第8話「失言」

 なんだかんだ理屈をねても意見が変わるものではない。

 ジュリアスはそう言った。すると──


「いえ、十分です。私が知りたかったものには歴戦の勇士である人達の勘とか、経験とか、そこに至るまでの過程も含まれてますから! 何を思い、何を考え、結論へとたどり着いたのか? 究極的には不条理や狂気にも一筋の道があり、決して途切れている訳ではないはず! ……いえ、道が断崖絶壁になっていたりして登れないとかもありますけど。あ、えっと、とにかくですね! ジュリアス師は直感的に死霊しりょう非法ひほうの一端を見抜いたじゃないですか! 何故見抜く事が出来たのか、具体的ながあればそれも知りたかったんです……!」


「そんなの知ってどうするんだ……?」


「どうもこうもないです、そうだとしたら熟練者の勘とは単なる当てずっぽうなんかじゃなく確かな知識と経験に裏付けされたものという証明になりますよね! それは決して博打ギャンブルではない、れっきとした能力タレントです! 実例がたくさん集まれば、誰だって認めざるを得ないじゃないですか!」


「うん、まぁ、それはそうだな……」


 若干、心理的には後ずさりしながらジュリアスは心無い同意をする。

 それでも同意は同意だ。大義名分を得た事でマールはいよいよ踏み込んできた。 


「──では、次の検討について話を移してもよいでしょうか?」

「あ、次あるのね……」


「勿論です! ですから!」


 力強い返答にジュリアスは思わず苦笑いを浮かべた。


(そりゃそうか。わざわざ他国まで来るほどだものな……)


 だが、彼女が楽しそうなので悪い気はしない。

 ならば、もう少し付き合ってもいいだろう──


「……それでは、あらためて。あの日、ジュリアス師は魔術によって一時的にですが部屋に閉じ込められて分断されたと聞きました。その魔術と死霊非法の関係についてですね──」


 ……一方、彼女の熱量にされたゴートとディディーの両名は下手に口を挟まず、観戦を決め込むことにした。


 テーブルの蛸の揚げ物フリットはまだ半分ほど残っているが食べきってもまだ対話は続いているだろう──などと、漠然とだが二人は予感していた。


 事実、その予感は当たり、お開きとなるまでに茶のおかわりを二杯分。

 さらに用を足す為に中座する時間があるほど、予想以上に長引いたのである──




*****


・「エピローグ」


*****




「──まさか精霊の呼び出し方までご存じだったとは! しかも本物の!」 


 四人は料理店から退店すると、彼女を宿まで送るべく街路を歩いていた。


「……まぁ、精霊魔法には魔法使いや神官のようにこれといった魔導書や目録リストがあるわけじゃないからね。昔ながらの直伝じきでんか、探索行で偶然発見して精霊と契約するしかないし。学ぶ機会自体がないからなぁ」


 彼らの魔術談義は情報もとぼしく得体のしれない死霊非法の話からは早々に脱線し、精霊魔法のあれこれに移って、まだ続いていた。


 精霊魔法については元々、ジュリアスが何かしらの知識があることは懇親会中にも知られていたのである。その知識をあらためて、彼女と弟子二人に披露したのだ。


 本当は、ジュリアスとしては、ここまで親身になるつもりはなかったが……彼女の現在の待遇というか、置かれている状況を不憫ふびんに思ってしまったのも多分にある。


 魔術師であるにも関わらず、日々は仕事に忙殺ぼうさつされて魔法研究はろくに出来ない。


 いざ、実習かと思えば単なる軍事訓練で、魔法の照明を打ち上げるだけ。

 それも色や数など厳密に指定された信号弾だ。それだけをやらされる。つまらないなんてものじゃないだろう。


「……ただ、注意したように本物の精霊を呼び出そうとするのは大変危険だ。もっと経験を積んでから、それから実力も確かな人と複数人で隊を組んで万全の態勢で行うようにな」


