・2/14「魔法乱舞」

第20話「到着」

 

 ──2月14日。クバール国内、港町ミリバル。


 時刻は夜のはじめ頃──

 縁もゆかりもない何処とも分からぬ商会の、おそらくは関係者以外立入禁止だろう整備倉庫ガレージ忽然こつぜんと現れた。


 魔術師、と断言できるのはその如何いかにもな風体ふうていからである。 

 表も裏も黒一色の外套マントに、腰の高さまであるステッキ


 ……実際のところ、彼が手にしている古めかしい銀杏いちょうの杖は特別なものではない。


 全体に施された彫刻に、かしげるように曲がった杖頭と仮漆ニスで塗装された仕上げ。

 角材より一から削り出され、職人の手間こそかかっているがそれだけでしかなく、実体は紳士が普段使いするような単なるステッキに他ならない。


 だが、彼は臆面も無く魔術師が振るう魔法の棒杖ロッドだと言い張ることに決めたのだ。


*


 ……商会の整備倉庫内では現在いまも数人が残業中だった。出入口の木製の横引き戸シャッターは半分以上、閉じられている。


 屋内には幾つもの角灯ランタンが壁に備え付けられ点灯しており、煙突付きの暖炉にも火が入っている。光源は申し分なく、夜間でも作業に支障はでないだろう。


 屋内を見回せば天井は平屋に比べて高く、中の広さも馬車が5~6台は並べられるほどの余裕はあるだろうか? ……もっとも倉庫の奥、二台分くらいの空間は色々な物を雑多に置いて潰してしまっているが。


 ──倉庫内に運び込まれている幌付き馬車は三台あった。


 そのうちの二台は待機状態だが、一台が車輪と軸を外されて整備されている。

 どうやら摩耗していたんでいる箇所を交換しようとしているらしい。


 ……魔術師は幌付き馬車のそば、光を避けるように影の中で身をひそめていた。

 そうやって倉庫に出現してからしばし、物静かに作業を観察している。


 しかし、段々と手持ち無沙汰になってきたのか、左手で握っていた杖をたまに子供がもてあそぶように振り回したりしている。


(──魔術師は魔術がなければ、ただの人)


 彼の存在は明らかに仕事の邪魔なはずだが、不思議と見咎みとがめる者はいなかった。

 まるでそこにいないかのように、誰もかれも気にも留めない。


 彼を無視している、というよりはまったく気付いていないようだ。

 ……やがて観察にも飽きたのか、単に出ていく機会を見計らっていただけなのか?


 魔術師は出口に向かって、揚々ようようと歩き出した。

 幸いにして彼の前を横切る人はいなかったが、いたとしても彼は道を譲らなかっただろう。


 ほどなく、倉庫の出口に差し掛かる。背後では未だに数人が働いている。

 この時間、繁華街は既に賑わっていることだろう。


「──魔術は斯様かように人を自由にする。悪いね、お先に失礼するよ」


 結局、登場から退場まで倉庫内にいる人間は彼が外へ出ていくまで──

 いや、出て行った後も。誰一人として、気付くものはいなかった。


*


 路地裏から現れた人影は幽鬼ゆうきのように見えたかもしれない。

 だが、すぐにそれは錯覚だったと目撃者は思い直すだろう。よく見れば黒い外套マントに杖を左手に携えた魔術師だったからだ。


 ……その男の名はジュリアス。

 現在、スフリンクという国で


 普段、見慣れぬ存在とはいえ、人々は魔術師がどんなものかを風聞ふうぶんで知っていた。

 注目はすれど殊更ことさら騒ぎ立てるような真似はしない。そんな中、黒い外套マント羽織はおった魔術師は人通りの多い街路を人の流れに逆らいながら、うように進んでいく。


 ──彼が進む先には港があった。

 そして、港唯一の大桟橋だいさんばしには二隻の交易船が停泊しており、その内の一隻に彼女がとして船内に積み込まれたのをジュリアスは魔術を通して知っている。


(運び込まれた船の中には彼女以外のもあるはずだ)


 商品がどのようなものかまでは分からない。だが、どうせなのは確かだろう。それを証拠として確保して、しかるべき人達に引き渡すのがジュリアスの目的だった。


(とりあえず、港までは徒歩で行くとして……どの辺から姿とするかね……)


 姿を隠す魔法──分類上は付与魔法に属する、いわゆる魔法まほう障壁しょうへきの一種である。

 不可視の力によって自身をすっぽりと覆い隠し、姿と気配を消して防護する。要は直接的か変則的かの違いだが、どちらも身をまもることに変わりはない。


 基本的に誰かに見破られるまで不可視は継続するが、時間経過によって魔法障壁はほころびやすくなる。また、視界良好な状況だといちじるしく見破られやすくなる。

 日中の屋外、不特定多数の視線がある場所など特に最悪で、高等な術者であっても10秒もたもてばいい方だろう。


 ……その他、魔術師や魔法使いなら視力だけでなく魔力の異常を感知することでも見破れる。例え目にえずともが出現する為、そこを発見すれば暴くことができるのだ。


「……さて」


 ジュリアスは行き交う人々の邪魔にならないよう、街路から一旦外れ、建物に壁に寄りかかりながら目をつむる。


 精神を集中し、現在も有効な魔法の力でさらわれたマールの現在位置と積み込まれた船の形を確かめる。そして、ついでに見えた甲板上の水夫の様子も確認した。


(緊張感がまるで無いな……)


 篝火かがりびのそばで暖をとりながら見張りをしている水夫たちだが、そのさまはどうみても注意力散漫だった。正直、あれでは居眠いねむりしているのと大差ないだろう。見てくれはともかく、士気モラルはかなり低そうだ。


(あの様子なら大桟橋を渡り始めてからでも十分かな? 必要最低限の魔法で済みそうなのはいいことなんだが、な……)


 ──遠見に暗視、不可視に転移、潜入の為の手札は色々とある。

 だが、それらをふんだんに使うことなく終わりそうなのは少し残念だった。




*****


<続く>


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