第22話「船内・探索」


 貨物船の中層から階段を下りた先、下層は中層よりも空気が冷えていた。外は風がある為に単純な比較できないが、それでも外気より船底が寒いようにジュリアスには感じられた。


 ……ここは貨物船でも船尾に近いところだ。

 階段の近くから通路に寄り、周囲を様子見すると近くに明かりが見える──というより、光源はそこにしかなかった。


 部屋の前、扉の上側、左右に一つずつ。角灯ランタンかと思いきや、違う。あれは──


電灯でんとう……いや、電球でんきゅうだったかな? いなずまを発する魔石──を光源として容器いれものに放り込んでいるっていう」


 要は蝋燭ろうそくや油など火種の代わりに、発光する魔石を角灯ランタンに設置したものである。

 魔石は大きさや質にもよるが代替だいたいとなるそれらと同等か、それ以上の光を発する。


 それでいて低温。発光時に触れても痺れはするが、紙がげるほどの熱は出ない。 

 従って、火事の原因になることもない。


「ということは……あの最後部の部屋は魔法装置がある部屋か……」


 ──魔石は魔力か、それに相当するものを消費して込められた力を発揮する。


 確か、あの電球だかは単独で魔力を捻出ねんしゅつできるような代物しろものではなかったはずだ。

 魔石が鎮座する台座は容器の外の導線と繋がっていて、魔法装置の余剰魔力で発光している……そういう仕組みだったと記憶している。


「船の下層……後部……魔法装置。なんだっけな、名前は思い出せないが、だ。だ。船外にあるらしいを回して動かす魔法装置。多分、その部屋だな。これは」


 何時いつだかに弟子たちとの歓談中、船の話題が出たのだ。それで覚えていた。


 ……ジュリアスが魔術を教えている弟子の一人、ディディーは船乗りの息子で王都スフリンク育ち。魔術という分野では師匠と弟子という間柄でも、それ以外の事柄に関しては逆に弟子から教わることも多いのだ。


「ま、この部屋はいいか……それよりも他の部屋を探った方がいいだろう」


 ジュリアスは船尾の部屋前、通路の真ん中で立ち止まると手にした杖を腰の革帯ベルトに挟んだ。……手っ取り早く、魔法を使うつもりなのだ。


「ここは"活力探査アクティブソナー"だな」


 "活力探査アクティブソナー"──

 術者から魔力を放射して返ってくる生命の反応で位置を特定する補助魔法である。


 通常は術者を中心に半球、或いは球状に範囲を広げていくのだが、敢えて指向性を持たせて範囲をしぼるやり方も存在する。※(後者は球状よりも測定距離が長い)


「縦は天井。横は船体の端から端まで、だ」


 ジュリアスは両腕を胸元で交差する──


 淡い魔力の光を両腕に溜め、勢いよく下方へ振り下ろすと同時、両掌からは魔力が放射される! ジュリアスは腕を真横で止め、いで真上へ振り上げる!


 そして、最後は軽く体を後ろにって両手を前に突き出した!


「──はっ!」


 その瞬間、淡い光の壁がジュリアスの前方で完成し、それは生命力を探査しながら前進していく──!

 ジュリアスは光の壁が活動限界で自壊するまで見守っていた……そして、呟く。 


「特に生命反応はなし、か……」


 人間──または、それらしい生物は下層にはいないらしい。全くの無反応だった。

 もしかしたら鼠などいるかもしれないが、では元々の生命反応が小さすぎて探査に引っ掛からづらいのだ。


「どうやら擬態ぎたいも含めてはいないようだし、気楽に見て回ることにするか。流石に罠とかもないだろ……牢屋とかじゃあるまいし、な」


 ジュリアスは革帯ベルトに挿した杖を抜き取ると杖頭を触って魔法の明かりを付与する。


 それは角灯ランタンほどの明るさで周囲を照らしだした──だが、明かりと自身を覆い隠す魔法障壁"隠形"インビジブルは相性が悪いので、少しでも物音が聞こえればただちに消灯しなければならない。


 さて、ジュリアスが目視で確認すると下層の部屋数は中層と同じではなかった。

 ……中層にあった船首の部屋がなく、左右も部屋数自体が非対称。左舷の二部屋は変わらずだが、右舷は造りからして特注の大部屋が一つだけ。


「……それじゃ、始めるとするか」


 さっきは軽口を叩いたものの、内心は警戒しながら探索を開始する。

 ジュリアスは手近な部屋から出入口の引き違い戸を開けて調べてみるが、それらは倉庫──そのどちらもが、なんらかの倉庫であった。


 おそらくは貨物用だったり、備品を雑然としまっていたり。


 ──特注らしき大部屋は冷蔵倉庫らしきものだった。

 中に立ち入りはしていないが、似たようなものはスフリンクで前に見ていたので、ジュリアスはそのように当たりを付けた。


 ……冷蔵する魔法装置の出力は船舶用にしてもかなりのもので、どうやらここから漏れ出ていた冷気が下層の空気を冷やしていたらしい。


「特に成果はなし、か。ま、予想通りだが。しかし、なんというか……ごみ捨て場のにおいだな、これは……」


 探索も一段落し、今は船の中央──大きな柱の影にジュリアスは身を寄せている。


 実は、中層と違う部分が他にもあった。落とし戸である。

 このさらに下、最下層に降りる為の出入口がまだあったのである。


 ジュリアスの言う汚臭おしゅうは、その落とし戸から洩れ出ているらしかった。


 ……船の底には汚水が溜まり、それが悪臭の発生源となる。

 無論、水夫はその汚水を定期的に抜き出すのだが、それでもやはりにおいは残ってしまうのだ。


 だが、その船底のにおいは確かに不快だが、我慢できないほどではない。

 冬場なのが幸いした形だが、例えそれ以外の季節でも冷蔵の魔法装置が働いている限り、そこまで酷くならないのかもしれない。


「今となっちゃ懐かしいにおいではあるがな。スフリンクに住んだ当初は魔術師ですらなかったからなぁ……」


 ──ジュリアスは遠い目をして、独りごちる。


 王都スフリンクに来てから冒険者を始めるまでの空白の期間、日銭ひぜにを稼ぐ為の割のいい仕事として街を回り、南区の焼却炉にゴミを運ぶ清掃者をやっていた過去が彼にあるのだ。つねに人手不足の仕事つ、それ故に出身を問われることもなかったので、当時は非常に助かっていた。


「──ともあれ、下層はこれで用無しだ。残った魔法装置の部屋は船にとって重要な場所だし、罠がないとも言い切れん。こんなものは最後でいいだろう」


 ジュリアスはそう結論づけると船体後部の階段に向かった。

 用のなくなった杖の明かりは消してしまい、また革帯ベルトに挿し直す。


 いよいよ、中層を調べるのだ──




*****


<続く>


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