・2/12「幕間」
第14話「再考」
──彼らの正体を知ってか、知らずか。
ギアリングの王都ラングから同国内最東端の魔道駅に転送されたが、彼らを
ならば、気が変わらぬうちに駆け抜けてしまいたい。
目指すはギアリングと隣国クバールの国境線だ。国境線を越えれば、ギアリングの騎馬隊も早々追ってはこれない。下手をすれば、外交問題になるからである。最上の筋書きはギアリングの追手が足止めを食らっているうちに港町ミリバルへと到着し、もたついている間に海上へ
*
ギアリングからクバールに続く街道を幌馬車三台が縦列になって走っている。
どちらかといえば早足で道を駆けていた。
それぞれの車間距離は近く、どことなく焦っているような──
心に余裕のない隊列に見える。もしも、先頭車両が急停止するようなことがあれば事故に繋がりかねない。危うい状態だった。
「……また、せっつていきてますね」
馬車内から後方を見張っていた付き人が、御者台の商人に近付いてきてそのように報告した。
……さっきから、いつも陽気だった商人の表情が珍しく冴えない。
報告を聞き、ますます渋くなっている。後方から
「休憩がてら一旦止まって、ちゃんと説教かました方がいいかもしれんな。俺も人を叱れた
「不安になる気持ちは分かるんですがね……」
「まぁなぁ……安全な
それは諦めにも似た妥協による選択だった。
商人に
「……悪手ですね」
「言われんでも分かってるよ。だが、素人を使うってのはそういうことだ。幸いにも俺達にゃ、ツキがある。はぐれずに済むさ。きっとな」
──その後、運び屋の男はあらためて指示を出した。
付き人の男は幌馬車の最後尾に向かい、
*
……一方、ギアリング西部の村バンテを拠点としていたジュリアス達も王都ラングから帰還命令が下り、そちらへ戻ることになっていた。
王都に到着次第、隊は解散となる。
その後のことは未定だが、ジュリアスとしては結末まで協力するつもりでいた。
それは契約……約束もだが、魔術師としての意地も多分にある。
少しの間だが世話になった宿を引き払い、宿の主人に別れを告げて村から一番近くの魔道駅に向かう。
駅までは歩いて数時間の距離だが、道程は均された土の道で大した勾配もないので苦にはならない。
そうして問題も無く、順調に魔道駅に到着した。
隊として行動した皆とは特に仲が良かった訳ではないが──だからといって終始、仲が悪かった訳でもない。
王都に到着して魔道駅を出た後、別れの挨拶を交わしながら握手をした時などは、ジュリアスとて自然としんみりした気持ちになったものだ。
それから三人は王城へ──
ジュリアスは一人で駅前を散策し、
*
店内で案内された座席は二人用の小さな
対面の座席には自身を魔術師と強調する黒い
そして、ジュリアスは茶を一口
(このまま協力を続けるのはいい……)
しかし、誰の下につき、誰と組むのが最適解か──
それを見極めねばならなかった。
(……宮廷魔術師の婆さんは除外として、だ。その弟子のハーキュリーか、通信班の連中に
今回のジュリアスには明確な奥の手がある。幌馬車などに
問題はいつ、どんな
(時機の読み易さならば、通信班の手先になるのが最良。ここと組めば俺の
様々な仮想、妥協した提案、色々と
「……まぁ、却下だな。後々のことも考えて、これ以上、悪目立ちもしたくない」
──出る杭は打たれる。
根回しもなしに人より抜きんでるという行為は人を出し抜くのと同じである。
例え悪気はなくとも、まわりはそのように解釈する。
……自分としても下手に目を付けられるのは、まっぴらごめんだ。
それに口車や腹芸などの交渉事も、そのものを
ジュリアスはまるで伸びをするように椅子を後ろに傾けながら、お手上げといった感じで両手を頭で組んだ。そして、考えを切り替える。
(それとも、危険を承知で独断専行か……?)
ここでいう危険とはあちらで予想される大立ち回りに際しての危険ではない。
問題はその後、『自分らの立場が極めて危うくなる』という意味での危険だ。
「……論外だな」
国外追放で済めば、恩の字。最悪は……考えるまでもない。
ジュリアスはため息をついた。そして、大人しく立ち戻り、今一度考えなおす。
過激な案は一旦置いておき、根回しに若干の時間を要するが誰がしかの伝手を頼る方がまだ堅実だろうと、さらにそちらへ思考を切り替える。
(騎士の誰かに話を通して単独行動する許可を貰うか……その時、一人でも二人でも人手を借りられればよし。例え少数でも人手があれば負担は減るし、取り逃しにくくなる。問題は騎士や兵士は政治的な縛りで他国では活動しにくい、ということだ)
一度の転移で運べる人数はいいところ術者を含めて二人ないし三人が限度だろう。
それも皆、軽装に限られる。案としてはそこそこ現実的だが、それを実現するには課題も多い。
正騎士に顔見知りはいるが伝手といえるほどの結びつきは今はなく、王都ラングにいる保証もない。仮に伝手を頼れたとして、人手を借りられたとしても転移する場所は馬車の
「これも駄目かな……上手くまとめて魅力的な立案しなきゃ、ここで
ここまできて問題解決を待たず、お帰りはあちら、なんてのは冗談じゃない。
そうならない為にも自分が如何に有用であるか、改めて宣伝しなければならない。
「時間は有限。……しかし、今すぐって訳じゃない」
……まだ焦る必要はない。
ジュリアスは
それから大きく息を吐いて気を取り直し、指を組んで顔を押し付け、考え直す。
──運び屋は王都に現れると、再び転送の魔法陣で魔道駅に跳ぶことを選んだ。
上の人間はここで
(騎士や兵隊は他国で活動しにくい。だが、交渉
「……いや、そこは考えてもしょうがないな。俺の出る幕はない」
──目線を変える。自分が運び屋なら、これからどう動く?
跳んだ魔道駅はギアリングの東端だが、国境までは馬を使っても半日以上はかかる距離だという。貨物を積載した馬車なら進行は相応に遅くなるはずだ。あまり楽観は出来ないが、それでも……国境警備を避け、道を外れて進むのであれば尚更だ。
「国境越えはおそらく明日……その後はクバール国内で野宿か、集落に立ち寄るか。となれば、13日中に出港は出来まい。それに馬だって生き物だ、無理に走らせれば命に関わるだろう」
最短は14日の夜中までに到着、夜更けに突貫作業で出港か?
……不可能ではない
そもそも夜の海上で作業するつもりなら月明かりは不可欠だが、月齢は今月15日が満月だ。条件は満たしている。
賢者たちも早くからその可能性には気付いており、
「……昼も夜も使える出港予定日を予測して、これまで逆算して兵を動かしてきた。この国の賢者たちは俺なんぞより遥かに頭がいい。それならクバールに逃げ込もうとすることだって当然、織り込み済みだろう」
……となれば、クバールとだって事前に交渉しているのが筋である。いや、これが本筋だったのかもしれない。
泳がせる、というのはそういうことなのだ。交渉がまとまるまでの時間稼ぎ──
「なら、そうか……! もしも、その前提が正しければ──」
そもそもの想定が
──ジュリアスの中で、何かが繋がった感じがした。
「……明日、会いに行く人物は決まったな。ハーキュリー殿にはその
*****
<続く>
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