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第4話「合流」


 初日──

 宮廷魔術師と弟子相手に大言たいげん壮語そうごいたジュリアスだが、その出足は実に緩慢かんまんとしたものだった。

 まずエリスンと彼の下につく兵卒との面通しを済ませるとこの日は隊の方針として捜索には参加せず、まずはスフリンクとの国境に近いギアリング西部の村、バンテで宿をとる事を提案する。


 「翌日から捜索に参加するのだな?」とエリスンから尋ねられても、ジュリアスは曖昧あいまいな答えしか返さない。


 翌日。隊として捜索活動を開始しようとするが、ジュリアス自身は別行動をすると宣言。エリスンは隊長として了承する。その日は特に成果はなかった。

 くる日もジュリアスは別行動すると宣言した。エリスンは了承するが、日没後の集会時に彼を捕まえて詰問した。


 怠惰たいだな魔術師に兵士らは不満を感じ、エリスンにも伝播し始めていた。

 しかし、問い詰められる彼に全く動じた様子はなく、右から左に聞き流す。流石に怒りが込み上げ、会話を打ち切った去り際──


『機が熟すまで待ってたところなんだがね。そこまで言うなら同行しよう。ただし、明日も無駄骨になると思うがね』


『……どういう意味だ?』

『言葉通りさ』




*




 2月6日。冬晴れ──

 朝日が少し昇ってからバンテの村出発し、街道や村と村を結んでいる生活道路──土でならされた道を北部へと進んでいく。

 昨日、一昨日はギアリング南西部を重点的に捜索したが空振りしたようだった。


 「少しでも可能性があるとしたら北だ」──出発前にジュリアスがうそぶいたのだ。

 その根拠はまだ説明していない。



「……そろそろ話してくれないか?」

「何をだ?」

「とぼけるな。君が昨日まで別行動をしていた理由だ」


 何度目かに渡るエリスンの詰問にもジュリアスは小さく笑い、流そうとする。

 その仕草に馬鹿にした意図はないのだが、普段は冷静に務めているエリスンですら少し気にさわるほど彼に対する印象は悪く、不信感がつのっていた。


闇雲やみくもに探すのはきたかい?」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りだよ。この二日間、俺は闇雲に探していた訳じゃない」


「──魔法で、か?」

「魔法と言えば、魔法だな」


 話してみれば何ということはない。今回の軍事行動、王城外庭内の研究棟。

 その一角に陣取った通信班にジュリアスはまんまと潜り込んでいたらしかった。


 それぞれの地域、部隊が足で地道に集めてきた情報を精査し、賢者と賊の位置を割り出そうとしていたらしい。


「最近は魔術師も二極化していてね。賢者のように頭を使う頭脳派と、現場で魔法を駆使して補助する労働派と。その中間に当たる人材が少ない訳だ。少ないというか、頭脳派が現場に出たがらないだけだけどな」


 ジュリアスは魔術師として、そこで目の当たりにした現状を苦々しく自嘲じちょうした。


「なるほど。そうやって上手く口で丸め込んで中枢に入り込んだ、と。……それで?彼らから賊が北に潜伏しているという情報を引き出した訳か?」


「その通りだ。まさしく、確度を高めた予測をしてくれたのは通信班在籍の賢者の方々だよ。俺はその推測を指針として行動することに決めた。ちなみに俺のこれまでの行動が真実かどうかは君が首にかけている水晶の首飾り、それに呼び掛けて聞いてみるといい。俺はそこに詰めていたから、きちんとした証言が返ってくるはずだ」


 そう言われて、エリスンは貸し与えられていた魔法道具マジックアイテム──

 首から下げた水晶の首飾りを手で少しもてあそび、


「……いや、それには及ばない。信じよう。転移の魔法を自在に使いこなす、

「──そうだな」


(否定はしないんだな)


『転移の魔法は熟練した魔術師でないと安定して使用が出来ませんし、それは転移の魔石でも代用可能ですが魔法道具マジックアイテムだと使。転移の魔石でその機能劣化は致命的ですし、その上、魔石自体が非常に高価で……やはり、たけにあっていない装備という気がします』


 ──宮廷魔術師の弟子、ティコの知識は確かなはずだ。

 それに、彼女の説明にもこの男は異議を唱えなかった。


(この男の有能さ、厄介さは知識よりも魔術由来の能力ちからの方かもしれない……)


 エリスンの懸念けねんが確かならば、この魔術師は恐るべき実力者だ。

 彼は敵ではないが厳密には味方でもない。同盟を結んでいるが所属はスフリンクにある。考えようによっては、隣国にこれほどの術者がやってきてしまったのだ。


(一見、野心のようなものはなさそうが……それ以上に自尊心の高さ、独自の美学のようなものを持っているように思う。時として、野心よりも非常に厄介なものを内に秘めている感じがする)


「……? まだ、何かあるのか?」


 少し注目しすぎたか、ジュリアスがエリスンに呼び掛ける。

 しかし、エリスンは特に取り乱した様子も無く、答え返した。


「いや、聞こうかどうしようか迷っていたんだがね……その、通信班の様子なんだが報告以外にあちらと連絡を取ってもいいのかな? こちらとしても、具体的な情報を仕入れたくてね」


「あぁ、はたで見ている分には意外に忙しそうだったかな? 回数が多いと迷惑だろうが午前か午後に一度きりとか、それくらいなら許されるんじゃないか?」


「なるほど、参考になった。ありがとう」


 そう言って、会話を打ち切った。

 気を取り直してエリスンは周囲を見回す。……前にも後ろにも、通りかかる人影は見えなかった。




*****


<続く>


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