第11話「攻め手、受けて」
話し合いによって答え合わせもある程度終わり、議題はこれからどうするのか、と会話の冒頭、振りだしに戻る。
「何をする……といっても、泳がせると言った手前、することはないんだけどね」
笑いかけるジュリアスに、「それもそうか」とため息をつくエリスン。
しかし、一旦冷静になればこそ確認しなければならないことに思い至った。
「ジュリアス。これはもしもの話だが、君がかけた追跡魔法が解除されてしまったら一体どうなる? いや、絶対に解除されないという保障はないだろう。その時、君はどのように対策するつもりなんだ?」
「……どうにも心配性だね、エリスン殿は」
「君が楽観的すぎるだけだ。自信を持つのはいいが、過信は禁物だろう?」
「過信ね……ま、いいか。少しでも安心してもらう為に俺があの時何をしていたか、そもそも追跡の魔法とはなんであるかを講釈しよう」
魔術の安売りをしないのはジュリアスの信条だが、それをこの段階で持ち出すのは今更な上に彼らの言い分への反論も兼ねているので、ひとまず置いておく。
「……まず最初に
ジュリアスは
「この魔石の粉末で代用したんだな。ちなみにこいつは俺の持ち出しで、今回は採算度外視でやると宣言したのは嘘じゃない証明でもある」
「それにどういう効能があるんだ?」
「ああ、えっとな……そうそう、要は
……この時、説明の途中でジュリアスはまだ己にかけた魔法を解除していないことに気付いたのだ。
──その瞬間、かかっていた魔法が解けた。
姿を偽って見せる魔法で顔や年齢、術者次第では体格や性別なども変化したように見せる事が可能だという。
「知っているかもしれんが、出発前にしていた
魔石が魔力の増幅器となることは一般にも広く知られている。
そして、細かく砕いた粉末でも効果はしっかりと残っているのだ。
……もっとも、一度きりの使い捨てとなってしまう為に費用対効果はよくないが。
「つまり、君がかけた追跡の魔法は、その霊媒を使用して簡単には見破れない、と。そう言いたい訳だ」
「そうだが、まだ何か
含みのあるエリスンの感想が引っ掛かったらしく、些か不満そうに言い返した。
……言い返しはしたが、ジュリアス本人はすぐに気を取り直した。そもそもの話、この講釈は彼らを安心させる為、始めたに過ぎないからだ。
「どうやら私は、君とはまた違った完璧主義者みたいでね。人間のすることに完璧は有り得ないという悲観論者だが……どうしても、君の魔法が見破られた時の対処法を聞いておきたいんだ」
エリスンはそう言うと「これは君への信用とか実力を疑ったものではなく好奇心のようなものから尋ねている」と後に弁解のようなものを付け足した。気を悪くしないように、という
「……心情的には見破られない自信の方を話したいところだが、水かけ論になるのでやめておこう。もしも見破られたら、だったな。俺の施した
ジュリアスは続ける。
「別に目印自体は罠ではないんだが、それを消すという行為そのものが致命的な罠になっているんだな。もっとも、俺が直接出向いてあちらの魔術師と対決するってのは想定上じゃ最悪の事態なんだが……まぁ、なんとかするさ」
「そうならないことを祈るのみ、か……」
「いや、相手より劣るとか負けるとか、そういう意味じゃないよ? それとは違ったところで悪いって意味さ。ようするに、こっちの都合だよ」
「相変わらず大した自信だな……」
ジュリアスのあまりに尊大な発言に呆れた様子でエリスンが呟く。
そういう反応は当然だろうとジュリアスも理解しているので、別段気分を害したりはしない。適当な相槌を打ってさらりと流そうとする。
「あの、見破られないと言ってましたが……つまり、さっきの人たちに魔術師らしき人はいなかったってことですか?」
すると、兵卒がおずおずとジュリアスに尋ねてきた。何気ない質問だが大事な確認作業である。
「見た限りではいなかったな。魔術師として開花した人間は、不本意だが容易に察知されてしまうものだ。良くも悪くも魔力は自然に抑えることが出来んからな、魔力を制御するということはどうしたって効率よく規則正しくなってしまう。自身に流れる魔力、身に纏う魔力がね……不自然な波、不規則な風のようにはならないんだ」
「素人と玄人で動きが違うようなものかな……」
「その考えで概ね間違ってないと思う。そして、素人に見抜かれるほど俺の
ジュリアスはニヤリと笑う。
「その上で、心理的な罠として馬車内部の色々な物にも雑に
「うぅむ……」
エリスンはジュリアスの説明に唸った。
まだ反論の余地もあるが、それ以上に納得する材料の方が多かったのだろう。
……さらにこちらには転移という絶対的な切り札もある。
そして、向こうはその切り札がこちらの手札にあることを知らない。
これはとてつもない
しかし、本音を言うなら今すぐ
(運び屋だけなら判定負け、魔術師込みならぼちぼちってところかな。どうせなら、組織丸ごと活動不能なところまで追い込みたいところだが……)
*
……2月11日。同じくその日、空が茜色から暗く夜の闇に染まり始めた頃──
三台の馬車が道から少し離れたところで夜営の準備をしていた。
もう少し道なりに進んでいけば集落もあったのだが……というより、彼らは敢えて集落に立ち寄らなかったのである。
この真冬の寒風吹きすさぶ中、物好きにも野宿することを選んだのだ。
……人員の作業風景からも嫌々準備しているのが見て取れる。
一人を除いて野宿に反対なのだが、よりにもよって決定権を持つ人間が強権を発動したものだから始末に負えない。
せめてもの風除けにと周囲を馬車で囲み、出来た輪の中心に火を起こして寒い夜を過ごすしかなかった。
「おっ、どうしたぃ?」
そんな彼の元に、付き人をやっている男が近付いた。
「……食い物と今日の寝床で相当
「はは、すまねぇな。だが、まだ明るいうちに月を見付けちまってな……」
運び屋の男が、夕焼けを追ってやってくる闇夜を見つめながら感傷的に呟いた。
「──頃合いですか」
「そういうこった。明日からは強行軍になる。だが、どうやって走り抜けるかをまだ決めかねてる。走路は二つ。天国と地獄だ」
「天国と地獄、ですか……」
「はは、言葉のあやだよ。ともかく、夜通し考えて結論を出してぇのさ。頭を冷やしながらよ。今日は苦労かけるが、それも明日の為と勘弁してくれ」
男は手をこすり合わせながら、
すると、付き人の男はその後ろ姿から視線を空へ……西に沈んでいく太陽から目を
間も無く、夜が来ようとしていた──
*****
<続く>
※「天国と地獄、死後の世界の話」
「(人間というか生物の死後は魂を含めて土に
「(大体の大人は死後の世界を創作だと割り切っているのですが、では、完全に創作かというとそれもちょっと違ったり。実は神様のお告げでは死後の世界を肯定も否定もしてない※(要は一貫して言及していない)んですよね。……いや、根拠はそれだけなんですけども。まぁ、そういうふわっとした設定があるというおはなしでした)」
※「オマケ」
「(そうそう、『
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