研究室配属だろうが。配属前に出す書類渡しにきたんだよ」


 試験と未来のことで頭がいっぱいだったが、言われてみればいよいよ明日から研究室配属だ。もし宵宮に今の位置情報が割れていても、研究科の棟に来ているのは配属が決まったからだと言えば納得してもらえるかもしれない。


「ぼーっとしてんじゃねぇ」


 いちいち文句を言わなければ気が済まないのだろうか。

 バサッと提出物をテーブルの上に置いた尚弥は、仄香の隣の椅子を引っ張ってそこに座り、「俺も珈琲」とぶっきらぼうに茜に命令した。


(好きな子に対してもそんな態度だから実らないんだよ……)


 仄香は少しばかりの対抗心で悪口を言う。無論、心の中で。直接言えば拳が飛んできそうなので口には出さない。

 尚弥は昔からこうなので慣れているのか、茜はふふっと笑ってカップを一つ増やした。

 テーブルの上に三つの珈琲カップが並ぶ。こうしているとまるで三人で仲が良かった昔に戻ったみたいだ。

 尚弥と茜はブラック珈琲のまま飲んでいるが、仄香は苦いものが苦手なので砂糖を入れて甘くした。


「――で、お前は何で素っ裸でこんなとこにいるわけ?」


 尚弥がいなくなってから茜との会話を再開させようと思っていたのに、いきなり突っ込まれてしまった。


「……ええっと……」

「おねえちゃん、盗聴されてるんだって……」


 言い淀む仄香に反して、茜があっさりと事情を教えてしまう。

 尚弥の眉がぴくりと動いた。


「盗聴だあ?」

「しかも多分、異犯の人間に。そうだよね、おねえちゃん……」


 この会話も聞かれている可能性を考慮して、決定的な単語はわざと出していなかった。しかし恐れ知らずな茜は簡単に異犯の名前を出してしまった。


「尚弥には言ってもいいんじゃない……? おねえちゃんは凄いけど、おねえちゃんだけで背負える範疇を超えてる気がするし……わたしも心配だし……」

「……でも」

「ここまで言っちゃったらもう関係ないよ……。わたしにも、まだ、言ってないことあるよね……?」

「…………」

「おねえちゃんの運命はわたしの運命。遠ざけようとされるのは、悲しい……」


 ――全てを暴き出すような茜の目に、敗北した。


 仄香は観念し、ゆっくりではあるが、ぽつりぽつりとこれまであったことを話した。尚弥には言っていなかった何度も見る夢のこと、おそらくそれが未来視であること、志波たちの家へ行って見たもの、聞いたこと。

 尚弥には信じてもらえないだろうと思った。こいつは頭がおかしくなったのかと疑われるだけだろう、壮大な妄想を語っていると馬鹿にされて終わりだろうと思っていた。

 しかし、話し終わった後、尚弥は怒りを露わにした。


「それ、お前の会話全部聞かれてる可能性あるってことじゃねぇの?」

「……可能性はゼロじゃない。相手の能力の穴については推測の域を出ないから……」

「じゃあ何でお前は、茜のところに来てこんな話してたんだよ」


 仄香の話が本当であるという前提で話してくれていることに驚いた。


「会話が聞かれてたら真っ先に狙われるのは茜になんぞ。俺はともかく、茜を危険に晒すつもりかよ?」


 尚弥はどうやら、大事な茜に危険が及んでいることに対してお怒りらしい。

 尚弥の言うことももっともだ。仄香はリスクのある賭けに茜を巻き込んでしまった。そのことに関して言い訳するつもりはない。


「……ごめん。でも、どうしても監視の異能についてのヒントがほしかった。今のままじゃ全く動けずに、咲が死ぬ未来に向かうことになるから……」

「尚弥、わたしは危険とか気にしてないよ……研究科の建物はセキュリティ万全だし、いざとなっても大丈夫」


 茜がへらりと笑って尚弥を宥める。しかし、尚弥はまだ納得していない様子で仄香を睨んできた。


「俺、何もなかったかって聞いたよな?」

「……うん」

「何でその時話さねぇんだよ」

「言えないに決まってるじゃん……盗聴されてるのに」

「は、俺を守ったつもりかよ。お前ごときが」

「…………」

「茜じゃなくて俺にだけ言っとけばよかった話じゃねぇの? 茜を巻き込むな」

「……ごめん」


 冷静に考えれば、茜を巻き込むより、ある程度自分の身を守れる尚弥に頼っておけばよかったかもしれない。でも――自分をいじめる相手を信頼できるわけがない。頼ったところで馬鹿にされて終わりだったかもしれないのに。


「――尚弥。言い過ぎ」


 珍しく茜がきつい口調で注意した。



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