第23話「船内・調査」


 ──ジュリアスは貨物船下層の探索を終えて、再び中層に上がってきた。


 ……下層の探索に少し時間を費やした為、念を入れて階段をのぼりきらないうちから周囲を探ってみるが、船尾の階段付近から通路側には相変わらず人の気配はなく──


 一応、用心しながら近くの柱に身を寄せて通路の奥側の様子をうかがってみるものの、やはり人影のようなものは見当たらなかった。


 ジュリアスは嘆息をつくと、柱の影から再び下り階段の側に戻り──今度は四隅にある部屋の一つ、その壁際に移動する。そして、壁際から端へと寄っていき、右舷の内壁の前まで来ると、掌をその内壁へ押し当てる。


 そうして、精神を集中して掌に魔力を集めると静かに呪文を唱え──


『"壁に耳ありウォールズ・ハブ・イヤーズ"』


 ──魔法の流儀には詠唱と名称が別れた従来型のほかに、名称と詠唱が一体化した近代型の短縮形がある。


 その性質上、"魔法のアンロック・合言葉キーワード"を内包しないので初心者向けとがたいが、こちらの水が合うと愛好する同士も多い。本場ではそのような魔法使い、流派の一門も珍しくなくなっている。


 "壁に耳ありウォールズ・ハブ・イヤーズ"──この魔法を一口に言えば聴覚の拡大、壁を伝って室内の音声、物音を拾う魔法である。身も蓋もない言い方をすれば、魔法で盗み聞きをするのだ。


(…………)


 ジュリアスはしばらくのあいだ集中して、壁伝いに室内の音を片側かたがわ二部屋まとめて拾おうとしたが、残念ながら成果は無かった。


 波の動きに連動して何かが動いているような物音は聞き取れたが、残念ながら彼の知識では判別出来なかった。ただ、不自然な感じはせず、どちらかといえば環境音のようなものに近かったと思っている。


 ……ジュリアスは仕方なく魔法を打ち切り、「芸が無いな」と心中で自嘲じちょうしながら下層でも使用した"活力探査アクティブソナー"で中層を洗うことにする──


「うおっ!?」


 すると、予想だにしていないほど多数の生命反応がジュリアスに押し寄せてきた!

 その数も十や二十ではない、船尾側左右二部屋から雪崩なだれのように跳ね返ってくる!


「こ……」


 言葉にならなかった。船室二部屋に別れているとはいえ総数はおそらく百に近い。

 百人近い人間が、そこまで広いとは思えない船室に押し込まれている……のだ。


 ……船室の中は一体どうなっているのだろうか?

 扉を開けた途端、足の踏み場もないほど詰まっているのではないか……?


 想像するに、興味より先にジュリアスは驚愕きょうがくしていた。そんな状態にも関わらず彼ら彼女らは無言で突っ立っている……のだ……


「嘘だろ……それだけの人数を石化させたってのか? 嘘だろ……?」


 だが、おそらく、そういうことなんだろう……

 物音は環境音のみ……人間らしい呼吸音すらない、というのは……


 犯罪の規模スケールが違う──今更ながら、ジュリアスは戦慄せんりつした。


「石化魔法は高等な術で対象は単体だ……そんな魔法を乱用出来るような魔法使いは自然、高名な人間に限られる……嘘だろ、どうなってんだよ……今の世の中……!」


 ……最悪の現実を想像して、ジュリアスは思わずなげいた。

 そういう人物が悪の側にいる。教えた者か、教わった者かは分からない。


 一人ではなく多数の魔法使いが組織的、或いは積極的に悪事に関与しているのかもしれない。もしかしたら、そんな魔法道具マジックアイテムがあって悪用されただけかも……


「だが、魔法道具マジックアイテムが悪用されただけの方がまだ救いがあるかもな……」


 ジュリアスは呟いた。そして、自覚する。


(なんだかんだ、俺も平和ボケしていたってことかね……)


 冒険者として、魔術師として──


 楽しく人生を謳歌おうかしているうち、自分たちの埒外らちがいに取り巻く環境を甘く見積もっていたのかもしれない。世界はくも残酷で昔も今も底なし沼の泥のような闇は消えることなく、そこかしこに待ち受けている。


 そこに足を踏み入れれば、からめとられてよごれてすさんで際限なくちていくだけだ。

 それが死ぬまで続いていく。例外はない。死ぬまで、だ。


 ──忘れたのか? 何故、あやうきから距離をとろうとしたのかを。




*


 常に独りであった昔ならともかく、今は──色々と気を配るものが多すぎる


『悪いが暗躍者アサシン教団ギルドを追うって話なら協力は出来ないな。連中が何を企んでいたのか見当もつかないし、個人として興味もない。知りたくもない、というのが本音だ』


*




「──いかん、考えるのをやめよう。気が滅入めいる」


 ジュリアスはため息をついた。

 ……よからぬ想像を頭から追い出す。本来の目的を見失ってはいけない。

 話を戻そう。気を取り直し、自分に呼び掛けるようにして状況を整理する。


「いいか。百に近い生命が二部屋に分かれて船内に閉じ込められているのは確実だ。部屋はあらためるにしても、その前に──」


 ジュリアスは後ろを振り返る。そこには船尾最後部の大部屋がある。

 その部屋は両開き扉であり、把手とっては銀色の鎖が二重にしてゆるく巻かれて、どうやらそれで施錠せじょうしているつもりらしい。"目印マーキング"の反応は今も確かに部屋の中からあった。


「どうも船首と船尾の部屋だけがこういう造りになってるみたいだな……倉庫として使っているのか……?」


 ジュリアスは船倉に近付き、両開き扉を開けようと銀色の鎖に手を伸ばし──


(──待てよ)


 ……いくら船内にあるとはいえ、日常的に海の塩気にさらされている筈が見る限り、一点のさびくもりも無いのは如何なものか? 今もなおあやしく、異様いように輝いているように見えるのは果たして気のせいなのか……?


 ──そして、その予感は当たっていた。

 よくよく観察してみると鎖にちらほらと文字が刻まれているのが分かったからだ。


「ああ、これは……迂闊うかつに触っちゃいけないやつか。おそらく、魔法道具マジックアイテムだろう……そうか、……!」


 倉庫を施錠する鎖。日常的に使うなら、そこを簡便にするのは理解出来る。

 しかし、倉庫に貴重品や重要な品物をしまうなら話は別だ。なんらかの防犯対策はしていて然るべきだろう。


「だが、これはこれで利用できるな……先に安否を確認したかったが、仕方がない。後回しにして証拠を押さえにいこう」


 ジュリアスはそのように呟き、その足を疑惑の核心である船室に向けた──




*****


<続く>


※「名実一体(型の術式)」

「(現状、『魔石に込める術式がこの仕様ではないだろうか?』とぼんやり思っているくらいで名称も決まっていません。近代型の比較的若い流儀なので、魔石への印字はこちらが主流に置き換わっている、という感じですか。本当は魔法のアンロック・合言葉キーワードみたいにしっくりくるルビをつけてやりたいんですが、残念ながらまだ思いつかず……)」

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