第8話「探り合い」

「……えっ?」


 怒号どごうのような厳しい叱責しっせきにユリウスは間の抜けた声をだし、ようやく我に返った。

 そしてその声に反応して、何事かと騎士も馬車の方に近付いていく。遠目で眺めていた商人も仕方なく重い腰を上げようとしていた。


「それはお前が思っているより遥かに高額な商品だ。万が一があってからでは遅い、今すぐ離れろ。馬車から出てくるんだ」


 有無を言わせずユリウスに命令して、目の前に来るよう言いつける。

 ……当人もまずいことをしたという自覚はあるのだろう。

 動揺した表情で伏し目がちに、一歩ずつ歩く度に馬車のほろや雑貨などに右手をつきながら、のろのろとるように出てきた。


 おそらく、足取りの重さがそのまま気の重さにつながっていたのだろう。

 ユリウスには珍しく、すっかりしょげ返っている。


「一体、何があったというんです? うちの者が何か粗相そそうをしましたか?」


 その時の言葉は部下というより、身内をかばおうとしてのものだった。

 ユリウスを前に男は首だけで後ろを振り返り、首を横に振る。


「いや、嗟咄とっさに強く言いすぎました。しかし、彼が触れようとしていたものは私共が持ち帰ろうとしていた中で最も高額な商品なんです。そこは理解していただきたい」


「……その商品とは?」


「──石像さ。それもただの石像じゃない、なんだよ」


 答えたのは付き人の男ではなく、後にやってきた商人だった。


「悪かったね、若い人。しかし、こちらにもそういう事情がある。悪いとは思うが、これも社会勉強と割り切ってくれ。軽率なやつは嫌われる。城だろうが街だろうが、等しくね」


 商人は柔和にゅうわな笑みを浮かべて、ユリウスに呼び掛けた。ユリウスは力なく、言葉にうなずくだけだ。そういうことなら納得出来なくはない。だが──


「この芸術に興味のない粗忽者そこつものでも気にかかる美術品か……可能なら私も一目覗いてみたいが……」


 何気なく言って、ちらりと商人の方を見て様子をうかがう。

 ユリウスに声をかけた時と同様、彼は微笑みを崩さず、


「いいですよ、御覧ごらんにいれましょう。……ただし、苦労して積み込んだのでほどきはしませんよ。それでもよろしいか?」


「構いません。拝見させていただけるならね」

「分かりました。では、どうぞ」


 商人は鷹揚おうように頷いて了承する。そして、自らが先頭に立って案内する。

 ついでに美術品のあらましも解説する気なのだ。騎士は商人の好意に謝意を示し、その後に続いていった。


*


 幌馬車の中はいいところ、大人三人分ほどの横幅だった。

 その中に色々な荷が置かれているので実際にはかなり狭い。先頭から片側に寄せて木箱が積まれ、緩衝材として毛布や衣類や布類が挟まれ、雑貨のようなものもあり、護身用の武器などは取り出し易いところに置かれてある。


 美術品の石像はというと、それらとは反対側に縦列に置かれていた。

 厳重に毛布などで包み、防護している。乙女の石像の一方は脚部と頭部が剥き出しになっており、もう一方は脚部だけが見えている状態だった。


 それらを騎士と商人が、窮屈きゅうくつに並び立って見下ろしている──


「これが、その石像ですか?」


「ああ、そうだよ。ミゲルの街で手に入れた。いい石材を使ってるでしょう? この国の人間に説明するのもあれだが、ギアリングは鉄だけでなく石材も良質だ。<楽園エデン市場マーケット>に持ち込めば、とてもいい値で売れる」


「──そちらもですか?」


 頭が隠れた方を差して、騎士が問いかけた。

 すると、商人は困ったような笑みを浮かべて──


「いやぁ、そっちはね……故あって入手経路を明らかにする訳にゃいかんのですよ。ご理解いただきたい。ある集落の若いのの作品でしてね、天才肌だが、同時に変人の人嫌いでもある。そんなやからをおだててなだめすかして金積んで……まぁ、相当な苦労があったんですよ。しかもね、共同購入ってやつなんです。1年に何作も作るやつでもなし。美術品こいつになんかあったら、たちまち首がとんじまうんですよ。へへ、誰の首だってのは言いっこなしでね」


 おどけたような口調で商人は説明するが「命がけ」と揶揄やゆするのはあながち間違いでもないのだろう。少なくとも騎士は語る商人の様子からそのように受け取った。


「いや、ありがとう。無理を言って済まなかった。なんとなくだが、あいつが興味を持ったのも少しは理解出来る。これだけでも目の保養になった」


然様さようですか? ……いやぁ、本当に?」

「嘘ではないよ。本当さ」


 冗談めいてたずかえしてくる商人に、騎士は笑って返事をした。

 そして、きびすを返す。馬車から出ていこうとする。


 商人もうつむき加減で石像を一瞥いちべつした後、騎士の背中を追って馬車から出た。

 その時、誰も見ておらず気付かれもしなかったろうが、わずかに口元をゆがめていた。

 ほくそ笑んだのだ、表情を隠しながら。無事、隠し通せたことに対して──




*



「……協力ありがとうございました」


 ユリウスが商人に元気なく頭を下げる。まだ気にしているようだった。

 一団を代表して商人が彼に優しく声をかける。


「今日はドジしちまったな。けど、次から気を付ければいい。ようは繰り返さなきゃいいんだから」

「はい。気を付けます……それじゃ、失礼──あっ!?」


 先の失敗をずっと引きずっていたのだろう。彼はあれからほぼ立ち尽くしていた。

 商人に対して三人がほぼ横並びなのに対し、ユリウスだけが彼らと離れたところにいた。この直前になってようやく気付いたが、動き出すには今更遅い。


 この機会タイミングで列に戻ろうとしたのはいいが、またしてもそれが裏目に出てしまったのである。


「おいおい、ちゃんと前見て歩かなきゃな。しっかりしなよ、な?」

「はい、すいません……」


 商人が苦笑して、ユリウスの両肩を何度か叩いて元気づける。

 だが、ユリウスは恐縮して謝ることしか出来なかった。


 彼が騎士の後ろへ下がったのを見計らい──


「すっかりへこんじまったな。……じゃ、俺達は出発するよ。?」

「ええ。よい旅を」



 商人が先頭の馬車に向かう。その時、騎士は隣に立って見送ろうとするユリウスの背中を軽く叩き、「背筋を伸ばせ」とさりげなく無言で

 ユリウスも意図を察したのか、無言で頷いた。


 商人が馬車の御者台ぎょしゃだいに上がる。

 手綱たづなを握っていた付き人に出発するよう、指示を出した。


「じゃあな! 兵隊さん!」


 商人が手を振って、馬車は去っていく。二台、三台とその後ろに続いていった。

 騎士と騎士見習いはしばらくその場に立ち尽くし、一団が見えなくなるまで行き先を見つめていた……




*****


<続く>

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