第5話「予習の成果」

 一行は北へ向かう。その道すがらに見かけた者や通り過ぎようとする者に声掛けを行い、都度つど、聞き込みをしながら。

 しかし……というか、やはりというか。有力な情報は得られない。

 気分転換もかねて西部はスフリンクとの国境側に行き先を変えてみることにした。


 その道中──


「北部からスフリンクへの入国はそんなに危険なんですか……?」


 ジュリアスは今、兵卒の一人に話しかけられて解説しているところだ。


「ああ、やめた方がいい。スフリンクの北部一帯はほぼ未開発でな……原因となっているのが群狼ぐんろうの森──その名の通り、野生の狼が群れを成して日々縄張り争いを繰り広げているところだ。負け犬が平原に追い出される事もしばしばある。だから、森に入らずとも周辺はかなり危険なんだ」


「追い出される……ということはおそらくえてもいるはずか……それなら見境なく襲い掛かってくるかもしれない……」


 兵卒が口にした懸念けねんに、ジュリアスも賛同してうなずく。


「それにな、森の中はもっと危険だぜ? 狼だけじゃなく猪、流石に熊はいないけど魔孔まこうだっておそらく開いている。……知っているか? ああいう森の中に開く魔孔は大きさこそ小さいがその分、深いんだ。落ちたらがれず、そのまま白骨に──なんて怖い話もあるんだぜ?」


「その前に魔物モンスターに襲われるんじゃあ──」


 兵卒から至極しごく真っ当なつっこみが入り、ジュリアスもあっさり肯定する。


「まぁ、それはそうだな。……それじゃ、質問だ。そういう狭くて深い魔孔の場合、どんな魔物モンスターが出現すると思う? そしてそれは脅威かいなか?」


 周囲を見渡す限り、怪しいものは未だ特に見当たらない。

 何もない暇潰しがてら、ジュリアスは兵卒らにたずねてみた。


「どんな魔物モンスター、か……蛇とかですか?」

「虫──例えば蜘蛛くもとか、大百足おおむかでとか……」


 しかし、ジュリアスは首を横に振った。不正解だ。


「君らの答えは総じて浅い魔孔の魔物モンスターだな。間違いってほどでもないけど、今回はだ。正解は実体を伴わない魔物モンスター……正確には限りなく薄い実体を持つ魔物モンスター、かな。煙霧のガセィーティ・悪霊レギオン、或いは単にレギオンとも言う。たちわる悪霊あくりょうさ、なんせんだから。そいつらの存在が、と違って森が手付かずな理由だよ」


 ジュリアスは将来、仲間と行くかもしれない場所の情報を少しずつ集めていた。

 その為に仕入れた情報を今、こうして披露していたのである。


「悪霊かぁ……」


 悪霊が相手では如何いかに屈強な木こりや熟達した猟師といえど手の出しようがない。

 そんなものが薄暗い森の中を漂っているのである。しかも悪霊どもは生者に好戦的で、実体化した紐状の得物えもので首などをつるげようとしてくるのだ。


「雑魚だけでもそんななのに、まだボスもいるんですよね……?」

「──いや、そうとも限らないな」


 ここまで黙って聞いていたエリスンが口を挟んでくる。


「個にして群、群にして個。森の中に発生する悪霊全てがボスなのだ。ようするに悪霊は巨大な一塊ひとかたまりで必要な分だけを、敵対者に差し向けてくる。千切ちぎれた分だけ総量は減るが、それも瘴気しょうきによって回復……いや、再生するのだろう。そういう生態だと考えると、根絶は困難だろうな……」


「まぁね。そういう訳で、北回りからのスフリンク南下は愚策も愚策な訳だ」


 また、それだけではなく地理的にもスフリンク東部は北から南を縦断するダイン川が流れており、経路も大きく制限されてしまう。※(橋を渡らなければならない上、幅も橋によってである)


 さらに都合が悪い事に中央には国境から国境へ、東西を直通して結ぶ街道がある。

 この街道はスフリンクの騎兵が百人体制で巡回しており、うしぐらいものは近寄りたくもないだろう。


「もしも俺がぞくで最終的にスフリンク国内から出港する腹積もりなら、なんとしてもギアリングの南部方面から侵入したいところだな」


「それで初日から南部を重点的に捜索する指示が出てたんですね……」


 兵卒が合点がてんが言ったようにつぶやいた。


「そうだな。通信班での話を聞く限り、初動が肝心だったな。見つけられないまでも如何に国内に閉じ込められるか……それに腐心ふしんした感じだった」


通信班あちらの見解では、賊の封じ込めには成功したと見て考えていいのか?」


「多分ね。……目星めぼしをつけた一団がいる」


 ジュリアスはエリスンからの問いかけに肯定し、少し声を抑えてそうげた。


「事件の二日ほど前に入国して、南の大陸から岩塩を売りにきた商人がいる。隊商は組まず、商人と付き人とで幌馬車ほろばしゃ三台の構成だったかな。王都で岩塩を売りさばき、それを元手に特産品を買い、国へと持ち帰る。それ自体はなんでもない行商人の行動だが、その商人は王都ラングであきないした後もすぐに国へは帰ろうとせず、そのまま北上したそうだ」


「……北へ?」


「表向きは販路の開拓らしいな。目的地はギアリング北部の街ミゲル。途中、集落に寄りながら2~3日をかけてゆっくりと進んでいる」


「……何故、その一団が怪しいと?」


 エリスンが尋ねる。


「別に一つにしぼられた訳じゃないけどね。あみにかかった理由としては北上する動機が強くないってのと、そもそも北上するという心理の逆手さかてをとったような行動をしてるというところかな。もしも連中が犯人なら逃げ切る算段がある、それもかなり強力な切り札を隠し持っている──」


「ふむ……」


「勿論、そいつら自体がおとりかもしれないし、そもそも関係ない『白』かもしれない。通信班と賢者たちはいずれの可能性も捨てず、今も推理しているだろうさ」


 ジュリアスはそうくくった──と、不意にエリスンはおもいたる。


「そうか……?」


 ジュリアスは小さく笑った。その答え合わせは五日後に明らかになる──


*****


<続く>


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