第16話「未熟者」


 ジュリアスは「近日中に不審者が現れるが、敵ではない可能性があるとだけ現場の人間に伝えて欲しい」とティコに伝言を頼んだ。このような注意喚起はしかるべき人間の言葉でなくば、効力を発揮しない。


 ジュリアスの剣幕に根負けし、ティコは不承不承、承諾した……


「しかし、確信めいてジュリアス師はおっしゃいますが、何故なぜ同盟国でもないクバールに我が方の兵士が出張していると思ったのですか?」


「……

「見逃した? それだけで?」


「いや、それだけで十分だろう。被害者がマール一人ならば、王都に出没した段階で拘束こうそくできたはずだ。だが、君達はそのようにしなかった。俺も現場で見た時にそうだと思ったんだ、この事件はただ一人の誘拐事件にしてはあまりにも手の込んだ、組織として高度なことをやっている、とな。当然、それにかかる金、人件費だって馬鹿にはならない。魔術師一人でお釣りがくるような……とても採算は合わないだろう?」


 だから、あの時──彼女を発見したにも関わらず、ジュリアスは保護よりもという選択をとったのだ。


 ……それは、彼にとってちないことだった。


 石化魔法を使える魔法使いというのは高度な人材であり、雇うにしても仲間にいるとしてもそれは盗賊めいた集団では到底、つながりを持ちえない。運命的なめぐりいでもすれば別だが、常識的にそのような幸運は除外している。


 つまり、あの時点で末端と仲介と上層部があるような大きな組織ではないか? 

 ──と、ジュリアスは直感したのだ。


「これは想像以上にでかい事件なのかもしれない。後々に考えれば、動員する人員の規模だって妙に多いしな。最初は捜索にかこつけた軍事演習だろうと、頭のいい人間に上手いこと訳だが……それ以前にユニオン連邦とノーライトも一枚んでいることを失念しちゃいけなかった」


 軍事演習……「狐狩り」など特定の単語を巧みに周囲の会話に混ぜられることで、ジュリアスはそのように誤認ミスリードをさせられていた──今にして思えば。主に通信班の人間とやり取りしていた際の出来事である。


「初動はとにかく南を封鎖する。次に、準備の整っていない東も重点的に警邏けいらする。山越えで可能性の薄い北も先はノーライトだから本来は注意すべきであるが、今回に限っては協力的だ。同盟国のスフリンク同様、頼りに出来ると踏んでいたのだろう。そして、東のクバールと協力体制が整ったあたりで兵の再編を行い、賊を動きやすくした。おそらく南は相変わらず締めつけながら、折を見て西と北だけではなく、東の方も少し警戒網を緩めたはずだ。慎重に注視しながら、な」


 ──ジュリアスは続ける。


「おそらく兵の再編時、手薄にする東の騎馬隊は王都に行き戻りすると見せかけて、クバール方面に出張させたんだろう? ……これらは事後の状況から推測を列挙しただけだが、当たらずとも遠からずってところじゃないかね?」


 そう言って、少し得意げにティコに向かって笑いかけた。

 彼女は少し間を置いてから──


「……ジュリアス師なら、いずれ宮廷魔術師になれるのでは?」


 そのような、皮肉か本気か分からないような賞賛で彼の問いかけに答える。

 そしてその返答を、ジュリアスはただ一笑いっしょうした。


「……御冗談を。ならなんとでも言える。は最中に気付いて決断しなくちゃならないからな、俺のような馬鹿者には全然務まらないさ」


「そうでしょうか……?」

「そうさ」


 ジュリアスは即答する。


「ジュリアス師は宮廷魔術師に興味は……なりたいとは思わないんですか?」

「思わないよ。まったくね」


 彼女にしては珍しく食い下がってくるが、これも即答で返す。


 ……彼が冒険者として所属するスフリンクには宮廷魔術師は存在しない。代わりに王佐おうさという相談役がいるが、そのせいで空席になっている訳ではない。単純に人材がいないからだ、と聞いている。


