第3話「面接・3」

 ──マールが攫われた。

 犯行に及んだのは以前、ユニオン連邦から存在をほのめかされていた集団で今回、ノーライトの密告により発覚したという。補足事項としてノーライトと犯行に及んだ集団との因果関係は現時点では不明だ。


 その他に話し合った事といえば逃走に転移や転送の魔法を使われたらお手上げだが情報を吟味しつつ整理した結果、その可能性は低いと推察した──くらいだろうか。


 話はまだまだこれからである──



「……見えない相手の話は今はもういいだろう。それよりこれからどうするか、だ」


 ジュリアスは言って、対面の二人を交互に見た。

 ノーラは微動だにしない。我関せず、という立場を貫いている。

 ──となれば、指揮をるのはティコか。


「そうですね。まず、ここにいるおふたりにはこれからギアリング西部、スフリンクとの国境付近を警邏けいらしていただき──」

「俺達への指示は後回しでいいだろう。それよりもがしたいところだな」

「……おさらい、ですか?」


「そう。まずは北からね。精鋭を派兵したとは聞いたが、もう少し詳しく情報を知りたい。事前に知っておけば、連係だって取れやすくなるだろう」


「それは……」

「──それくらいは別にいいんじゃないかな? 彼の言い分にも一理ある」


 即答を避け、よどむティコにエリスンが助け舟を出す。


「……分かりました」


 ティコは姿勢を正し、ジュリアスの要望に応じて説明を始めた。


「それでは、北部についてですが……こちらには東部と同じく王国の精鋭を派兵しています。ただし、人数はそこまで多くはありません。人員は東部に偏らせています。理由はご存じの通りですが、我が国の北方も聖マリーナ山脈によって閉ざされており──それでも北東のきわともなれば山越えも可能ですが道のりは大変険しく、山中には我が国の砦もあります。国境ではありませんが山のふもとには関所も。山越えすればその先は確かにノーライトですが、たと辿たどり着いて身を隠すことは出来てもそこに市場がある訳でもないので──」


「危険度の割に得られるものはほとんどなし、か。ほとぼりが冷めるまで潜むつもりでも金はかかるしな……」

「しかし、北の警戒は彼らから見れば緩いことには違いない。国内に潜伏する気なら北部は比較的安全と言える」


「ふむ……?」


 エリスンの注釈にジュリアスは反応するが、切り出す前にティコの説明が始まってしまった。


「次いで東部です。我が国の兵士の多くはこちらを重点的に捜索しています。隣国のクバールとは良くも悪くも普通の付き合いをしていますが、クバールはノーライトと国境線を隔てて隣接していますし、内々でつながっている可能性も考慮しなければなりません。また、クバールにはいくつか港があります。東方航路からも南方航路からもどちらも中途半端な位置にありますが、出れないことないでしょう。クバール南西の港から南方航路なら……遠回りですが、現実的な範疇はんちゅうです」


「一軍はそれを絶対阻止する為に動くわけだ」


「そうですね。今この瞬間もいそしんでいます。我が国の平野に森は少なく、潜める場所はほとんどありませんから東部を往来すればたちまち捕捉されるでしょう」


「……"鉄の国"がここできるのは皮肉かな」


 エリスンは呟き、自嘲じちょうする。鉄を鍛えるには燃料が、それも大量に必要になる。

 ギアリングは国土にして森林がほとんどないのだ。本来は憂慮すべき事柄だが、今回に限ってはそれが幸いしていた。


「……南も増員して、港には兵が張っているんだったな」


「そうですね。集落の入口などでも厳しく検問されると思います。部外者など特に。我が国の人間に協力者がいないと思いたいですが……」


懸念けねんはそれくらいか……」


 内通者がいると、事情は随分と変わってくる。それも悪い方に。

 ここは兵隊に怖気おじけづいて南部を忌避きひしてくれることを祈るしかない。

 無論、内通者など存在しないのが一番だが……


「……最後に、西部の話をします。ここがおふたりの受け持ちになります。西部では我が国の騎士・兵士とスフリンクの冒険者が混合で隊を組み、複数人で行動します。移動は徒歩。申し訳ないですが、馬を回す余裕はありません」


「……軍馬は東と北に優先的に回しているのさ」

「ま、話を聞くにそちらに機動力があった方がいいよな」


 その配分にジュリアスも理解を示す。


「また、隊には魔法道具マジックアイテムを支給し、これによって現在位置を把握しつつ我々通信班の魔術師と繋ぎます。効率的な運用で、これ以上出し抜かれないよう努めます」


「いいね。口の挟みようがないほど隙が無い。過剰かじょうとも言えるほどだ」

「……何が言いたい?」


 ジュリアスの言動に引っ掛かり、エリスンが突っかかる。


「いいだろう、腹の探り合いはだ。組む前から仲違なかたがいしたんじゃ世話ないしな。俺の知っているハール・マール=フィリジアンって娘はただの宮廷魔術師の弟子──の、はずだよな? 実はどこかの──ってのをいざという時に暴露ばくろされるのはだ。この場できっちりと確認しておきたい」


 そう、宮廷魔術師の弟子がさらわれた──というのは確かに大事である。

 ジュリアスにしても私情はあるが、必ず助けやりたいとも思う。


 ……しかし、だ。

 いくらなんでもたった一人の為にここまでするものか? 

