先輩からのアドバイス




 じゅー、と肉の焼ける音がする。


「三人はさー、何で武踏峰入ったの?」


 斜め前にいる志波の食べ方の綺麗さに見惚れていると、宵宮がそんな話題を振ってきた。


「あたしの父は異犯で殉職しました。父を殺した相手は〝M.O〟と呼ばれる組織で、彼らは今もその規模を拡大しています。M.Oをあたしの代で終わらせたくて武踏峰を目指しました」


 咲がすらすらと志望理由を伝えた。入学当時、ルームメイトになった時に聞いた内容と同じだ。

 咲の父親が異能力犯罪対策課に移されたのは、まだ異能力者が少ない頃、今より異能力関連の法整備が進んでいない頃だったという。そんな時に突如起こった犯罪組織M.Oとの戦闘。ろくに異能力対策の訓練も行われていない時期で、死者が多く出た。その中に咲の父親もいたのだ。

 M.Oはその後も拠点を移しながら活動しており、構成員数も伸びていると聞く。咲の動機は、父への憧れと、M.Oへの復讐心だろう。実に説得力のある動機だ。武踏峰の入試の時の面接での点数も良かったらしい。


「あー、確かに。M.Oに関しては、俺らも長年尻尾掴めてないままだからね。最近は他の異能力犯罪件数が多くなっててそっちに手が回らないし」

「生徒に情報漏洩をするなよ」

「分かってるって。これくらいは情報漏洩とは言わないっしょ」


 横から釘を刺す志波に対し、宵宮は軽い調子で答えた。


「なおやんは? 何で武踏峰に?」

「……言わねぇ」


 尚弥は質問を無愛想に跳ね除けた。

 先輩になんて失礼な態度を、とぎょっとしたが、宵宮は気にしていない様子だ。


「え~ケチだなぁ。じゃあ、ほのぴは?」


 咲の素晴らしい動機が発表された後でただ恋心と憧れを拗らせただけの自分の話をするのは恥ずかしく、ぼそぼそと小さな声で答える。


「私は……そこにいる志波先輩に昔助けられて……」

「毎月ラブレター送ってるんだって?」

「ええ!? 何で知ってるんですか!?」

「知ってるよー。高秋のファンは多いけど、君みたいな熱量の子はそんなにいないもん」


 宵宮がにやにやしている。


「ラブレターっていうか、ファンレターで! 武踏峰に入ったのも、志波先輩の隣に立ちたかったからです!」


 やけになって宣言すると、志波がふいと目を逸らした。さすがにノーコメントは悲しい。


「あはは、そうなんだ。じゃあ僕の座を狙ってるってこと?」

「宵宮先輩は志波先輩と同行することが多いんですか?」

「うん、ほとんどの任務は一緒に行ってるよね。僕の異能、戦闘向きじゃないけど結構役に立つし」


 戦闘向きではない異能。仄香も未来視という全く戦闘には役立たない能力持ちなので少し希望が持てる。


(どういう能力種か聞くのは失礼かな。異犯の人って能力種隠してる人多いもんね……。志波先輩だって、三つあるうちの一つは隠してるんだし)


 根掘り葉掘り聞きたい気持ちはあったが、礼儀を重んじて控えた。

 そしてふと思い付く。


(宵宮先輩、頼りになりそうだし、いざとなれば未来視で見た未来について相談してみようかな? 私より宵宮先輩の方がずっと志波先輩と一緒にいるだろうし……。でも、志波先輩が後に連続殺人をするなんて、いきなり言っても信じてもらえないか)


 うーんと色々考えて悩む仄香を、宵宮は何故かじぃっと見つめてきていた。



 ◆


 一時間も経てば、肉を食べ過ぎてお腹いっぱいになった。最初にギブアップしたのは仄香で、その次は咲。尚弥だけが平気な顔で何枚も肉を食べていた。尚弥は結構食べる方なのに、筋トレをしているおかげか全く贅肉が付いていないのが羨ましい。