「はい! ……いえ、精霊使いになるかは分かりませんけど。えへへ……」


 マールが照れたように笑う。ジュリアスもつられて、小さく笑った。


*


(楽しかったなぁ……)


 ──まだ話し足りない気がしないでもないが、マールはおおむね満足していた。

 彼女は魔術の話にえていたのだ。簡単なことも複雑なことも、いろいろと。


 この目の前の先達せんだつは彼女のささやかな欲求を満たしてくれた。

 願いが叶うならば、これっきりではなく継続的な関係になりたいところだが──


(でも……)


 ……もしも、願いが叶うならば。

 


 ──しかし、現実はそうはいかない。

 城勤めをしている同輩だけではなく、魔術師の多くは魔術よりも他の大切な事々ことごとに時間を取られてしまっている。

 実際、それは魔術よりも大事なことだ。頭では理解している。

 自分だけがままに振る舞う訳にはいかない……


 だから、それはこの上なく贅沢ぜいたくな望みであると自覚はあった。


「今日はありがとうございました。つい調子に乗って長々と話し込んでしまって……なんていうか、すいません……」


「ああ、それは別にいいよ。ただ──」

「……ただ?」


「いや、余所の弟子にあれこれとちょっかいをかけるのは本来は行儀が悪いというか非常に僭越せんえつな行為なんだが……今回は君の師匠筋だったし、特別だからね?」


 そのように釘を刺されると、彼女の表情が途端にくもる。

 

「あ……やっぱり迷惑でしたか……?」

「いや、そうじゃない。なんというか……すまない、弟子の君が気にするようなことじゃなかったな。気にしないでくれ」


 ──ジュリアスには珍しい、明らかなだった。


 彼女ではない者の体面や配慮を気にしすぎて裏目に出た。ジュリアスに謝罪されてマールは微笑み返すが、どこかぎこちない。


 魔術に前のめりな彼女を魔術師として歓迎すれど、冷や水をかけてどうするのか。

 もしもこの場に一人でいれば、みっともなく悪態をついていたことだろう。


 ……といって、これ以上雰囲気を悪くするわけにもいかない。

 悪態も嘆息もここは飲み込んで、平静を装うしかなかった。


*


 その後、長い沈黙に短い会話を挟みながら彼女を宿の前まで送ってゆき──


「……本日はありがとうございました」


「いや、大したもてなしも出来ずに悪かった。もし暇が出来たら、また魔術談義でもしよう」


「あ、はい。その時は。ちゃんと許可も貰ってきますね。それでは、また……」

「ああ。またな……」


 ジュリアスはマールの少し縮こまった背中を見送った。その後ろ姿を見て、思わず込み上げてきた罪悪感にため息をつく。


(彼女には悪いことをしたな……次に会う時までに話の種になるような魔法を幾つか仕入れておこう──)


 それは巡り巡って、ゴートとディディーの二人の為にもなるだろうから。


 ──折を見て、知識の国<イーディア>に住む知人を訪ねることにしよう。

 写本を趣味の一つにしているなら、適した魔導書の一冊や二冊は見つかるに違いない。そう決めたら心は少し軽くなった。善は急げ、明日にでも実行に移そう。




 ……その日、彼女とは月並みなやり取りをして別れた。

 そして、この月末──


 ハール・マール=フィリジアンはになってしまったのである。




<なかやすみ・終>




*****




>>次章


「魔術師と剣のひらめき -英雄の星の下で-」


(あらすじ)


──英雄になる者と、なれぬ者たち。


マールがさらわれた。

前回、ちょっとした不手際で彼女に借りをつくってしまったジュリアスは捜索の協力を要請されると二つ返事で了承し、単身で東の隣国へと旅立った。


その頃、別の国でも事件が発生し──まずはエルナが関わることになってしまう。


英雄の資質とは何か。持って生まれた者と、持たぬ者たち。

その答えを見出す為に数々の試練、紆余曲折うよきょくせつがあったろう。


……いただきにはただひとり。

おびただしいしかばね辿たどく前にたおれている──



<続く>


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