第13話「手練手管」


 その日の朝方にもたらされた急報は、ここ数日、せわしなかった城内をさらに騒然とさせていた。


 犯罪者と犯罪被害者の現在位置を特定──

 彼らは大胆不敵にも、この王都のど真ん中に飛び込んでくるという。


 このような緊急的事案に対して、城に詰めていた主だった正騎士や騎士爵きししゃくを始め、宮廷魔術師を含めた主要な魔術師や複数名の賢者たちが大部屋に直ちに召集されると速やかに会議が開かれた。


 会議は始まりこそおごそかだったが、すぐに紛糾ふんきゅうすることとなる。


 何故なら正義の名のもとに犯罪者と被害者の確保を主張する正騎士らと、大事の前の小事とこの場は見逃して組織の一網打尽を考える賢者たちとの折り合いがつくはずもない。意見はぶつかり合うばかりで、すり合わせるどころではなかった。


 ……双方の考え、騎士たちの掲げる理想や信念と魔術師が追及する合理的な思想や信条は根本的に相性が悪い。


 今回も例に漏れず、少女一人の命に重きを置く騎士らの鼻息は荒かった。


 その一方、魔術師や賢者の一部はそれらの発言を口先だけ、或いは目先だけの近視きんしがん白眼視はくがんししたり、中には皮肉交じりに揶揄やゆして退場させられた者までいた。


 結局、双方ともに歩み寄りはなく、結論は出ないままだ。

 いたずらに時間だけが過ぎていく──


 この会議には容赦のない時間制限があるというのに、だ。

 言動こそだが、誰も責任は取りたがらない。出席者の保身的な考えがけて見える。


 当然、その意図に薄々と気付く者、見抜く者もいたが、彼らだって口をつぐんだまま内心に秘めているだけの同輩どうはい辛辣しんらつに言えば時が過ぎ行くのを待っている、ただの傍観者だ。


 時間いっぱいとなれば、必ず誰かが決断を下す。言ってしまえば彼らはその誰かが責任を取る姿に立ち会おうというだけの単なるである。


 ……ギアリングの宮廷魔術師ノーラ=バストンは眼前で繰り広げられているに対して盛大にため息をつきたい気分だった。時間の無駄、今この時はまさしく時間の無駄であるが、斯様かような儀式をなければ政治的合意は得られない。


「……発言しても、よろしいですか?」


 議長を務める騎士爵に対し、ノーラは発言の許可を求める。

 騒がしかった室内が、彼女の一声で我に返り、途端に静まり返っていく。


 静粛な会議上でノーラはまず被害者の師という立場で私見を述べ、騎士団に謝意を示した。それから宮廷魔術師として、現実的な話を繰り出していく。


 ──その上で決断を下した。

 彼女の手練手管てれんてくだと決断は騎士団と魔術師、双方に受け入れられ、会議は終了した。


 ……茶番は終わったのだ。



*


 ──それから、しばらくしてのこと。

 そんなことはつゆらず、三台の馬車がギアリングの王都ラングへと到着した。

 しかし、王都に長居するつもりは毛頭なく、再度、転送の魔法陣で移動するつもりらしい。その足でさま、次なる魔道駅に向かっていった。


 彼らが利用しようとしている魔道駅はギアリング国内、最東端にある場所と転送の魔法陣で繋がっている。現在はその駅の前、予約の手続きを済ませて所定の駐車場に馬車を停車させ、駅員の呼び出しがあるまで待っているところだ。


 王都から下る事になる魔道駅は必然的に利用客も少なく、上りと違って人数調整も最低限で済む。何事も無ければ予定通り──予約から1時間後くらいには、滞りなく転送されるだろう。


 時間的にも昼食をとるにはちょうどいい……むしろ、少し遅いくらいだろうか。

 商人にふんしている運び屋の男も昨夜の気まぐれのびにと、此処ここいらで皆に昼飯をおごろうとした、だが──


「……へっ、みんな断っちまいやがんの。メシも喉を通らないってか? お前さんはどうするね?」


 男は再び自分が担当する馬車に戻り、御者台に座る付き人を見上げながら、顛末てんまつを話していた。


「まぁ、仕方ないでしょうね。所詮は借金の肩代わりにつかわされてきた一山いくらの連中ですし。まさか今以上に悪い方へ転がり込むとは思ってなかったんでしょう」


「よせよ、それじゃ俺たちがまるでこれからどうにかなっちまうみたいじゃねぇか。縁起えんぎでもねぇこと言わないでくれよ」


 男はそう言って、明るく笑って返した。

 ここで捕まれば彼の人生も終わりのはずだが──にも関わらず、何の緊張感もなく平静そのもので、彼から悲壮感ひそうかんのようなものは微塵みじんも感じられない。


 大博打で勝負に出たが、男はあくまで勝つつもりでいるのだ。しかもおそらくは、自身の勝利を確信している。


「……無事に通り抜けられますかね」

 

 ぽつり、とひとごとのようにらす。


 彼としても、こんなところで捕まってしまっては人生の終わりである。

 それもそのまま見捨てられても仕方のない大失態だ、この男の運び屋としての勘や度胸は信用しているが、それでも絶対は無い。


「──その気があるなら、俺達おれたちゃ既におりの中さ」


 幾分か声をおさえて、彼にだけ聞こえるように男が呟く。


「(……我々は『白』だと思われている、と?)」


 間髪入れずに聞き返してきたので男は破顔はがんし、


「どっちだっていいのさぁ、んなこたぁ!」


 大きな声で驚かせると、尚も男は笑っていた。


「ど、どういう意味です……?」

「言葉通りだよ。お前さんも頭はいいんだから、考えたらすぐに分かるさ」


 それで話は終わりだと言わんばかりに男は御者台から体ごとそむけて、近くの商店に焦点を合わせる。


「さて、今のうちに総菜そうざいでも調達しに行くか。悪いがもうちょい、留守番を頼むぜ。王都まちを離れりゃ人間なんて現金なもんで、あいつらだってすぐに腹を減らすだろ? 点数稼ぎにはちょうどいい」


「ああ……ですね」


 男は羽織っている外套を後ろに払い退けると、財布代わりの皮袋をごそごそと上着の内側から取り出した。

 防寒用に手袋をした手では縛った口紐くちひもゆるめられず中身は確かめられないが、食料を買い込むくらいで足りないということはないだろう。


「今日も野宿だから酒を買えないのが残念だな。禁酒二日目だぜ」


 そう言って笑いかけた後、男は実に堂々とした足取りで商店へ向かって行く。

 直前の謎かけもあって御者台の男は、その後ろ姿をほうけたように眺めていた──





*****


<続く>



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