 ジュリアスの思考に引っ掛かるものがある。


 そうして考えるうち、ひとつの推論にたどり着いたのだ。

 もしも、彼女自身に魔術師以外の攫われる理由があったのなら──

 例えば誰かの落胤らくいんであるとか、そういった裏事情があるのならここまで大騒ぎするのも合点がいく。


 だから、その可能性をジュリアスは敢えて口にした。

 しかし、その問いに対する返答は冷たく、はっきりとした否定だった。

 

「……過剰と言われればそう見えるかもしれませんが、これは通例の軍事行動の範疇ですよ。それから、彼女は王都でも有数の商家の娘です。出自も疑いようのないものです。ジュリアス師の見解は的外れの邪推じゃすいだと断言させていただきます」


 ティコはジュリアスの想像をくだらない邪推と切り捨てたのだ。

 妹弟子の名誉もあるのだろう、幾分いくぶん怒気どきもはらんでいる。


「……すまない、流石に穿うがちすぎだったな。失言だった」

「いいえ、はっきりと申される分にはこちらも真っ向から否定できますので。禍根かこんを残さなければ、それでよいのではないでしょうか」


「そうだな。そう言ってくれるなら、助かる」


 そう言ってもう一度、「すまなかった」と一言びた。

 それから一度、大きく息を吐いて気を取り直すと──


「ここからさらに込み入った話は、現地で話す方が良さそうかな。今回、仕事の拘束期間は長そうだし。話の種が早々に尽きるのも困る」


 ジュリアスは小さく笑うと、椅子から立ち上がった。


「……面接はこれでおしまい、でいいよな?」


 見下ろすジュリアスの視線の先には、宮廷魔術師のノーラ=バストンがいる。


「私から言う事は何も無いさ」

「……そうかい」


 薄い反応を予想していたのか、ジュリアスも素っ気なく答える。


「あの……」


 その代わりと言ってはなんだが、ティコが静かに立ち上がって彼に呼び掛ける。


「私は都合上、城からは離れられませんが……もしも、妹弟子を捜し出せたなら必ずここまで連れ帰って来てください」


、じゃないんだな」


 それは生死を問わず──という意味合いなのだろう。ジュリアスはそう理解して、気安く笑いかける。


 しかし、ティコはどう返答したものか、気難しい表情のまま冴えない。

 代わりに答えたのはノーラだ、


「……出来る保証のない口約束はするものじゃないよ、

「巡り合わせ次第かな。誰かに先を越されるかもしれない。彼女が救われるなら別に俺の手柄じゃなくてもいいさ」


 ジュリアスは歩き、ノーラに正面に立つ。彼女を見下ろした。

 彼女らは失敗も含めた物言いだが、ジュリアスは成功を当然として発言している。


に宮廷魔術師って立場があるように、俺にだって冒険者じゃない魔術師って立場がある」


 かつて──

 この世界にはごく僅かな時間、魔術師の頂点に立った人間がいた。

 その名は意図的に歴史から抹消され、現在に伝えられてはいない。


「だから、巡り合わせ次第さ。運よく俺の前に現れてくれれば必ず助けるさ」


「……無責任だね」

「とんでもない。しかし、一言いちげん一句いっく縛られる立場じゃないことは確かだな」


 そう言って、ジュリアスはニヤリと笑う。


 ……気楽な立場はいい。つくづく思う。

 目の前の老女を見ていれば、否応なく実感する。


「いいかい、。最後にもう一度念を押しておくぜ。。悪いようにはしない。それだけは覚えておいてくれ」


 そう言い残して黒い外套マントひるがえしし、ジュリアスは部屋を出ていこうとする。

 エリスンは嘆息をき、その後ろ姿を追った。その途中、ノーラらに軽く一礼して挨拶する事も忘れない。


 ティコはその場に立ち尽くしていた。ノーラは座ったまま、彼らの後ろ姿を横目で

追うのみである。沈黙を保ったまま、その考えは窺い知れない。


 指示を待つ短い間、ティコは不安そうに師の顔を見つめた。

 しかし、ノーラは無表情を崩さず、動揺は一切は見られなかった──


*****


<続く>

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