第12話「勝負手」


「おそろしく大胆な連中だよなぁ……それとも、ただの馬鹿なのか」


 兵卒の一人が気を利かせて白湯さゆれた陶器カップを持ってきた。

 淹れたばかりだろう熱い白湯の陶器カップを受け取りながら、ひとっ走り用事に出向いてきたジュリアスが愚痴のような感想をこぼした。


*


 ──2月12日、早朝。

 その異変に気が付いたのはジュリアスが最初だった。"目印"マーキングを施した昨日の今日で早くも動きがあったのだ。


 方角を感じ取り、目をつむり、より詳しく状況を把握する為、精神を集中させる。

 始点は間近から、それを術者自身で制御して視点を変えてゆき、最終的には上空を飛ぶ鳥のように俯瞰ふかんした情景が脳内に浮かび上がり、監視対象が朝早くから何処かに向かって移動しているのが見て取れたのだ。


 その様子から、馬車は明確な目的意識を持って走っていると思われた。


 ……"目印"マーキングという魔法は魔法道具マジックアイテムなどと組み合わせことで最大限に効果を発揮するように作られた魔法である。単体では効果は十全とまではいかない。

 さっきのように集中しなければ、方角と大まかな距離くらいしか分からない。

 加えて今回は術者に土地勘がないので現在どの辺りを移動しているのか、地図上で指し示すのも難儀なんぎな状態であった。


 だから、馬車が停車したところで機会を見計らい、危険を承知でジュリアス自身が転移で跳んで、場所をその目で確かめるしかなかった。


 ……しかし、幸運な事にそこはジュリアスには見覚えのある建物施設だった。

 これにより、危険をおかしてまで馬車のそばに転移する必要はなくなり、特徴を覚えて建物の前に転移するのも容易だった。


 ──その建物とは、魔道駅である。

 ギアリング国内で、スフリンクの国境から最も近いとされる魔道駅。ジュリアスも以前、別件ので利用した事があり、その魔道駅はギアリングの王都ラングと転送の魔法陣でつながっていた。


 運び屋の集団は魔道駅を使って王都ラングに自ら飛び込もうとしていたのだ──


*


「……連中の動向は報告したのか? まだなら──」


 エリスンには通信用の魔石の首飾りが貸与たいよされている。しかし、彼が何かしようとする前にジュリアスが制止した。


「したよ。連中に気付かれないように構内で駅員に事情を聞いた後、その足で王都に転移して通信班に状況を話した。何にせよ、馬車は当日予約なら通常1~2時間増しで駅前に足止めされるのが普通だ。他の客との兼ね合いもあるからな。王都ラングから自力で移動するのか、さらに魔道駅で何処かに跳ぶかまでは分からん。そのあいだに上は決断しなくちゃならん訳だ。やつらを王都ラングで拘束するのか、それとも──」


「君が目論もくろんだように限界まで泳がせて一網打尽にするか、か……?」

「そう。今のところ、俺達みたいな兵隊に出来ることは何もなくなっちまった訳だ」


 ジュリアス達が拠点としている場所はギアリング西部の村、バンテである。

 その村の宿は両開き扉の出入り口から一階は酒場のような造りになっており、今はその一卓に四人全員が集まっていた。


「……しかし、なんだってそんなみたいなことをしたんでしょうね?」


 椅子の背もたれに手をかけながら、兵卒の一人が当然の疑問を口にする。

 四人で卓を囲むようにして立っているが、今は落ち着いて話す気になれないのか、誰も席に座ろうとはしなかった。


「そう言われりゃな……連中、破れかぶれってほどには追い詰められてるように見えなかったよな」


「それには同意する。とはいえ、こちらの動きが気取けとられていたようにも思えない。あくまで自然体だった。不可解といえば不可解なんだが……」


 エリスンが呟いたきり全員が考え込み、しばらく沈黙が続いた。

 その後、最初に少しすすったきりで温くなった白湯を一気に飲み干し、ジュリアスがため息をつく。そして、からになった陶器カップテーブルに置きながら言った。


「身内を疑って疑心暗鬼になるようじゃ駄目だな……それこそ連中の狙いというか、術中な気がする」


「確かにな……しかし、この我々の裏をかくような動きはどう説明する?」


「偶然と片付けて置いておくしかないだろう。現状、なんで王都なのかは分からん。だが、最終的に何処を目指しているのか、見当はつくはずだ」


 ……運び屋の目的地、それは複数の情報筋から南の大陸であると考えられている。


 南の大陸に渡るには、船が必要だ。

 転移で大陸を渡るには高度に熟練した術者でも単身が限界であり、大地をどころとする現在の転送技術でも大陸内での完結が限度。海を隔てた大陸間を魔法で大規模に輸送するのは不可能といわれている。


