・「英雄の星の下で -前-」

第1話「面接・1」


 二人が会話を始めてから大した時間も経たぬうちに部屋の両開き扉が叩かれた。

 話を中断して扉に注目すると、中からの返事を待たずに兵士が二人の女性を伴って入室してくる。


 二人共が魔術師の正装をしていた。一人は見知った顔の老女。

 もう一人は以前に懇親会で見かけたような気がする。眼鏡をかけた若い娘だ。


「宮廷魔術師殿とハーキュリー殿をお連れしました。では、持ち場に戻ります」


 そう言って一礼すると、兵士はそそくさと退室する。

 兵士によって丁寧に扉が閉められるとわずかな沈黙の後、


「長い話になるんだろう? ……それとも、立ち話で済むのかい?」


 調度品の椅子に目をやり、親指で差しながらジュリアスは呼び掛けた。

 エリスンが行動で応じ、ジュリアスもそれに続く。

 椅子が必要だということは、やはり長い話になるらしい──


*


 座席は正方形ではなく、長方形になるような位置に配置された。

 ジュリアスの隣にはエリスンが、少し距離を離して男達と女達で向かい合うように着席している。

 

 しかし、彼の対面には見知った宮廷魔術師ではなく、ハーキュリーと呼ばれていた娘が座った。

 彼女は容貌や雰囲気からして、マールより少し年上だろうと推定される。


「ティコ=ハーキュリーです。ノーラ師の補佐をやっております。このたび不肖ふしょうの妹弟子の為にご足労いただき、ありがとうございます」


「ジュリアスだ。スフリンクで冒険者をやっているな魔術師だ。よろしく頼む」


 そう手短に挨拶を済ませると椅子を少し前に動かし、話をするために宮廷魔術師の方へと向きを変えた。


 既に彼女は眼中にないのだ。しかし、そんな彼の仕草に気分を害した訳でもなく、彼女はジュリアスの横顔を見つめていた。

 ……さて、まずはジュリアスから宮廷魔術師に話しかける。


「久しぶり──というほどでもないが、元気そうで何よりだ。先日、訪問してくれたハール・マール=フィリジアンだが、彼女がさらわれたと聞いた。それは事実か?」


 だが、対する宮廷魔術師ノーラの返答はにべもない。


「説明ならティコにさせるよ。いいね?」


 その言葉に反論も快不快もなく、ジュリアスはただ彼女を一瞥いちべつした。


 彼女は清潔感を保つ為、あごたけで切り揃えられた髪型に銀縁の眼鏡をかけていた。

 身長、体格、目鼻立ちを含めて乙女のように称えるよりは大人っぽく美人のようにめる方が適切だろうか? ……もっとも、それもあと何年か後の話だろうが。


 彼と目を合わせたティコは小さく頷き、それを受けてジュリアスも無言で席を向け直す。そして、掌を上に向けるようにして彼女へと差し出し──


 どうぞ、と言葉ではなく動作ジェスチャーで話をうながした。


(ジュリアスは魔術師として同格という意識があるからこそ対等に接しようとしたがやはり宮廷魔術師と冒険者では格が違うというか住む世界が違うのだろうな。一介の冒険者が宮廷魔術師を呼びつけるなど本来あってはならぬ行為だ。その一方で、彼も話の分からぬ男ではない……バストン殿がわざわざ対面に応じたのはそこらの線引きと──、かな)


 ジュリアスが今回、自分の主義を曲げてまで単独行動した要因に借りがあるのならバストン殿が不躾ぶしつけな要求に応じたのもまた、なんらかの借りからなのだろう……


 エリスンは傍観者ぼうかんしゃとして、魔術師二人のやり取りをそのように解釈していた。

 ──と、そこまで邪推じゃすいしたところでハーキュリーが説明を始める。


「……それでは。まず、彼女が行方知れずとなったのは1月31日の夕方、日没以降と推測されます。衛兵が彼女を見送り、屋敷までの道中──帰路きろさらわれたのだろう、と。また、行方不明ではなく第三者によってさらわれたと断定出来たことに対しても、伏線があります」


「……伏線?」


「彼女が攫われる前から警鐘けいしょうが鳴らされていた、ということです。話は昨年にさかのぼりますがユニオン連邦の諜報シーフ機関ギルドから警告されていました。魔法使いが南からの人買いに攫われている……と。元々は亜人を対象にして攫っていたそうですが、それが立ち行かなくなったのか、逆に好調で販路の拡大を図ったのか……ともあれ、魔法使いわれわれが狙われ始めているのは事実でした。魔法の国ミスティアは言うに及ばず各国の魔法使い、魔術師がその時点で数人、行方不明になっていたのです」


「……数人が消息不明だとしても、その全てが人さらいの仕業ではないだろう」


「それはその通りですね。ですから、そういう可能性を排除して事件性のある失踪しっそうが数人、と考えて下さい」


「なるほど。了解した」


 ジュリアスはそう言うと引き下がる。


「……その後、我々も警告をされてから無策でいた訳ではありません。宿舎住まいの魔術師には夜間の外出を制限しましたし、独自に罠を仕掛けたりもしました」


「罠……?」


「本来、襲われる役は私だったんですよ。王都郊外に小さな別宅を用意してもらい、そこで一人暮らしを始めたのです。見え見えの罠ですが悪辣あくらつな彼らのこと、必ず踏み潰しにくるだろうと期待して」


「大した度胸だな……しかし、奴らはそれに食いつかず、もっと大胆な方法で別人を攫っていったって訳か」


「そうですね……人通りは多くはありませんが時間帯も決して遅くはない。それにも関わらず、夜にまぎれただけで攫われてしまったのは……」


 悔しくて仕方ないのだろう、やり場のない怒りに彼女は嘆息をひとついた。


「……だが、なぐさめにもならんが、その後の手際はいいじゃないか。彼女がくだんの連中に攫われたとよく気付けたもんだ」

「いえ、それも──」


 ティコはノーラの表情をうかがった。彼女の一存では話せないことらしい。

 話し始める前に、宮廷魔術師も弟子と似たような嘆息をく。


「気付けたんじゃない、こいつも教えられたのさ……今度はユニオンの諜報シーフ機関ギルドじゃなく、暗躍者アサシン教団ギルド


*****




<続く>


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