・2/11「探り合い、化かし合い」

第6話「接触」


 2月11日。晴れ──

 二頭立ての幌馬車ほろばしゃが一台。それより一回り以上は小さい一頭立ての幌馬車が後ろに続いて、計三台。ギアリング北部の街から出発し、西回りで集落を経由しながら南部の港へ向かっているところだった。

 一団は特に急いだ様子もなく、縦列じゅうれつになってゆったりと移動している。


 それぞれ馬車の荷台には売り物である南の大陸の特産品、岩塩鉱山から採掘された大小様々さまざまな大きさの岩塩が入った木箱が積み込まれ、中身もまだまだ残っている。


 わざわざ中央大陸に乗り込んで商売するにあたり、相当量を持ち込んだようだ。


 ……しかし、需要はなくならないとはいえ、中央大陸の塩事情は逼迫ひっぱくしているほどではない。


 彼らの想定以上、残念ながらとは売れなかったのだろう。

 だが、商人や付き人らの表情は落ち込むでもなく、平常だった。


 何故なら塩は腐らないのだ。次の機会にまたさばけばいい。

 それより岩塩と交換する形で手に入れた中央大陸由来の雑貨等が南の大陸で幾らで売れるのか……彼らにとって、そちらの方がよほど重要で死活問題といえた。


 さて、その日の太陽が最も高いところに到達しようかという頃──


 先頭を行く馬車の行く手に、数人が隊列を組んで歩いてきているのが見えた。

 遠目でも分かる。この国の兵士たちだ。一人を除いて同じような金属製の胸当てに金属製の兜をかぶり、同じ色使いの制服を着込んで腰に剣を帯びている。


 馬車に気付いたらしく、その内の一人が先陣を切ってこちらに走ってこようとしていた。


 ──兵卒が三人、騎士が一人。

 二日前から見かけるようになった隊の構成だ。


 万が一にも何かあってからでは遅いので、手綱を引いて馬車を止める。

 どうせ昼時だ、用事はまとめて済ませてしまえばいい。


 そうして少し待っていると、兵卒がやっと馬車の側まで走り込んできた。


「……やぁ、ご苦労さん。精がでるね、若い人」


 御者台ぎょしゃだいから話しかけたのは、この一団の責任者である中年の商人だ。

 皮の帽子を被り、細身で寒さが堪えるのか、上着やら外套やらでかなり厚ぼったい恰好をしている。

 彼は荷台から出てきた付き人に手綱を任せると、馬車から降りて──


「ああ……ちょっと……! ちょっと待ってくれ……!」


 その若者は中腰になり項垂うなだれて、息を整えている最中だった。

 無理もない。兵士として軽装とはいえ、身軽みがるとまでは言いづらい。

 そんな装備でそこそこの距離を走ってやってきたのだ。


「大丈夫かい?」

「ああ……ああ、うん……もう平気だ。手間取らせて悪かった……」


 顔を上げた若者の顔つきは若く──といっても、少年というほど幼くないが青年というほど大人びてもいない──微妙な年頃の青少年であった。


「自分はユリウス。ギアリングの騎士見習いです。実は──」


「ああ、皆まで言いなさんな。分かってる、荷物検査がしたいんだろう? いいよ、ちょうど昼休みだ。馬車を道からよけるから、それからでいいね?」


「あ、はい! 話が早くて助かります!」


 ユリウスは威勢よく返事をして勢いよく頭を下げる。

 商人の男は苦笑いで答えた。


「いよし、それじゃ外にやってくれ! ……停車してる間に検査でもなんでもやってくれ、俺らは飯でも食ってるから。な?」


「分かりました!」


 付き人に指示をすると、商人はユリウスに向き直ってそのように告げた。

 馬車が三台、道のはたで停車する頃には仲間も追い付いてくるだろう。


 ……その後、商人と付き人らは昨日、世話になった宿屋の主人手製の総菜とパンを荷台から持ち出し、馬車から少し離れた枯れ草をならして、その上に車座になって座る。


 ──団の総勢は5人。

 商人は飯を食いながら荷物検査を始めようとしている兵士らの手際てぎわを眺めていた。

 一見するとぼんやりしているようしか見えないが、勿論、である。


 監督する優男風の騎士。聞いている限り、段取りは普通。

 部下であろう兵卒の二人。おかしなところは見当たらない。普通。

 さっき名乗った騎士見習いのユリウスはいいところを見せようと張り切っている。


 遠くから会話を聞く限り、若いのはどうも騎士の身内らしい。騎士に対する態度が随分とれしい……


 いつの間にか、付き人の一人が商人の近くまでやってきていて隣に腰を下ろした。

 そして、小声で話しかけてくる。


「(やはり、冒険者はいないようで……)」


 付き人の指摘に商人は鼻で笑って答えた。そして、同じく小声で、


「(冒険者の単価は高いからなぁ……金の切れ目が縁の切れ目って言うだろ?)」

「(国からのやとわれでも、ですか?)」


「(、だな。情報屋から聞く限り、雇ったのは上等な冒険者らしいからな。そりゃあたけぇよ。それにどっちからの持ち出しか知らんが出処でどころは国庫からだ、となりゃ逆に羽振はぶりよくは出来ねぇだろう。まぁ、それはそれとして隣国としちゃ最低限の誠意は見せなきゃならんし、冒険者にだって個別に事情はある。たか事件解決まで関わるお人好しもそうそうおらんだろうし、諸々もろもろを織り込んだら期間限定の協力ってのが落としどころとしてちょうどよかったんだろうぜ)」


「……なるほど。そんなところでしょうね」


 付き人は短く相槌あいづちを打つと、その場から立ち上がる。


「さて、ぼちぼちも立ち会いましょうか……」

「心配性だな」


 商人が付き人に声をかける。しかし、止めるつもりはない。


「用心にこしたことはないでしょう? に傷でもつけられちゃ迷惑だ」

「ま、注意は必要だわな。違いねぇ」


 商人は同意して、うつむき加減に小さく笑うのだった──




*****


<続く>


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