第21話「船内・潜入」

 


 港の岸壁から海の方へ突き出し、伸びていく大桟橋だいさんばしは入口が上り坂になっていた。

 しかし、一概いちがいに上り坂といっても荷役時の負担にならないよう十分に配慮はされており、斜度は緩やかである。


 入口を上り坂としたのは、交易船と大桟橋との高低差を少しでも埋める為だ。

 この特徴は土木工事で造成された大桟橋なら何処でも見られる共通項である。


 ──ジュリアスはあれから歩き通し、その大桟橋までやってきていた。


(さて……)


 術者を覆い隠す不可視ふかしの結界は足元までも包み込む。

 それは足音もらさないことを意味している。


 一度ひとたび、隠密状態になったならば個人の眼力で看破かんぱするか、魔法障壁にじかれでもしない限りは目にえることはない。※(魔法は別とする)


 日中なら陽光の助力で素人でも見破ることは出来るだろうが、夜間の月光だけでは難易度は跳ね上がる。事前情報があって常に気を張っていなければ、まず間違いなく素通りされるだろう。


 ……事実、大桟橋の手前から幾人かの人間とジュリアスはすれ違っていたが、誰も気付く素振りさえ見せなかった。


 ──そうして、今は沿岸交易船のすぐそばまで来ている。

 見上げてみると大型の貨物船ではないが、他と比べて横幅は広いように思う。


 ……外洋に出ないからこそ、この欲張った形状なのだろうか?

 素人考えだが、船倉が広く多いほど輸送には都合がいいはずだから──


「しかし、どう乗り込んだものかな」


 ジュリアスは思案するかのように独りごちるが、この声も周囲にはれていない。

 少し歩み進んで、今は貨物船の船首が近い位置で立ち止まっていた。 


 そこから覗いてみると、貨物船の出入口には大桟橋から乗り込む為の渡り板がまだかかっているようだった──が、出入口近くには篝火かがりびかれていて、見張り数人が火篝それに群がって暖をとりながら話し込んでいるようだった。


「まぁ、堂々と正面からいくのも一つの解ではあるが……」


 そう楽しげにつぶやくと、手にした杖を一回しする。

 早速、こいつに役立ってもらうとしよう──


は想念と意志の力、奇跡を顕現けんげんする根源こんげん……」


 別に呪文の詠唱は必要ないが、これは気分の問題だ。

 ジュリアスは朗々ろうろうと"魔法のアンロック・合言葉キーワード"を唱え──


「──我は命ずる はたらきかける ことわり退しりぞけ、意のままに従え!」


 ジュリアスの唱えた呪文は極めて単純な"念動サイコキネシス"の魔法である。

 てのひらから放つ不可視の魔力で対象を捕捉キャッチし、魔力によって操作する。


 今回の対象は手にした杖だ。これに魔法をかけて自由自在に操ろうというのだ。


「これは……杖にまたがるのは格好悪いな。第一、長さが足りん。なるほどな、延長杖ロングスタッフじゃないと格好つかない訳だ……」


 ……何事も実践してみなければ分からぬこともある。

 さりとて、杖に立ち乗りする訳にもいかず──軽業師かるわざしでもないのに、そんなことをすればたちまころちてしまうだろう。


 結局、不格好だがまだマシだろうと判断して両手を広げて杖をつかみ、浮遊しながら乗り込むことにした。


 見た目には杖にぶら下がるような恰好で、ジュリアスの体はゆっくりと空中に浮き上がっていく……そうして、船よりも高く浮上すると移動を開始し、甲板へと慎重に降り立ったのだった──




*




「……よし」


 ──ジュリアスは甲板に着地する。……ここまで異常なし。

 見張りたちは相変わらず大桟橋と渡り板で繋いだ唯一の出入口でパンや干物などをあぶりながら、かたまって話していた。酒瓶だって持っている。あの篝火は暖炉だんろであり即席の調理器具のようなものなのだろう。


 ジュリアスには船内で飲み食いするより片付けが圧倒的に楽だから、という怠惰たいだな理由で宴会しているように見えていた。


(ま、それならそれで有難いがね……)


 周囲を探ると甲板から内部に下りる階段は船体の中央付近、右舷側にあった。

 巡り合わせよく、接岸している方とは逆側である。航海中なら階段部分は渡り板でふたするのだろうが、今は生憎あいにくと使用中だ。


(……ここで渡りに船、というのは誤用かな?)


