第11話「攻め手、受けて」

 話し合いによって答え合わせもある程度終わり、議題はこれからどうするのか、と会話の冒頭、振りだしに戻る。 


「何をする……といっても、泳がせると言った手前、することはないんだけどね」


 笑いかけるジュリアスに、「それもそうか」とため息をつくエリスン。

 しかし、一旦冷静になればこそ確認しなければならないことに思い至った。


「ジュリアス。これはもしもの話だが、君がかけた追跡魔法が解除されてしまったら一体どうなる? いや、絶対に解除されないという保障はないだろう。その時、君はどのように対策するつもりなんだ?」


「……どうにも心配性だね、エリスン殿は」

「君が楽観的すぎるだけだ。自信を持つのはいいが、過信は禁物だろう?」


「過信ね……ま、いいか。少しでも安心してもらう為に俺があの時何をしていたか、そもそも追跡の魔法とはなんであるかを講釈しよう」


 魔術の安売りをしないのはジュリアスの信条だが、それをこの段階で持ち出すのは今更な上に彼らの言い分への反論も兼ねているので、ひとまず置いておく。


「……まず最初に"目印"マーキングと呼ばれる簡単な魔法がある。今回はそれを使用した。魔力によって目印めじるしをつけ、その魔力を辿たどって位置を把握したり、転移や転送魔法における使い切りの停留所にする魔法だ。印象を強くする為に地面に文字や図形を描いたり、特徴的な石を並べたり、枯れ木など組んで置いたり。普段使いする場合はそのような工夫もする。今回は緊急時なので──」


 ジュリアスは下衣ズボンのポケットをまさぐって、指先に付着した粉末を見せた。それが何かと言えば、を砕いて粉末状にしたもので……それを小さな革袋に入れて、事前に下衣ズボンのポケットに仕込んでおいたのである。


「この魔石の粉末で代用したんだな。ちなみにこいつは俺の持ち出しで、と宣言したのは嘘じゃない証明でもある」


にどういう効能があるんだ?」


「ああ、えっとな……そうそう、要は化粧こいつと同じさ」


 ……この時、説明の途中でジュリアスはまだ己にかけた魔法を解除していないことに気付いたのだ。

 勿体もったいないのでまずは手に付着した粉末を出来るだけポケットの小袋に戻してから、あらためて自身の両手で数度、頬骨ほおぼねの辺りをこするように軽くでる。


 ──その瞬間、かかっていた魔法が解けた。"擬装"カムフラージュという名の幻覚魔法である。

 姿を偽って見せる魔法で顔や年齢、術者次第では体格や性別なども変化したように見せる事が可能だという。


「知っているかもしれんが、出発前にしていた化粧けしょうはいわゆる霊媒れいばいというやつでな。畑で村人に譲って貰ったきめ細やかな土に少しずつ水を加え、泥にしたものに魔石の粉末を混ぜ込んだ。これが"擬装"カムフラージュという魔法の霊媒なる──この霊媒を用いることで幻覚の魔法を易々やすやすと使えるようにし、尚且なおかつ、持続時間も飛躍的に向上させていたという訳さ」


 魔石が魔力の増幅器となることは一般にも広く知られている。

 そして、細かく砕いた粉末でも効果はしっかりと残っているのだ。

 ……もっとも、一度きりの使い捨てとなってしまう為に費用対効果はよくないが。


「つまり、君がかけた追跡の魔法は、その霊媒を使用して簡単には見破れない、と。そう言いたい訳だ」


「そうだが、まだ何かとげのある言い方だな……納得いかないか?」


 含みのあるエリスンの感想が引っ掛かったらしく、些か不満そうに言い返した。

 ……言い返しはしたが、ジュリアス本人はすぐに気を取り直した。そもそもの話、この講釈は彼らを安心させる為、始めたに過ぎないからだ。


「どうやら私は、君とはまた違った完璧主義者みたいでね。人間のすることに完璧は有り得ないという悲観論者だが……どうしても、君の魔法が見破られた時の対処法を聞いておきたいんだ」


 エリスンはそう言うと「これは君への信用とか実力を疑ったものではなく好奇心のようなものから尋ねている」と後に弁解のようなものを付け足した。気を悪くしないように、という措置そちだろう。


「……心情的には見破られない自信の方を話したいところだが、水かけ論になるのでやめておこう。もしも見破られたら、だったな。俺の施した目印めじるしが奴らに見つかった場合、対処法は二つ。敢えて見逃すか、その場で消すか、だ。知りたいのは消された場合の方だろうから答えると、俺が即座に現場へ急行する──それだけだ」


 ジュリアスは続ける。


「別に目印自体は罠ではないんだが、それを消すという行為そのものが致命的な罠になっているんだな。もっとも、俺が直接出向いてあちらの魔術師と対決するってのは想定上じゃ最悪の事態なんだが……まぁ、なんとかするさ」


