第8話「探り合い」
「……えっ?」
そしてその声に反応して、何事かと騎士も馬車の方に近付いていく。遠目で眺めていた商人も仕方なく重い腰を上げようとしていた。
「それはお前が思っているより遥かに高額な商品だ。万が一があってからでは遅い、今すぐ離れろ。馬車から出てくるんだ」
有無を言わせずユリウスに命令して、目の前に来るよう言いつける。
……当人もまずいことをしたという自覚はあるのだろう。
動揺した表情で伏し目がちに、一歩ずつ歩く度に馬車の
おそらく、足取りの重さがそのまま気の重さに
ユリウスには珍しく、すっかりしょげ返っている。
「一体、何があったというんです? うちの者が何か
その時の言葉は部下というより、身内を
ユリウスを前に男は首だけで後ろを振り返り、首を横に振る。
「いや、
「……その商品とは?」
「──石像さ。それもただの石像じゃない、美術品なんだよ」
答えたのは付き人の男ではなく、後にやってきた商人だった。
「悪かったね、若い人。しかし、こちらにもそういう事情がある。悪いとは思うが、これも社会勉強と割り切ってくれ。軽率なやつは嫌われる。城だろうが街だろうが、等しくね」
商人は
「この芸術に興味のない
何気なく言って、ちらりと商人の方を見て様子を
ユリウスに声をかけた時と同様、彼は微笑みを崩さず、
「いいですよ、
「構いません。拝見させていただけるならね」
「分かりました。では、どうぞ」
商人は
ついでに美術品のあらましも解説する気なのだ。騎士は商人の好意に謝意を示し、その後に続いていった。
*
幌馬車の中はいいところ、大人三人分ほどの横幅だった。
その中に色々な荷が置かれているので実際にはかなり狭い。先頭から片側に寄せて木箱が積まれ、緩衝材として毛布や衣類や布類が挟まれ、雑貨のようなものもあり、護身用の武器などは取り出し易いところに置かれてある。
美術品の石像はというと、それらとは反対側に縦列に置かれていた。
厳重に毛布などで包み、防護している。乙女の石像の一方は脚部と頭部が剥き出しになっており、もう一方は脚部だけが見えている状態だった。
それらを騎士と商人が、
「これが、その石像ですか?」
「ああ、そうだよ。ミゲルの街で手に入れた。いい石材を使ってるでしょう? この国の人間に説明するのもあれだが、ギアリングは鉄だけでなく石材も良質だ。<
「──そちらもですか?」
頭が隠れた方を差して、騎士が問いかけた。
すると、商人は困ったような笑みを浮かべて──
「いやぁ、そっちはね……故あって入手経路を明らかにする訳にゃいかんのですよ。ご理解いただきたい。ある集落の若いのの作品でしてね、天才肌だが、同時に変人の人嫌いでもある。そんな
おどけたような口調で商人は説明するが「命がけ」と
「いや、ありがとう。無理を言って済まなかった。なんとなくだが、あいつが興味を持ったのも少しは理解出来る。これだけでも目の保養になった」
「
「嘘ではないよ。本当さ」
冗談めいて
そして、
商人も
その時、誰も見ておらず気付かれもしなかったろうが、
ほくそ笑んだのだ、表情を隠しながら。無事、隠し通せたことに対して──
*
「……協力ありがとうございました」
ユリウスが商人に元気なく頭を下げる。まだ気にしているようだった。
一団を代表して商人が彼に優しく声をかける。
「今日はドジしちまったな。けど、次から気を付ければいい。ようは繰り返さなきゃいいんだから」
「はい。気を付けます……それじゃ、失礼──あっ!?」
先の失敗をずっと引きずっていたのだろう。彼はあれからほぼ立ち尽くしていた。
商人に対して三人がほぼ横並びなのに対し、ユリウスだけが彼らと離れたところにいた。この直前になってようやく気付いたが、動き出すには今更遅い。
この
「おいおい、ちゃんと前見て歩かなきゃな。しっかりしなよ、な?」
「はい、すいません……」
商人が苦笑して、ユリウスの両肩を何度か叩いて元気づける。
だが、ユリウスは恐縮して謝ることしか出来なかった。
彼が騎士の後ろへ下がったのを見計らい──
「すっかりへこんじまったな。……じゃ、俺達は出発するよ。構わないね?」
「ええ。よい旅を」
商人が先頭の馬車に向かう。その時、騎士は隣に立って見送ろうとするユリウスの背中を軽く叩き、「背筋を伸ばせ」とさりげなく無言でどやした。
ユリウスも意図を察したのか、無言で頷いた。
商人が馬車の
「じゃあな! 兵隊さん!」
商人が手を振って、馬車は去っていく。二台、三台とその後ろに続いていった。
騎士と騎士見習いはしばらくその場に立ち尽くし、一団が見えなくなるまで行き先を見つめていた……
*****
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます