第7話「精緻」


 ……三台の馬車は全てが均一の大きさではなかった。


 先頭を行く商人のものが最も大きく、車輪を見ても丈夫そうなつくりで二頭立て。

 後ろの二台はそれより小さく簡素な造りの一頭立てで若干、質も劣っているように見えた。


「最後尾の馬車の点検、終わりました!  怪しいものは特に見当たりませんでした!」


 ──元気よく声を張って、騎士見習いのユリウスが隊長に報告している。

 この隊長とユリウスの関係は一口には叔父と甥だが、実際の感覚は年の離れた兄弟のようなものだ。それくらい気安い血縁関係である。


 その叔父は現在の身分こそ従騎士じゅうきしであるが、正騎士に叙任されるのも間違いないと周囲から評価されていた。

 しかし、それも平時では時間がかかりすぎる。戦のない世の中では年功が重視されがちであり、論功で目立とうにも機会になかなか恵まれない。


 ……それが、である。

 降ってわいた今回の軍事行動で功績を上げれば、順番待ちする政敵ライバルをごぼう抜きにして叔父が正騎士に叙任されるのも夢ではない。


 自分と違い、叔父は冷静沈着、聡明な人である。騎士として手本のような存在だ。

 それが長く従騎士のまま、ぐすぐずとくすぶっていていい訳がない。国の損失だろうとユリウスは考えている。


 ──そして、若い自分にも野心がない訳ではない。

 最年少とはいかないまでも、なるべく早くに正騎士になる。


 その為の近道、体のいい水先案内人がまさにこの叔父であった。

 彼に付き従い、まずは正騎士になってもらい──そして自分も騎士見習いから縁故えんこでもなんでもいいからとにかく従騎士に取り立ててもらう。


 16才の青少年、ユリウスは野望に燃えていた。

 これが最初にして最大の好機と思えばこそ、やる気もみなぎっていた。


*


「──そうか。御苦労だった。続いて、真ん中の幌馬車を点検するように」

「了解しました! ただちに取り掛かるであります!」


 構って欲しいのか、いつものように少しふざけた言葉選びをしている──が。

 本人の仕事に手を抜いたところはないのでとがめるほどではない、か。

 むしろそうであるが故にたちが悪いというか……ユリウスが駆けだして幌馬車に乗り込んでいくのを見守った後、彼はひとつため息をついた。


「……どうです、何か怪しいものでも見つかりましたか」


 騎士は馬車とも商人らの輪とも離れたところで部下の作業を見守っていた。

 昼食を手早く食べ終えたのだろう、付き人の一人が休憩もそこそこに彼に近付いて話しかけてきた。


 ──騎士はその付き人を観察する。


 髪は短髪、防寒着を着ていても華奢きゃしゃに見えるが肉付きは貧相ひんそうではない。

 几帳面きちょうめんひげって若々しくよそおうが、残念ながら顔つきはそこまでごまかせない。

 年の頃は三十路みそじ間近か、それを越えるといった具合か。声にも落ち着きがある。


「……いえ、特には。こちらとしても取り越し苦労に終われば、それに越したことはないですからね」


 そう言って、騎士は付き人に笑いかける。


「違いない。ところで、あの元気のいい若者は──」

「甥ですよ。私の姉の子です。今年で16……いや、17か。考えるよりも先に体が動く粗忽者そこつもので、苦労させられます」


「……騎士見習いだそうで」


「ええ。なかば押し付けられるような形でね。あの子は身内より余所よそしつけた方がいいと思ったんですが」


「ふむ……それはどちらの言い分にも一利ありそうな気がしますね」


 もっともらしく聞こえるが、中身のない返事を付き人は返した。

 彼にとってはどうでもいい世間話に過ぎない。

 さりげなく……あくまでさりげなく。検査している兵卒の動きに目を配っている。


(至って普通の対応だな……丁寧に目視で確認していたようだが、それだけだ)


 所詮は一般の兵士、ということか。さきほど騎士が言った言葉通りだが「こちらとしても取り越し苦労に終わればそれに越したことはない」のだ。


 あとは粗忽者と評された若者が何かしでかすとも限らない。念の為に見ておくことにする。


「それでは、失礼いたします」


 付き人は騎士に対して短く挨拶すると、その場から歩き出す。

 ユリウスは真ん中の馬車の検査を終え、既に先頭の馬車へと乗り込んでいった。

 付き人は騎士の側を離れ、その後を追って馬車の方へ……万が一にも怪しまれないように、ゆっくりと向かって行った──


*


 一方、その粗忽者こと騎士見習いのユリウスは馬車の中でため息をついていた。


 ──塩、塩、塩。特産品で売り物なのは分かる。だが、もう見飽きた。


 ここまで見てきていまだ積荷の半数以上が岩塩なのは驚いた。

 ……余程売れ行きが悪いのだろうか?


 蓋を開けても大・中・小、様々な形をした肉のような色合いの岩塩が色々な大きさの木箱の中にたっぷりと詰まっているばかりである。


 ──勿論、馬車の中にあるのはそれだけではない。

 明らかにこの大陸で仕入れただろう物品や食糧※(売り物かどうかはには分からない)、その他には商人や付き人たちの私物と思われるもの、生活用品も積み込まれている。


 ここまでユリウスの目から見て、珍しい物や怪しい物など見つかっていなかった。

 先頭車両においても残念ながら空振りに終わる公算が高いと思っていた。


(おや……?)


 ──しかし、彼はここで珍しい物が積まれているのを発見する。


「これは……」


 馬車の荷台、他の車両と同じように扱われている荷物とはまるで違うように、端に寄せて縦列に積まれていたのは二体の石像である。


 それはどちらも乙女をかたどった彫像だった。


 二体とも仰向けに寝かされ、一方は頭部と足が何重かに巻かれた毛布の端から飛び出しており、もう一方はさらに厳重に毛布が巻かれて足、それもすねから下しか見えていない。


「これは……!」


 ユリウスは今一度、同じ言葉を繰り返していた。

 彼は厳重に包まれた方の──しかも極一部ごくいちぶの脚線美すら分からぬ露出の仕方でしかないというのに、一目で心を奪われてしまっていた。


 ──美しい。なんと美しい彫像か。


 そして、本能的に触れてみたいと彼は思ってしまったのだろう──

 唾を飲み込み、手汗がにじんだのか──それともくせなのか、手を下衣ズボンのポケットに突っ込んで汗をぬぐってから、とにかく傷付けまいと慎重に左手を伸ばす。


 そして、触れる。細心の注意を払ってじかに触れてみた。

 感触こそ石の質感であったが表面は滑らかで、実にすべすべとしていた。


 顔を寄せて、よく観察してみる。精緻せいちだ。実に精緻だった。足の指先、爪までもが精緻に彫刻されている。なんという技巧、なんという仕事振りだろう……これを切り出した彫刻家はまさしく天才と賞賛せざるを得ない。

 一部だけでもこうなのだ。ならば、全体像は……どれだけ美しい乙女の像がそこにあるのだろうか?


 ユリウスが神秘のベールをあばこうと毛布に手をかけた、その時──


「お前! そこで何をしようとしている!」




*****


<続く>


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