「そうならないことを祈るのみ、か……」


「いや、相手より劣るとか負けるとか、そういう意味じゃないよ? それとは違ったところで悪いって意味さ。ようするに、こっちの都合だよ」


「相変わらず大した自信だな……」


 ジュリアスのあまりに尊大な発言に呆れた様子でエリスンが呟く。

 そういう反応は当然だろうとジュリアスも理解しているので、別段気分を害したりはしない。適当な相槌を打ってさらりと流そうとする。


「あの、見破られないと言ってましたが……つまり、さっきの人たちにはいなかったってことですか?」


 すると、兵卒がおずおずとジュリアスに尋ねてきた。何気ない質問だが大事な確認作業である。


「見た限りではいなかったな。魔術師として開花した人間は、不本意だが容易に察知されてしまうものだ。良くも悪くも魔力は自然に抑えることが出来んからな、魔力を制御するということはどうしたって効率よく規則正しくなってしまう。自身に流れる魔力、身に纏う魔力がね……不自然な波、不規則な風のようにはならないんだ」


「素人と玄人で動きが違うようなものかな……」


「その考えで概ね間違ってないと思う。そして、素人に見抜かれるほど俺の"目印"マーキングも簡単なものじゃない。単純な魔力の感知魔法では"目印"マーキングを見つける前に石化の魔法が反応して見事に隠してしまうだろう……目視で気付いてがそうにも、さっき見せたようにあの程度の砂粒だ、魔力の反応も大きさに比例して微小だ」


 ジュリアスはニヤリと笑う。


「その上で、心理的な罠として馬車内部の色々な物にも雑に"目印"マーキングを残しておいた。こちらは霊媒を用いず、ただ目についた物に魔力を込める程度だがね。消されるなら間違いなくで、しかも相手は程度の低い魔術師の仕業と誤解するはずだ。石像に仕掛けられた方には気付けないよ。きっとね」


「うぅむ……」


 エリスンはジュリアスの説明に唸った。

 まだ反論の余地もあるが、それ以上に納得する材料の方が多かったのだろう。


 ……さらにこちらにはという絶対的な切り札もある。

 そして、向こうはその切り札がこちらの手札にあることを知らない。


 これはとてつもない優位アドバンテージで、要はいつでも王手チェックメイトをかけられる状態なのだ。

 しかし、本音を言うなら今すぐ詰みチェックにするのはまだ早い。


(運び屋だけなら判定負け、魔術師込みならぼちぼちってところかな。どうせなら、組織丸ごと活動不能なところまで追い込みたいところだが……)




*




 ……2月11日。同じくその日、空が茜色から暗く夜の闇に染まり始めた頃──

 三台の馬車が道から少し離れたところで夜営の準備をしていた。


 もう少し道なりに進んでいけば集落もあったのだが……というより、彼らは敢えて集落に立ち寄らなかったのである。


 この真冬の寒風吹きすさぶ中、物好きにも野宿することを選んだのだ。


 ……人員の作業風景からも嫌々準備しているのが見て取れる。

 一人を除いて野宿に反対なのだが、よりにもよって決定権を持つ人間が強権を発動したものだから始末に負えない。


 せめてもの風除けにと周囲を馬車で囲み、出来た輪の中心に火を起こして寒い夜を過ごすしかなかった。


「おっ、どうしたぃ?」


 そんな彼の元に、付き人をやっている男が近付いた。


「……食い物と今日の寝床で相当顰蹙ひんしゅくを買ってますよ。思い付きで野宿やらされるんじゃ、そりゃ誰だって不満も溜まるでしょう」


「はは、すまねぇな。だが、まだ明るいうちにを見付けちまってな……」


 運び屋の男が、夕焼けを追ってやってくる闇夜を見つめながら感傷的に呟いた。


「──頃合いですか」

「そういうこった。明日からは強行軍になる。だが、どうやって走り抜けるかをまだ決めかねてる。走路は二つ。天国と地獄だ」


「天国と地獄、ですか……」


「はは、言葉のだよ。ともかく、夜通し考えて結論を出してぇのさ。頭を冷やしながらよ。今日は苦労かけるが、それも明日の為と勘弁してくれ」


 男は手をこすり合わせながら、いたばかりの焚火たきびの方へ向かって行った。

 すると、付き人の男はその後ろ姿から視線を空へ……西に沈んでいく太陽から目をらし、反対の東の空を見上げる。


 間も無く、夜が来ようとしていた──




*****


<続く>




※「天国と地獄、死後の世界の話」


「(人間というか生物の死後は魂を含めて土にかえる、そんな死生観というか宗教観というか基本設定を本編で語ったような気はします。……が、それはそれとしてという考えはこの世界でも古くから一般に認知されています。宗派やら何やらで諸説入れ乱れておりますが)」


「(大体のは死後の世界を創作だと割り切っているのですが、では、完全に創作かというとそれもちょっと違ったり。実は神様のお告げでは死後の世界を肯定も否定もしてない※(要は一貫して言及していない)んですよね。……いや、根拠はそれだけなんですけども。まぁ、そういうふわっとした設定があるというおはなしでした)」


※「オマケ」

「(そうそう、『冥土めいど土産みやげ』という言葉はこの世界にもあります。冥土とは死後、『』のことを差します。ま、ただそれだけでありますが。使われ方や意味は『』と考えてください)」


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