 そもそも、王都スフリンクの政治は大衆と為政者との距離が近い。会議というより会合、議会というより寄合所帯よりあいじょたいのようなもので外国そとから見れば衆愚政治じみた体制に思える。良くも悪くもごく一部の人間に権力が集中しづらい為、実体的に宮廷魔術師を招聘しょうへい出来なかったというのが実情なのだ。


(質問の意図は分かるがね……)


 大方、そのあたりの野心があるかどうか、探りにでもきたのだろう。

 例え小国、採用した前例のない小国でも地位や名声を得られるのならば欲する者は欲するものだ。だが、ジュリアスには権勢欲はなく肩書きもある意味では便利だが、同時に厄介なものとも認識している。


 長所と短所を天秤にかけて判断すれば、要職に就くなど有り得ない選択だった。

 彼にとってそれは人生の到達点ゴールというより、敗着に等しい。



「……ま、なんであれ、予想が見当外れじゃないのは良かったよ。それじゃ、仕事の邪魔して悪かったな。そろそろおいとまするよ」


「そうですか。大してお構いも出来ず──」


「おおっと。忘れるところだった」

「……?」


 すると、何かを思い出したようにジュリアスがわざとらしく言った。

 下衣ズボンのポケットを探り、見る影も無くしぼんだ財布代わりの皮袋を取り出す。


「年下の君にこういう申し出をするのは本当に心苦しいのだが……御覧の通りの金欠でね。本当に申し訳ないが、幾らか銀貨を融通してはもらえないだろうか?」


「……はっ?」


 ティコにとって、その申し出は本当に予想外だった。




*




 ティコとの面会も無事?に終わり、王城からの帰路。

 外庭を少し歩けど街中どころか、第一の城門さえまだ遠い。


 一仕事した気になっているが、今日のジュリアスにはまだやることが残っていた。

 ──といっても、取るに足らないだ。特別、難しいこともない。


「まさか本当に貸し付けてくれるとはなぁ……」


 ジュリアスは苦笑する。りを強請ねだれば当然、反発がくるものと思っていた。

 そこからの方便こそがジュリアスの用意した本筋だったのだが、当人がけてしまってはどうしようもない。しおらしく借りるしかなかった。


 そうして、ティコから銀貨を10枚ほど借りてきた。

 その代わりに彼女から失った好感度は計り知れないものがあるだろう。


 ……通常、大の男が年下の女の子に金の無心など常識的には考えられないことだ。

 極大の恥と言っていい。


 ジュリアスは財布を突っ込んだポケットではなく反対側に手を入れて、そこに一枚だけ仕込んでおいた銅貨を取り出した。そして、親指で宙に弾き、手のひらで掴むと再びポケットに納める。


 ──互いの銅貨を一枚交換するか、或いは銅貨一枚をティコに押し貸すか。


 その後に「ちょっとしたまじないだ」と彼女を言いくるめるのが今回のやり口だ。

 その他の者には「金を借りた」か、「金を貸した」と言い訳する。いずれにせよ、彼女と今一度面会する為だけのさかしい口実であった。


「彼女の魔術の見識を確かめる機会でもあったな、そういえば……最初に選ぶ選択肢を間違ったか。策士さくしさくおぼれる、だな」


 ギアリングに来てからこっち、どうにも上手い具合に事が運ばない。

 自分も冒険者としてはまだまだ未熟だと痛感させられるばかりだ。


 弟子二人を笑っていられる立場ではない。一人になってみて、思い知らされた。


「駆け出しの冒険者よなぁ……俺も、あいつらも」


 ジュリアスは苦笑いを浮かべて、独りごちた。

 ……気を取り直そう、これからそんな自分に相応しい仕事が待っている。


 ──杖を買うのだ。それも、とびっきり古めかしい杖を。




*****


<続く>


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