 労せず潜入できるのなら、それに越したことはない。

 ジュリアスは見張りたちを横目に帆柱から海側へ回り込むようにして木製の階段へ滑り込んでいく。


 ジュリアスの魔法障壁──"隠形インビジブル"の魔術は足音まで包み隠すので、当然、彼らに気付かれる事は無かった。




*




 ──階段を降りきると、そこは貨物船の中層である。

 内部は木造だが、要所は銅板などで補強されている。特に逸脱したところはなく、一般的な貨物船ではないだろうか……?


 他には角灯ランタンが柱回りや船室の壁などに設置されており、暗いことは暗いものの移動や探索に不自由するとまではいわない。その点、ジュリアスには好都合といえた。


 ……ひとまず、階段降り口から最寄りの柱の影に移動してみた。


 ジュリアスは周囲を警戒しながら見回すが、通路に人影はなし。

 通路は船内にしては広く、例え柱のそばや部屋の前であっても、難なく人をかわせるくらいには余裕がある。


 今いる中央部は柱を中心にちょっとした空間になっており、四隅に部屋があった。

 通路の先、部屋を少し行き過ぎたところにも柱がある。それは前後ともに、だ。

 また、中央部の四隅の部屋は構造上、どれも独立した小部屋である。


 ──さらに中層には船首と船尾にも大部屋があるらしい。


 船首と船尾、前後の部屋は出入口の扉からして四つの部屋よりも大きい。扱い的に倉庫のようなものだろうか?


「前後どちらかが船長室……って、訳じゃなさそうだな。そういえば、甲板の後部に小屋みたいなのがあったような……あれがそうなのかな?」


 確か、その小屋の中からは明かりが見えていた。

 しかし、実際に目で見て確認した訳ではないから、人がいるとも限らない。


 (さて、何から調べるか……)


 通路を行き来して中層を探ると、船尾右舷側には下層へ降りる階段もあった。

 マールにかけていた"目印マーキング"の反応は、船尾の大部屋内から発している。


 ……だが、ジュリアスの今の目的は彼女の救出だけではない。


 マールの事を一旦後回しにしてでも、


「ここは確率の低い方から見て行くかな……となれば、下からだな」


ジュリアスは下層に向かう階段を下りることにした──




*****


<続く>




※「大桟橋について」


「(交易船の積み込み作業って一体どうやってたんでしょうか? 船と岸壁の高低差を考えた時、現実なら道の上でとやり取りするようなもの。それでは無理があるからギャップを埋めるという風に設定したのですが……)」


「(だとしても、無理なくやり取りするなら最終的にブロック塀ほどの高さが必要になるはず……結局、工事した上でさらに渡り板の下側に砂袋みたいなものを設置して勾配をマイルドに調整しているという風に考えました。本筋と関係ないところなので描写はありませんが……そうやって現地で上手いことやっているというていで見逃してください。申し訳ない)」


「(滑車ってのもあったなぁと思いつつ、自分が経験したのは柱三本を組んで単純に持ち上げるタイプのやつで、船の積み込みには……でも、クレーンみたいなのはどうなんだろう? 他所で使用中か、使う程じゃなかったか、そもそも町にないのか……使うにしても時代的に石材か鉱石くらいだから今回は修正することもないかな)」


「(……で、ここから設定の話。王都スフリンクには都合上、三本もの大桟橋が存在しますが、これは元々、ダイン川の水を引き入れるために工事した残土処理も兼ねていた、ということにしました。その他、下水工事やら国土を横断する街道作成時にも出たあれやらそれやらも処理するついでに現在の本数になってしまった、と)」


「(ミリバルも大体似たような経緯です。こちらはパスカールと繋ぐ街道整備の折、その時の残土処理も兼ねて造成された、と。ミリバルの大桟橋はスフリンクより短いです。なので、大型船には少し水深が浅く、停泊出来ないかもしれませんね)」


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