──
第9話「化かし合い」
──馬車は行く。当面の危機は去った。
後ろを振り返り、人影が完全に見えなくなってから
「……肝が冷えましたよ」
商人はぼんやりと遠くの方を見ていたが、話しかけられたので顔を見合わせる。
「あの見習いがあれに気付いた時は、どうしようかと思いました」
付き人は視線を真横から後ろ、荷台の方へと飛ばす。仕草で幌馬車に積まれている商品を差し──それを見て、商人は苦笑いを浮かべた。
「ああ……ありゃあ、ちょっとよくなかったな」
「……よくなかったですか」
手綱を握り直し、やや前方を見ながら付き人が呟く。仕事に戻ったように見せて、ごまかしも含まれているだろう。
……思い返せば、少し神経質になりすぎたかもしれない。そこは反省材料である。
「細心なのはいい。しかし、小心となると勘のいい者にはすぐに気付かれる。
「勉強になります」
付き人は短く受け答えた。商人の男は言葉ではなく小さく笑って応じると、自身の視線も付き人を通り越して後ろへ──幌馬車の荷台の方をじっと見つめる。
……といっても、そこから直接、商品が見える訳ではない。
石像は二体。縦列に置かれた石像は本物が前に置かれているからだ。
「俺たちにはやましいところなんて、なにひとつねぇんだ。もっと気楽に、
商人に扮した運び屋の男は隣に話しかけたつもりはなく、ただ独り言を呟いた。
*「化かし合い」
「行ってしまったな……」
「これでよかったのか?」とでも言いたげに、一人の騎士が道の往来で自分と似たような恰好をしている青少年に視線を投げかけていた。
……彼だけではない、他の二人の兵卒もだ。
彼の後ろ姿に注目し、何を発言するのか
その者の姿は疑いようなく、ギアリングの騎士見習いそのものだ。
当然だ、実際に使用している物をそのまま借り受けたのだから。
しかし、中身の人間は違う。彼はギアリングの騎士見習いではない。
さっきまで名乗っていた名前も経歴も、全てが
──彼の本名はジュリアス。魔術師を自称し、現在は冒険者を
「はぁっ、しくじったな……! 喉が枯れそうだ……!」
第一声がそれだった。全員の顔が見える位置に向き直り、明るく笑い飛ばす。
しくじったのは己の術だけで、それも取るに足らないことだと皆を安心させる。
「……魔術で声までは変えられないのか?」
それを聞き、従騎士のエリスンが何気なく尋ねた。
「声くらい変えられるさ。だけど、今回は横着して変えなかったんだ。まだ若いし、頑張ればなんとかなるだろってな……結果的には大失敗だったが」
騎士見習いの役に
肉体も若いし、短時間ならぼろも出ないだろうと楽観的に考えたのだ。
「若々しく見せるには声を高くしなきゃいけない。終始、声を張り上げて喋る羽目になっちまった……それに引っ張られて妙な演技になっちまったし……」
「芝居の反省は別にいいだろう。それよりも、君の仕事振りを聞きたいな」
「せっかちだな。じゃ、村に帰るまでの暇潰しに話しながら帰るとしようか」
「……やるべきことはやったんだな?」
念を押すようにエリスンが尋ねてくる。
だから、ジュリアスも安心させるように自信満々に言った。
「勿論。スフリンク流に釣りで例えるなら、あいつらは既に生餌ってところだよ」
*
……今日はもう引き上げよう。四人は拠点としているバンテの村へ
エリスンとジュリアスが横並びに歩き、その後ろを兵卒の二人がついてゆく。
エリスンは早速、矢も楯もたまらず先程の続きを催促した──
「……
「ご明察。ここで釣り上げておしまいにするより、もう少し泳がせて一網打尽にする方が得策だと思ったんだ。現場の独断で申し訳ないがね」
エリスンの推測をジュリアスは肯定した。
しかし──
「……待て、それはどういう意味だ? 彼らがその、運び屋だったのは分かる。だが検分した結果、彼らは『白』だ。それらしい人物も、隠し通せるような場所も、馬車にはなかった。疑惑だけで『黒』と判定することは出来ないだろう」
それに加え、念の為に馬車の下まで覗いてみたと兵卒の一人も証言した。
そこまでしても彼女の手がかりは得られなかったのだ。
「泳がせると君は言った。それは分かる。彼らは何も持っていなかったのだからな。私は運び屋たちが複数連携し、我々を
「そこに彼女がいたと断定している」
「そうだ。君は釣り上げると言ったんだ。それはつまり、ここで
エリスンの指摘にジュリアスは意味深長に小さく笑った。そして、告げる。
「ああ。彼女は確かにそこにいたよ。貴方も見たはずだがね」
「どういう意味だ? それらしいものは──」
……いや、思い当たるものは一つだけあった。しかし、馬鹿げている。
毛布に包まれて頭部の見えなかった石像だ。
全てが覆い隠されていたならまだしも、足は見えていた。石像の素足が。
「足を切断され、その上で厳重に
「まさか。あそこにあったのは二体とも石像さ」
「……どういう意味だ? 一体、君は何が言いたい?」
「だからそれが答えなのさ。彼女は石化の魔法で運ばれている。物言わぬ石像としてな。……いやはや
ある意味で脱帽するよ、ジュリアスは皮肉交じりにそう言って締め括った。
*****
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます