第15話「妙案」


 翌朝。ギアリング王都ラングで宿をとったジュリアスは、日が昇って少しは暖かくなってから行動を開始した。

 ……といっても、徒歩で王城に出向き、要人と会って話をするだけであるが。

 今回の用事はそれだけなので番兵に通行許可さえ貰えれば、障害は無いも同然だ。


 番兵に事情を話すと特に怪しまれることなく第一の城門をすんなりと潜り抜けた。

 あとは道なりに進んでいけば、迷うことなく王城にたどり着ける。


 さて、第一の城門を抜けた先は緩い上り坂の砂利道で手入の行き届いた並木道でもある。一本道をそのまま上り、やがては下ると三叉路に行き当たる。分かれ道の中央を直進するのが王城へ続く道だ。

 また、その道も中途からは上り坂となっており、上り切った丘の上にギアリングの古き王城<リペル>は建っていた。


「行き帰りに30分くらいかけて歩くとマールは言ってたが……多分、王城から出るまでの道は含んでねぇな……」


 坂を上り切った直後、息を弾ませながらジュリアスがうめくように独りごちた。

 起伏のある道を大の男が普通に歩いて、ここまで十数分の道のりである。


 別に急ぐことはないので、ここで立ち止まって呼吸を整えてから再び歩き出す。

 王城はもう、目と鼻の先であった──


*


 これから彼が会おうとしている人物は、日中は宮廷魔術師の補佐として忙殺ぼうさつされているはずであった。通常であれば居場所は王城の執務室か、そこにいなければ王城の何処かへと使いに行っている。


 ──名をティコ=ハーキュリーといった。

 彼女は現ギアリングの宮廷魔術師補佐にして、さらわれたハール・マール=フィリジアンの少し年上の姉弟子にあたる。


 ……ジュリアス自身、歓迎はされないだろうな、と思っていた。

 おそらくは有象無象を見るように無関心か、流石にうとむように嫌悪される可能性は低いだろうとたかをくくっていたのは希望的観測がぎるか。


 ──執務室の扉を叩き、面会を果たした彼女の応答は極めて事務的であった。


 内心はともかく公の場で私情は見せない、実によく出来た未来の宮廷魔術師の所作しょさと言えよう。そして、ジュリアスにしてみれば私情を挟まずに応対してくれるのは、今回に限っては素直に有難った。


 彼女は執務室から出ると、その扉の前でジュリアスと相対する。

 魔術師として正装している彼女は屋内故に外套マントこそ羽織はおっていないが、肌の露出がほとんどない格好をしている。


 顔には銀縁の眼鏡をかけ、普段の物腰と相俟あいまって、容貌ようぼうは知的美人のような印象を周囲に抱かせる。

 ……しかし、よくよく観察をすれば彼女は童顔で幼さが残っており、あごたけで切り揃えられた黒髪の色艶いろつや、肌の瑞々みずみずしさ、どれをとっても年相応の乙女であった。


「──私に言伝ことづてを?」


 そっけない言葉だが、彼女にとっては意外だったようにも見えた。

 何か無理難題を吹っ掛けられるかもしれない、と身構えていたかもしれない。


「一人になって色々と考えを巡らせた結果、君たちの書いた筋書きに乱入する妙案を思いついてね。筋書きさえ理解できれば別になんてことはない、要はクバールの港町ミリバルか、もしくは何処かの港町には既に兵隊が待ち伏せているんだろう? 俺はただ先行している彼らと連帯か、そこまでいかなくともと、注意喚起してくれるだけでもいいんだ」


「注意喚起、ですか……」


「──そう。『現場で暴れている不審者は敵ではない可能性がある』。彼らに対し、事前にそれだけ知らせてくれるだけでも俺は大助かりなのさ。そうしてくれれば事件解決に、いい方向に進むと確信している」


 ジュリアスは力強く言い切った。


「でも、暴れるというのは物騒ですね……」

「それは、必要に応じて……まぁ、ね」


 ジュリアスの言葉をにごした返答にティコも即答を避けた。……そうして、考える。

 彼は「注意喚起するだけでもいい」と言った。頼みがそれだけなら、自分の裁量でやれないこともない。


 だが、暴れる可能性があると口にしたのは問題だ。

 これを看過かんかして何かあれば、彼女自身も連座で責任を問われかねない。


 ……ティコは執務室の扉の前から横にずれて壁を背にし、あらためてジュリアスに問いかけた。


「その……必要に応じて暴れるというのは、一体どういう意味なのでしょうか?」


「それはもののはずみというか、そういう事態も予想されるってだけの話でな。穏便に片付く可能性もあるし、俺だって話し合いで片が付くなら、それがいい。荒事あらごとは最終手段にしたいという気持ちにうそいつわりはないさ」


「ジュリアス師は一体、何をなさるつもりなのですか?」

「──潜入さ」


「潜入?」


 鸚鵡おうむがえしするティコに対し、ジュリアスはニヤリと笑った。


「俺一人ならば、運び込まれた船内に潜入して探索するのは容易たやすい。だが、その後がよくない。どう考えても一人の力では円満に事件の解決とはいかなかった。しかし、人の手を借りられるとあっては事情も変わってくる。俺の仕事は事件解決となる物証を探し出して、それをしかるべき人間に差し出すだけでいいんだから」


「……ジュリアス師なら、それが出来る──と?」


「というより、現状では俺しか出来ないだろう? ここの魔術師は内勤に偏っていて荒事には向かない。現地の人間は犯罪者を拘束出来るが肝心の物証を探知出来ない。現地に問題なく転移が出来て潜入までこなせる人材が、俺を除いて他にいるか?」


「それは……」


 ジュリアスはここぞとばかり、畳み掛ける。


「……君は数日前、通信班の人間たちを出し抜いて突如部屋にが出現した話を知らないかな?」


 ──勿論、ティコは知っていた。

 そんな大それたことをしでかしたのが、彼女の目の前にいる魔術師であることも。


 例え人からとがめられようと、彼は臆面おくめんく何度も部屋に潜入を果たすだろう。

 仮に進入禁止を申し渡したところで室内に潜伏されては意味が無い。なし崩し的に彼の入室を認めざるを得なくなった……そんな経緯が彼女にも伝わっている。


「実力は実証済み……という訳ですか。もしや、この事態を想定して?」

「まさか。ただの偶然さ。しかし、げいたすくとはよく言ったもので」

「そうですね……」


 魔術の心得のない一般人や兵士相手ならいざ知らず、その部屋には何人か魔術師も詰めていた。

 それにも関わらず、彼は我が家のような気軽さでいとも簡単に潜入したのだ。

 無論、現場の人間はジュリアスを拒否して意地を張ることも出来ただろうが正直な話、それは労力の無駄である。


 ……であるならば、なし崩しでも入室許可を与えた方が合理的だろう。そのように決着したのだ。


「──話を戻そうか、ハーキュリー殿。俺が君にするのはあくまでも現地の人たちへの伝言さ。『現場の不審者は悪者ではないかもしれない』。その程度の曖昧あいまいな注意喚起でいい」


「それだけで、上手くやれると?」

「ああ」


 ジュリアスは不敵に笑い、頷いた。


「分かりました……」


 ……いまってあまり気は進まないが、そのくらいの注意喚起ならば誰の不都合にもならないだろう。

 ティコはついに根負けし、ジュリアスの提案を不承不承ふしょうぶしょう、承諾した。




*****


<続く>

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