第25話「船内・対峙」


 ……少し前から船外が騒々しい。

 怒号のような声、上部の甲板で走り回る物音。


 何事かを話しながら階段を駆け下りてくるのも一人や二人ではない。

 今や複数の人間が、この倉庫を目指して駆け込んで来ようとしていた。


 ……しかし、そんな周囲の状況に関わらず、ジュリアスは冷静だった。

 予定通りといった感じで焦った様子もない。


 箱に立てかけていたステッキを手に取ると、反対の手で外套マントを外そうとしている。

 実は外套マントにこそ"隠形"インビジブルの術がかけられていたのだが、もう必要はなくなった。


「──いらっしゃい」


 怒声とともに一番槍で踏み込んできた水夫と正反対に、ジュリアスは穏やかに声をかけた。そうして、手にしていた自身の外套マントを箱にかけてやる。彼女を保護するには木屑だけでは不十分だと思ったからだ。


「……なんだテメエは!?」

「魔術師だよ。見ての通りだ」


 魔法で発光する杖の頭を見せ付けながら、ジュリアスは自己紹介した。

 明らかな魔法の力に、水夫は通路の方へ一歩たじろぐ。


「君たちに話がある。明るい所に行こうか。それと責任者を連れてきて欲しいかな」


 ジュリアスはそう言うと首だけで退室をうながし、水夫も大人しく引き下がっていく。

 ……何故なら室内にはたった一人だが、通路には自分を含めた何人かの仲間が既に駆けつけているからだ。荒事あらごとなら一人より複数で叩いた方がいいに決まっている。


 ジュリアスは部屋を出ていく前に、ちらりと彼女の方を見た。

 何もないとは思うが、何かあってもあの外套マントが守ってくれる。


 ……ジュリアスにとって魔法障壁とは付与魔法である。

 あの外套マントに新たにかけたのは鈍重な魔物の薙ぎ払いをも弾き返す強力オーソドックスな魔法障壁だ。そしてそれは術者の手を離れても魔力が続く限り、効果は持続するのだ──


*


 船尾の船室──いや、船倉から出てくると、物々しい雰囲気の水夫らが雁首がんくび揃えて待ち構えていた。その中には棍棒のようなものを持つ者や舶刀カトラスを帯びた者もいる。


 しかし、最前列で囲んでいるのはどいつもこいつも素手の輩で、力自慢の喧嘩好きなのだろう──ジュリアスはそのように当たりを付けた。何故なら連中は数の優位もあって彼を下に見て、薄ら笑いを浮かべているからだ。


(……こいつらでは話にならないな)


 ジュリアスがそう思っていたところ、その後ろから列を割って一人の男が現れる。


 ……満を持して登場した瘦身そうしんの男は中年で、まさしく幽鬼ゆうきのよう。だが、それとは相反するぎらぎらとした眼が印象的だった。くたびれた袖付き外套オーバーコートを肩に羽織ると、腰には舶刀カトラス。髪はぼさぼさで顎に不精髭ぶしょうひげたくわえている。


 水夫の誰かが小声で「船長キャプテン」とうめくのが聞こえた。……なるほど。

 一目ひとめ見ただけだが船長キャプテンと呼ばれるに相応しい貫禄は十分だった。


「お前か……? 盗人ぬすっとか、密航者みっこうしゃってのは……」

「そのどちらでもない。冒険者だ」


「そうかい……盗人は死刑だ……密航者も当然……死刑だ……!」


「俺はアンタらと争いにきた訳じゃない」


 ジュリアスはそう言うと、杖の頭を鷲掴みして汚れを拭うかのように乱暴に何度かこすげた。


 ──すると、杖に灯った魔法の光が消える。

 そうしてから無造作に、船長とおぼしき男の足元へ杖を放り投げた。


「魔術師にとって杖は、魔法を使う為に必要な商売道具だ。俺はそいつを手放した。今一度言うが俺はここに争いに来たんじゃない。アンタらと話し合いがしたいんだ」


 ……をとる振りをして一旦、ジュリアスは言葉を切る。

 相手の反応を見ながら、ジュリアスは慎重に話を続ける。


「だからこうして魔法のマジック棒杖ロッドを手放した……これで俺は無防備だ。誠意せいいをみせなきゃ話し合いは始まらないからな」


 船長と思しき男は震えるよう小刻みに頷きながら、ジュリアスの交渉にのぞむ態度に肯定を示した。


「誠意は……大事だ……!」


 話になるのかならないのか、悪い意味で油断のならない相手だった。

 ……相手は人間ではなく、例えるなら野生の動物に近い。一触即発の危うさが常にまとっている。逆鱗げきりんがあるにも関わらず、触れ合いスキンシップを試みるようなものか?


「……話を聞いてもらえるかい?」


 ジュリアスは提案する。だが、船長は彼には目もくれず、自分の世界に終始する。

 袖付きの外套オーバーコートすそつかみ、ポケットをまさぐり、そこから年季の入った煙草箱シガレットケースを取り出すと首を回して適当に目が合った水夫に放り投げた。


「──


 水夫も慣れたもので、すぐに手近な角灯ランタンの元へ急いで走っていく。

 あの緊張、慌てようから察するに、この男は船を暴力的に支配しているらしい。


 今は下手に口を挟めば、男の機嫌を損ねるだけだ……何かあるまで、ジュリアスは静観しようと決めた。


 ……ほどなく、煙草たばこに火を点けて水夫が戻ってくる。

 

 男はまず煙草を受け取り、口に咥えると緩慢な動作で袖に腕を通し始めた。

 そうして水夫から年季の入った煙草箱シガレットケースをひったくるように奪い取ると、乱暴に外套コートのポケットに押し込んでいる──


 ……その間、船長キャプテンと呼ばれた男の所作をジュリアスは注意深く観察していた。

 相変わらず向こうはこちらなど眼中にない。独りきりで閉じこもるように、煙草をふかしてひたっている。


(葉巻……じゃねぇな。あれは……)


 知識として煙草がどういうものか、ジュリアスも少しは知っている。

 だが、うろ覚えにしても男がげんに吸っているは自分の知る煙草とは違うという違和感があった。


 ジュリアスが知っている煙草とは葉巻だ。……だが、目の前で吸われているそれは妙な色の紙で巻いた


 ──その正体は強力な薬効のある草葉を乾燥させて刻んで、あのように紙で巻いたものだ。火をけて煙を吸引してたのしむ、薬効に副作用もある有害な嗜好品しこうひんである。


 ……男は紙巻の煙草を半分まで吸った後、また煙草箱シガレットケースを取り出して新しい一本を取り出した。

 吸いかけの煙草の火を新品の先端に押し付け、点火させると古い方を下に落として踏みにじり、火を揉み消した。


「──おい」


 男が呼び掛けた。それは水夫に向かってではなく、ジュリアスに向けられていた。


「話せ」


 男は簡潔に、命令口調で促した。

 ジュリアスは男の言動に逆らおうとせず、同意して口を開いた──




*****


<続く>


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