・「英雄の星の下で」編 -プロローグ-

「同じ人間とは思えねぇ」


 ──は想念と意志の力 奇跡を顕現けんげんする根源


 なんじ、疑うなかれ 汝、だまされるなかれ 

 大いなる意志は汝とり 心をざし、魂で応じよ

 真実を見抜け 世界の敵をくだけ──




 ……自分達は一体、何を見せられているのか?

 眠りから起こされた少年と少女は半覚醒の状態で一心不乱に短剣を上下している男の後ろ姿を眺めていた。


 ここは屋敷。見慣れた自宅の広間。長方形の卓には何かが載っているようだ。

 男はそれに向かって短剣を振り下ろしている。背後からでは表情は見えない。


 何やら、ぶつぶつ呟いているようだ。馴染みのある声。

 男の着ている寝巻には見覚えがあった。

 背丈、恰好。間違いない。父親だ。二人の父親である。


 それにしても寒い。当然だ。真冬にも関わらず、暖炉の火は消えたまま。

 部屋には明かりがない。二人は知る由もないが、今夜の月は新月なのだ。月明かりさえ無い、真の暗闇である。


 ──暗黒世界のはずなのに、薄ぼんやりとした白黒の視界で室内を眺められている今の状況はおかしいのだが、意識が半覚醒の二人にその異常さは理解できていない。

 そして未だに気付くことなく、これからも気付くことはないが、二人のそばには使が立っていた。


 さらに二人の後ろには大男が静かにたたずんでいるが、これにも気付くことはない。


 だが二人は、壁際から父のそばに近寄る影には気が付いた。

 それは人影であり、その手には闇夜でもと光る凶刃が握られていた。


 その時には父の動作は止まっていた。

 いや、因果関係からすれば父の動作が停止したからこそ人影は動いたのだ。 


 そして、次の瞬間には父の首が舞い上がり──胴体は飛沫しぶきしながら長卓テーブルすように倒れ、動かなくなった。


 首無しの死体は、に覆い被さるような体勢になっている。

 それ、とは近付いて観察したなら二人はすぐに判別出来たであろう。


 ──母親である。二人の両親はこの時、絶命したのだ。


 今、父親を殺めた人影は父の首を踏みつけている。

 そうして足蹴にしていた生首の出血があらかた収まると、無造作に蹴り転がす。

 生首それを二人の方へと。二人はを視認した時、


 ──これは夢である、と。実際、そうなのだろう。二人はほどなく意識を失った。

 そして、目覚めるのだ。何事もない朝に。両親のいる日常に。


 それが現実から乖離かいりした「これまでの日常」という虚実の悪夢と気付かずに──




*「正暦1335年2月3日」



 正暦1335年、1月31日。その日、二つの事件が起こった。

 ひとつは鉄の国ギアリングの魔術師、ハール・マール=フィリジアンの失踪事件(のち拉致らちと判明)、もうひとつは魔法の国ミスティアで起こった一家両親殺人事件である。尚、両事件には直接的な繋がりはない。


 ──2月3日。早朝。

 火急の用件で冒険者アドベンチャラー協会ギルドに呼び出されたジュリアスは担当職員から説明を聞き、二つ返事で承諾。必要な手続きをさっさと済ませると、後事は全て担当職員に任せてすぐに魔法で出発する。


 今回の仕事はジュリアス単独で行う為、判断は早かった。

 難易度、危険度、緊急性。

 求められる人材は高度な技術を有するか、熟練者のみに限られていた為である──


*


 去年振りに訪れた東の隣国ギアリングの王城<リペル>は堅牢な二重の城壁に護られている。

 区域を区切るように築かれた長大な石壁の列と、王城を囲う城壁と。

 第一の城門を潜り抜けなければ、王城を一目見る事すらかなわない。それにしたって目と鼻の先にあるような距離ではない。


 その城門前に、突如として人影が現れた。それは若い男の姿をしていた。

 彼は表も裏も黒く染め抜いた外套マントまとい、言外に自身が魔術師であることを周囲に知らしめている──その男の名はジュリアスといった。


 ぎょっとして不審者相手に身構える衛兵たち。

 すると、ジュリアスは手にしていた羊皮紙※(丸めて筒のように持っていた)の帯をほどきながら、無用な敵意を抱かせぬよう親しげな笑みを浮かべて近付いていく。


「そこで止まれ! 何者だ、貴様は!」

「俺はスフリンクで冒険者をやっている魔術師のジュリアスだ。緊急の用件があってここに参った。まずは身の証に、こいつを確認して頂きたい」


 そう言って、スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を衛兵に手渡す。

 中身をあらためた衛兵は一度頷き──


「確かに本物のようだ……先程は失礼した、すぐに案内しよう」

「朝早く忙しいと思うが、担当者以外に出来れば宮廷魔術師殿にも同席願いたい」

「分かった、伝えよう。ただし、希望が叶うかは分からないぞ」


「それで結構だ。よろしく頼むよ」


 返してもらった仕事票をくるくると巻きながら、ジュリアスは礼を言った。


*


「……早いな、君が一番だよ。もっとも訪ねてくる事自体、思いもよらなかったが」

「報告を受けて、のまま飛び出してきたようなもんだからな。段取りも無視したよ。御蔭で情報は最低限どころか白紙に近い」


 そう言いながら、帯を締めた冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票をくるくると回している。

 中身は既に見せた。今、ジュリアスと会話している人物の名はエリスンと言う。

 彼とは面識のある従騎士じゅうきしで挨拶は入室時に済ませている。


 王城の一室で素直に待たされていると、まずは彼がやってきたのだ。


「宮廷魔術師殿はお会いになるそうだ。詳しい話はその時にするにしても、おそらく君は私と組むことになるだろう。捜索は私と兵卒二人を加えた四人で行うはずだ」


「多少なりとも知った顔がいるのはやりやすくていいな。その時はよろしく頼む」

「ああ、こちらこそ。……しかし、君が単独で仕事を受けるとは少々意外だったな。我々としてはその方が有難いが。趣旨しゅしえ、というつもりでもないんだろう?」


 スフリンクの冒険者協会に依頼した冒険者の目録リストにジュリアスの名が含まれていることはエリスンもひとてに知っていた。

 その際、彼が個人としては仕事を受けず、弟子を含めたパーティとしてなら働くことも注意事項として伝わっていたのである。

 把握している彼の性格からかんがみても、今回は例外だろうということはうかがれた。


「被害者とは顔見知りでね。少し借りを作っちまった……罪滅つみほろぼしみたいなもんさ。是非を問わず手段を問わず、手抜きなしの採算度外視でやらせてもらうつもりだ」


「魔術師の君にそんな宣言をされると、気が気でなくなるな」


 エリスンは苦笑いを浮かべる。

 ジュリアスにはそれが冗談のつもりかどうか、その仕草からは分からない。


「……そういや、アンタの上司はどうした?」

「既に動いてるよ。我々の持ち場とは正反対の場所でね」

「ほう……」


「それが、どうかしたのか?」

「いや、身近にいるなら挨拶でもしとくべきかな、と思っただけさ」

「……それは殊勝しゅしょうなことだ」


 エリスンは小さく笑った。彼の発言を冗談と受け取ったのだろう。

 それを見て、ジュリアスも小さく笑い返した。




*****


<続く>


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