 ──だから、運び屋は港のある町を目指している。

 そこに停泊しているだろうに商品を届けるべく。


「第一候補は王都スフリンクだった。南方航路の交易船の中に、表とは別に裏の顔を持つ交易船が紛れているかもしれない。次点がスフリンク東部の漁村とかギアリング南部の港町だな。そこからは小さな船しか出せないが、それで外洋に出る訳じゃなく積荷を何処かで移し替える手段を取る。どこかの島か島影か、海上で作業するのかは知らんがね」


 ジュリアスは続ける。


「……それで、最後の候補地がギアリングの東国、クバール南西の港町ミリバルだ。しかし、ここも港は大きいとは言えず、大陸沿岸に沿って巡回するような交易船しか停泊できない。よって、ミリバルの船も何処かで待ち合わせる必要がある……」


「ラングに向かおうとしているってことは南部の町とかスフリンクは無視というか、でいいんですかね?」


 兵卒がジュリアスに尋ねる。

 ジュリアスは少し考えて、消去法による消極的な賛成を示した。


「そうだな……ギアリング南東の港町なら幾らか可能性は残るが、スフリンクはもう外していいと思う……」


「もしもスフリンクから出港するつもりだったなら、犯行時から脱兎だっとごとく電撃的に我が国を駆け抜けていただろうしな……」


「通信班の魔術師や賢者たちもそういう読みだったな。だからこそ大枚たいまいはたいて初動に冒険者まで雇ったんだろう」


 最早、過ぎたことと割り切り、ジュリアスが皆に当時の事情を明らかにする。

 すると、ジュリアスの暴露ばくろの後にエリスンは付け足すように、


「それだけじゃない。国境をまたいでの捜査というのは何かと面倒なんだ。例え同盟国といえどもね。そこにこそ、同盟国スフリンクの冒険者を雇う真の意味がある。いざという時は冒険者をかいして、現地の兵士らと無用な摩擦まさつ軋轢あつれきを生まずに上手に連帯することを期待したんだ」


「……ということは、少し前から他の隊が冒険者を帯同しなくなったのは既に見切りをつけていたってことですか? 現場の自分たちはともかく、賢者の人らは察知していたってことですよね?」


 状況的には確かにそうなるが、ジュリアスは実状とは異なるとかぶりを振った。


「それは違うと思うな。多分……まぁ、駆け引きの範疇はんちゅうだよ」

「駆け引き……ですか?」


「わざとに警戒網を薄くして動きやすく、動くように仕向けたのではないかな」


 エリスンが代わりに答えた。


「? では、こうして動きを見せたのは我々の狙い通りだと──」


「そうではある。しかし、このような動き方は想定外だった」


「理外の一手だよな。一か八かの破れかぶれか、挑発目的か……こいつは開き直って打つ博打ばくちだよ。いずれにせよ、五分に近い盤面から仕掛ける手じゃない」


 これは万策尽きて敵の懐に飛び込むようなものだ。

 先程、自殺行為と表現されたが、まさしくたがわず。


 運び屋とて、捕まれば死罪は免れないはずだ。

 それなのにしくはないのだろうか、自分の命が──?


(狂気にとらわれた命知らずは、あの中にいなかったと思うんだがな……)


 ジュリアスは首をひねる。どちらかといえば、むしろ逆。

 商人や自身を怒鳴りつけた付き人を筆頭に、穏当で冷静な者たちが主導権を握っているように見えたが……


 この分析はおそらく皆も同じだろう。

 だからこそ、会話の堂々巡りはしばらく続きそうだった──




*****


<続く>


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