第24話「船内・発見」


 ──貨物船の中層中央、四部屋あるうちの一つ。

 魔法による反応があった部屋の前にジュリアスはやってきていた。


 部屋を閉じる引き違い戸は左右のどちらからでも開くありふれたもので、戸自体も外し方を知っていれば簡単に取り外す事が出来る。どうやら表側には鍵らしきものはなく、ついていたとしても裏側から金属棒を挿し込む程度の戸錠だろう。


 ……試しに引き戸に手をかけて横に少し滑らせるが案の定、鍵は掛かっていない。

 ジュリアスは通路で左右を確認し、静かに戸を開けると素早く中に潜り込んだ。


*


 ──何はなくとも、まずは引き戸を静かに閉める。

 部屋の中の明かりは点いておらず、窓もないので真っ暗闇だ。ジュリアスは慌てず騒がず、腰の革帯ベルトから杖を抜き取り、杖頭に魔法の明かりを灯す。


「お──」


 明かりに照らされ、その時、目に飛び込んできたものはまゆだった。

 繭。糸。蜘蛛の巣……そこまで連想して、妄想を振り払う。何故なら──


「違う、布だ……驚いたぜ、蜘蛛の化け物でもいるのかと早合点しちまった……」


 繭に見えた物は吊られた帆布はんぷだった。蜘蛛の巣状に見えた物は網であり、いずれも吊り床ハンモックである。

 他には網の下にこぶのようなものもぶら下がっていたが、それは蜂の巣のような──落ち着いて目で見て確かめれば、フックで吊られた鳥籠とりかごに相違なかった。


「そう。こいつはどうみても鳥籠だよな……」


 ジュリアスは声に出しながら網の方の吊り床ハンモックに近寄ると、魔法の明かりを近付けて複数ある鳥籠の一つを照らしながら、籠の中を観察する。


 粗末な金物の鳥籠は何の変哲もない代物で中には藁が敷かれており、その鳥の巣のようなものの上に小鳥が四羽、奇麗に並べて置かれていた。


 ──あまりに微動だにしないので最初は死体かと思ったが、違う。

 じっと観察していると、小鳥の胸や腹が微かに動いているようだった。


(生命活動はある……だが、どうにも仮死状態に近いな。これは……)


 その後もジュリアスは無言で何事かを思案していたが──判断材料が少ないのか、今度は帆布の方の吊り床ハンモックを覗きに行く。その帆布の中には虫籠らしき小さな箱が三つ並んでおり、ジュリアスはそのうちのひとつを取り上げた。


 虫籠の中を明かりで照らして確かめてみると、その中に入れられていたのは蜥蜴とかげでヤモリほどの大きさのものが三匹。これも眠っているのか、微動だにしなかった。


 ……ただし、蜥蜴は冬期の宿命的なもので冬眠をしているだけかもしれない。


 それを元あった場所に戻し、代わりに隣のもうひとつを取り上げてみると、今度は籠の中にヒキガエルが二匹。これも冬眠しているのだろうか、全く動きがない。


「最初は小鳥ことり……今度は蜥蜴とかげ……そして、蟇蛙ひきがえる……か」


 ジュリアスはこの取り合わせに引っ掛かるものがあった。

 そして、ハーキュリーの説明を思い出す。最初の時の話だ──




*


『彼女が攫われる前から警鐘けいしょうが鳴らされていた、ということです。話は昨年にさかのぼりますがユニオン連邦の諜報シーフ機関ギルドから警告されていました。魔法使いが南からの人買いに攫われている……と。元々は亜人を対象にして攫っていたそうですが、それが立ち行かなくなったのか、逆に好調で販路の拡大を図ったのか……ともあれ、魔法使いわれわれが狙われ始めているのは事実でした。魔法の国ミスティアは言うに及ばず各国の魔法使い、魔術師がその時点で数人、行方不明になっていたのです──』


*




「──なるほど。手口は大体、分かった」


 室内の吊り床ハンモックは6つ。これを二部屋に分ければ全体数も辻褄つじつまが合う。

 ……となれば、この部屋にもう用は無くなった。少なくとも今のところは。


「それじゃ、行くとするかな……随分と待たせちまったが……」


 そう言って、ジュリアスは部屋を後にした。




*




 ──そうして再び、船尾の部屋の前にジュリアスは立った。

 その両開き扉の把手とってには相変わらず、異様な輝きを見せる金属の鎖が二重になってかけられている。


 ジュリアスは意を決して、敢えて何も対策せず把手にかけられた鎖の一方を外して扉の一方を開く。……そうして素早く部屋に入り込むなり、後ろ手で扉を閉めながら腰帯ベルトから杖を抜き取った。


 この部屋も明かりは消灯済み。光源は通路から洩れてくる角灯ランタンの光だけだ。

 これでは探索に支障がでるので、毎度のように杖の先端に魔法の明かりを灯す。


 ……部屋が魔法の明かりに照らされると、そこはなんというか──普段使いの倉庫そのままというか、珍しいようなものはなかった。


 布やら毛布やら日常的な備品に、木材など船の応急処置的な補修材。部屋の容積の半分ほど使っている。……ここは資材置き場か。


 その中に人の遺体を納める棺桶かんおけのような寸法サイズの真新しい木箱が運び込まれていた。

 木箱自体は特にった造りではない。簡素なふたで閉じ込められている。蓋は釘打ちなどもされておらず、としぶたのようなものだった。


 蓋には二か所の出っ張りがあるので、杖を箱に立て置いてから、蓋をどかした。


 そして、ジュリアスは中身を検めた。

 木箱の中は木屑きくずが底と側面の隙間すきまを埋めるようにめられており、中心にあるのは少女をかたどった精緻せいち裸婦らふの石像……その下半身は木屑に埋まり、上半身はあらわになっている。


「……来るか」


 ジュリアスは箱の中の木屑を寄せて、石像の胸元をそっと隠した。


 ──そうして、次なる事態に備える。

 複数の物々しい足音が、すぐそばまで近付いてきていた──




*****


<続く>

 

※「石化の魔法について」

「(マールに使われた石化魔法はが対象でした。なので、服とか装飾品とかまとめて石化されなかったのです。ギリシャ神話でも盾が石になったとかはなかったはずなので。最初に見えた時、裸足はだしだったのは実はそういう理由です)」


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