校外デート
◆
「――よし! 私も努力家な尚弥みたいに、もう少し頑張ってみよう」
放課後、仄香は久しぶりに武塔峰の敷地外に出た。
道路を歩きながら独り言を言って自分を鼓舞する。
正直逃げたいと思っていたが、逃げていたら本当に咲が死んでしまう。最悪の未来を知っているのは仄香だけだ。仄香にしか止められない。
あれだけ優秀な尚弥だって努力をし続けているのだ。まだ何もしていない、何もできていない自分が何もしないまま諦めるのは情けない気がした。
――その時、見たことのある赤い車が、歩道を歩く仄香の隣に止まる。
車の窓が開いた。そこから顔を出したのは宵宮だ。
「やっほ~ほのぴ。何しに行くの?」
「えっ……宵宮先輩!? 何で……」
「言ったじゃん。僕、ほのぴの行動追跡できるって」
(……追跡?)
昨日は監視と盗聴と言っていたはずだ。追跡も監視の異能の一部ということだろうか。
「今のうちに都内から逃げるつもりかな?」
宵宮が面白そうに目を細める。
確かに、テロ事件があるのも女性の大量殺人が行われるのも都内。全てを忘れて逃げれば仄香に被害は及ばないだろう。逃げる選択肢を一度も考えなかったわけではない。今仄香は宵宮たちに口止めとしていつ殺されてもおかしくない状態だ。でも。
「逃げません」
はっきりと言い切った仄香に、宵宮がわずかに瞠目する。
このタイミングで武塔峰の敷地から出たとなると、逃げたと予測するのも頷ける。しかし今の仄香にそのような発想は全くない。
「宵宮先輩たちの計画を知っていて逃げるなんてことできません」
「……ふうん。嘘はないみたいだ。じゃあ君は何しに外に出てきたの?」
聞かれたくないことを聞かれてしまい口籠る。
(異犯のファンクラブ本部に言ってオタクたちが集めた第一課の非公式情報集を見ようとしていたなんて言えない……!)
「へえ、僕らのファンクラブなんてあるんだ」
「……!」
がっつり心を読まれてしまった。
「じゃあ僕たちの異能力のことを調べようとしてたってことかな?」
正確には、宵宮の異能について調べようとしていた。
異能についての情報が非公開である以上、能力種については憶測の域を出ない。けれど、異犯オタク界隈では異犯が関わった事件の概要や痕跡から、エースクラスの人材の能力種はかなり正確に推測されている。
それらはファンクラブ会員内で秘密裏に共有されており、昔からファンクラブ会員である仄香にも閲覧できるはずだ。
今動きづらいのは宵宮の監視があるから。宵宮の監視がある以上、仄香は誰にも頼れず単独行動するしかない。それでは勝ち目が薄い。そこで、オタクたちが集めた情報から少しでも手がかりを得られれば、監視の目を潜り抜けることだってできるかもしれないと考えた。
「ふーん。僕にそんなに興味を持ってくれてるなんて嬉しいな」
――が、【読心】を持つ宵宮に直接近付かれたら、この企みもすぐ把握されてしまう。車が止まった時点で逃げればよかったと後悔した。
「そっかそっかぁ、ほのぴ、ほんとに見かけによらないよね。今頃なきべそかいてるだろうと思ってたのに、まさか僕たちを出し抜こうとしてるなんて」
グイッとネクタイを引っ張られた。宵宮の中性的な顔が仄香の間近に迫る。
「――君ごときに出し抜けると思う?」
挑戦的な笑みを浮かべる宵宮は蠱惑的だ。
怯みそうになったが、ぐっと堪えて言い返した。
「出し抜くとかそんな、大それたことは考えてません。ただ、私は私にできることをやろうって……思って……」
威勢よくいようと思っていたのに、怖くてだんだん声が小さくなってしまう。
宵宮は仄香の様子を見てぷっと噴き出した。
「残念だけど、今日この後の予定は僕が潰させてもらおうかな。乗って」
「でも……」
「ファンクラブの会員たち、殺されたくないよね?」
脅し文句に屈して後部座席に乗り込もうとした仄香に対し、宵宮は「何してんの。横座ってよ」と言ってきた。今日は志波がいないらしく助手席が空いている。
仄香が大人しく横に乗り込むと車が発車した。
「あの、ファンクラブの人たちの元にはもう行かないので、手は出さないでください」
「んー。どうしよっかなあ。どうせそいつら、異能力者を倒す異能力者に憧れてる無能力者の集団でしょ? 無能のくせに異犯の優秀な能力者を追って同一化して気持ちよくなってるような奴ら、早めに殺しといた方が世のためかもね。能力種を割り出そうとしてるのもストーカーっぽくてキモいし」
「……宵宮先輩は、無能力者がお嫌いなんですか?」
「だいっきらい」
煙草を吸い始めた宵宮は、冗談っぽく笑って言う。
「無能力者なんて、全員死んじゃえばいいのにと思ってるよ」
車内に煙草の煙が充満していく。
仄香はしばらくぼうっと宵宮の横顔を見た。
「……無能力者だけじゃないですよ」
「うん?」
「ファンクラブ。私みたいに異能を持つ人たちだって沢山います。ただ単に優秀な異能に憧れてるんじゃなくて、それを使って悪い人から市民を守ってくれる姿に憧れているんだと思います」
窓を開けた。煙が風に乗って外へ出ていく。
「自分を過小評価しすぎです。宵宮先輩の魅力は異能だけじゃないです」
仄香は志波しか見ていなかったが、ファンクラブ会員の中には宵宮のファンだっているだろう。彼ら彼女らは純粋に宵宮に憧れ、その功績を褒め称えていた。
宵宮はちらりと横目に仄香を見た後、ふっと笑った。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……まぁ、いいか。ほのぴ、晩ごはん食べてないよね?」
「は、はい」
「先輩だから奢ってあげる。今日はそれ食べたら帰りな」
そう言って、宵宮は近くのレストランまで車を走らせてくれた。
宵宮が連れてきてくれたのは、女性やカップルの多い可愛らしいレストランだった。隣接する牧場で牛や鶏が育てられているらしく、牛乳と卵料理が有名な観光地としても有名で、店内は混み合っている。
「どう? 嬉しい? ほのぴの大好きな卵料理だよ」
「え……?」
「ふ、っふふふふふ……」
卵料理が好きなどと言っただろうかと不思議に思い宵宮を見上げる。宵宮は何がおかしいのか肩を揺らして笑い始めた。
「分かんない? いじってるつもりなんだけど」
「ええ? どういうことですか?」
「今日、卵について熱弁してたじゃん」
はっとする。今朝クラスメイトたちと卵を投げ合って喧嘩していたのも宵宮は把握しているらしい。途端に恥ずかしくなって俯いた。
「ほんとほのぴって予測付かないよね~。若いっていいなぁ。パワフルで」
「宵宮先輩だって若いじゃないですか……」
「そうだけど、やっぱ高校生の方がエネルギーあるなあって思う時あるよ」
カウンター席の隣から、宵宮が優しく仄香の頭を撫でる。
仄香のラベンダー色の髪が揺れた。不吉とされる紫系の色の髪に躊躇いもなく触れてくる宵宮に少しどきりとする。
「いじめられて辛くなったら僕に連絡してね。慰めてあげる」
「……弱ってる時に口のうまい宵宮先輩と話したら、人心掌握されそうで嫌です」
「言うねえ」
クックッと笑う宵宮。店員が横からオムライスを置いてきたので、仄香はスプーンを取った。
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