「私、ちょっとトイレ行ってきますね……」


 便意がしてきて、咲たちを置いて一旦個室を出る。

 そういえば、宵宮もさっき部屋を出たきりで五分以上帰ってきていない。彼もトイレだろうかと思いながら歩いていると、彼が窓の外の駐車場に立っているのが見えた。

 自分の目指すべき姿である宵宮には色々聞いてみたいと思い、仄香は方向転換して外へ出た。


 近付くと煙が見えた。宵宮が煙草を吸っている。その可愛い系統の顔に似合わないため少しどきりとする。

 宵宮は仄香を視界に捉えるとゆるりと口角を上げた。


「あれえ、もう食べ終わった?」

「はい。宵宮先輩は、煙草休憩だったんですね」

「うん。ニコチンちゅーどくだから」

「それ、大丈夫なんですか」

「んーん。早死にするかも」

「……程々にしてくださいね」

「っはは、年下に心配されちゃった」


 宵宮は肩を揺らして笑い声を上げる。そして、仄香と目線を合わせながら聞いてきた。


「ほのぴ達、まだ一年なのにテロ事件に同行したんだって?」

「……はい」

「あいつも鬼畜だよねぇ。任務は選べたはずなのに」


 やはり同僚から見ても、あの任務は授業で行うには難易度の高いものだったらしい。


「サッキー、人質見て突っ込んでいったんでしょ」

「……よくご存じですね」

「報告書見たからね」

「咲、凄いですよね。あの勇気、見習いたいです」


 友人を褒められて少し嬉しくなった仄香がそう言うと、宵宮は無表情のままふぅと煙を吐いた。


「そう? あの報告書を見た限り、今回のチームで一番害悪だったのはサッキーだったと思うけど」

「……え」


 思いの外厳しい発言に驚き、宵宮を見上げる。


「典型的だよね。働き者の無能はチームから排除しろってよく言うでしょ? 上司を無視した勝手な行動は、下手をすれば自分だけじゃなく一般市民も危険に晒す。サッキーだけが死ぬならまだいいんだけど。能力が優秀であるが故の自信が悪い方向に働いたとしか思えない」

「でも、結果的には咲のおかげで人質も……」

「運が良かっただけでしょ。いくら能力的に優秀でも、まだ未熟なガキだよ」


 宵宮はばっさりと言い切った。


「ほのぴはよく覚えておいて。運が付いてきてくれないこともある。やる気や正義感があるだけじゃやっていけない仕事だ。何事にも、生半可な気持ちで首突っ込まないようにね」


 宵宮の言うことは正論だ。でも少し、嫌な気持ちになった。

 宵宮は煙草の火を消してぱっと笑顔を浮かべる。


「ごめんね、厳しいこと言っちゃった。でもほのぴは高秋の隣に立ちたいんでしょ。目指してる場所がそれだけ高いなら、甘やかすのもよくないかなって」

「……いえ」


 仄香はスカートをきゅっと握って俯く。


「あの、一個だけいいですか」


 どうしても言っておきたいことがあった。


「咲は〝害悪〟でも〝無能〟でもないです。後先考えてなかったかもしれないけど、初めてのプロとの任務だったし、未熟なのは普通だと思います。私も咲も、……多分尚弥も、未熟です。宵宮先輩のおっしゃる通り、うまくいったのは偶然で、もしうまくいかなかったら人質は死んでいたかもしれない。その時一生ものの罪悪感を背負うのは咲だったかもしれない。私も、隣にいたのに止められなかった。私だって未熟だった。だから咲一人の問題じゃありません。私達皆、これから成長します」


 深々と頭を下げる。


「宵宮先輩の同僚である志波先輩に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 宵宮は今、どんな表情をしているだろうか。

 素直にハイと頷いておけば簡単だっただろうが、咲だけが特別無能だったと言われているのはどうしても否定しておきたかった。

 あの勇気をなかったことにはしたくない。今回は勝手な判断だったかもしれないけれど、あの行動力と正義感が咲の長所でもある。あれが将来何かの役に立つ日だって来るかもしれないのだ。それをたった一言、〝害悪〟で片付けられるのが嫌だった。


 すると、頭上でぷっと噴き出す音がした。

 思わず頭を上げると、そこには先程よりいくらか子供っぽい笑顔を浮かべる宵宮がいた。


「……あの、笑うところでは……」

「いや、ごめんごめん。ほのぴって気弱そうな見た目してるからさ。よくおどおどしてるし。まさか真っ向から言い返してくると思ってなくて」

「す、すみません! 言い返すとかそんなつもりは!」

「んーん。僕も、お友達のこと悪く言ってごめんね? そうだよね、君たちまだ高校生だもんね。しかも一年生。伸び代しかない」


 そう言って、宵宮はぽんぽんと仄香の頭を撫でた。


「頑張ってね」


 ……さっきは少し怖かったが、やはり、良い先輩だ。


 安心したためか、そこでぎゅるっと腸が動き出し、仄香は思わず内股になる。


「……どうしたの?」

「す、すみません! トイレに行く途中で来たもので……!」

「え? 大丈夫? 凄い顔してるけど」

「も、漏れる……!! すみません、ほんとすみません、お先に失礼します!」


 もがき苦しみながら急いで店内に戻ろうとする仄香を見て、後ろの宵宮が大笑いする声が聞こえた。



 ◆


「ふぅ……」


 無事間に合った。手洗い場の泡で手を洗った後、ふと学校からの通知が来ていることに気付く。

 〝研究室配属決定のお知らせ〟――随分と早い。来週金曜日が申請の締め切りなので、結果が出るのは再来週くらいだと思っていた。それ程茜の研究室は判断が早かったのだろう。


 異能力科から研究科に配属されるのは、各研究室に二名のみ。

 もう一人は誰になったのだろうと気になって、ページを開いて確認する。



【異能力課:伊緒坂尚弥、紫雨華仄香】



「…………嘘でしょ…………」


 いじめっ子と同じ研究室。絶望のあまり、その場で倒れそうになった。




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