第7話「イカもタコもネコに食わすな」

 ……話が一区切りした後、注文した品が店員によって運ばれてきた。


 テーブルにはそれぞれの前に淹れたばかりであろう、熱いお茶が並べられる。

 他に注文したたこ揚げ物フリットは中央に、伝票はテーブルの端に伏せて置かれている。

 店員が下がっていたのを見送ってから、ジュリアスはつまみの蛸に手を伸ばす。


「……タコはこっちに来てから初めて食ったんだよね」

「へぇ、そうなんですか?」


 塩揉みした蛸足のぶつ切りに薄い衣をつけ、油で揚げた単純シンプルな料理である。

 この国に来てから、ジュリアスはこの料理をいたく気に入っていた。


「俺が今まで食った揚げ物フリットの中でも危うくこれが一番になりそうだった」

「へぇ、烏賊イカよりも? ……それじゃ、一番はなんです?」

「イカも好きだけど、にはないしな……」


 これは余談だが、彼らが贔屓ひいきにしている料理屋で烏賊いかは何故か取り扱っていない。

 その店は看板に「黒猫亭」とある。……どうやら、がお気に召さないらしい。


「一番はだよ」


「マナ……? ああ、ナマズですか」

「そ。ナマズだ。塩じゃなくをかけてな。こっちじゃあまり食わないんだっけ」


「川魚は流石に王都まで売りには来ないですからね。それに鯰は確か、美味うま不味まずい以前に下拵したごしらえにやたら時間がかかるって話を聞いた気がするんで、まず流行らないっすね」


「ここは港がすぐそこだもんな……競合が強すぎるか。ナマズを口にしたのは後にも先にも生涯一度きりだったけど、若気の至りとはいえ恥も外聞も無く数人分を一気に平らげちまったのは今でも後悔してるよ」


 そう言うと、もうひとつ蛸の揚げ物フリットを取って口の中に放り込む。

 蛸の旨味うまみをしっかりと味わってから、熱いお茶を一啜ひとすすりする。


「さて、と。話が長くなってしまったな……君の要件を伺おうか。俺の手に負える話だといいんだけどね」


「んっ!」


 不意打ち気味に水を向けられたマールはもごもごと動かしていた口を手で押さえ、それでは間に合わないと思ったのか、慌ててお茶を口に含んだ。


 ……そうしてなんとか飲み下すと、気を取り直して話を始める。


「あ、えっとですね……その、さっきちょろっと話に出ていた懇親会の続きなんですけれども──」


「ああ、その話ね……」


 昨年、ギアリングの城内で暗躍者アサシン教団ギルドの所属者が騒動を起こした。

 それは殺人事件から端を発し──最終的には個人の犯罪として小さく片付けられた怪事件である。そう、表向きは……


 全容は今って知れないがおそらく犯人は教団ギルドの命令で動き、組織として何某なにがしかを目論もくろんでいたのは確実だと思われている。


「悪いが暗躍者アサシン教団ギルドを追うって話なら協力は出来ないな。連中が何を企んでいたのか見当もつかないし、個人として興味もない。知りたくもない、というのが本音だ」


 ジュリアスははっきりと拒絶する。彼一人ならまだしも、まだ半人前の若者二人を抱え込んで敵対するのはあまりにも危険が大きい。

 興味本位のうわついた動機なら、彼女にも真面目に忠告するつもりだが──


「あっ、いえ! 違います! 暗躍者アサシン教団ギルドとかはどうでもいいんです! ああ、どうでもいいというのも、あの……とにかくですね! そうではなくて……」


 マールは慌てて否定し、発言がまずいと思ったのか、つくろって言葉をにごす。

 一旦、落ち着くとあらためて話を切り出した。


「あの……暗躍者アサシン教団ギルドが使っていたという独自の魔法のことなんですが……」

「魔法? ああ、『死霊しりょう非法ひほう』ね……」


 その暗躍者アサシン教団ギルドから出た犯罪者は限りなく魔術師に近かった。

 教団ギルドの独自の秘術を駆使して城内にて騒動を起こしたのである。


 その秘術こそが死霊非法──


 降霊術と召喚術を掛け合わせたような術で、かつての実験動物や生前暗殺者だった者を仮初かりそめの肉体で呼びだし、けしかけてきたのである。


「そう、その死霊非法について少し疑問が……ジュリアス師の解釈が、ですね──」

「……解釈?」


「そうです。あの、死霊非法はの魔術だったと報告されたじゃないですか。しかし、ジュリアス師は言語自体に意味はなく解明は不要だと仰られた。結局、会合でもそこは大して詰められずに次の検討に入った訳ですが……私としては、どうして即断したのか、その根拠を教えてもらいたく──ですね、」


*


『ルコリネ・! ──我が

呼び声に応えて出でよ!』※(前日譚18話より)


*


「はっきりとおぼえているわけではないが、その時はただの勘だと前置きしてなかったかな……? 根拠などその程度の薄弱としたもので強弁するつもりはないし、正しいとも限らないから」


「それはそうなんですが私としてはジュリアス師の勘──経験がどのように判断して独自言語の解明は無意味だと結論付けたのか、その理由を知りたいんです」


「自分としては理屈にするのはわずらわしいから、勘の一言で片付けたんだがね……」


 ジュリアスはそう言って、苦笑する。

 しかし彼女は多分、それを聞く為にわざわざ遠方からやってこられたのだ。無下むげにする訳にもいくまい。考えをまとめる為に少し時間をおき、それから話し始める。


「まず、その独自言語は会話ではなく呪文の詠唱で使われていた。魔法における呪文というものは前段に唱える魔法のアンロック・合言葉キーワードのように想念と意志の力(魔力)に対する補強だ。極論すれば、例え発音がおかしかろうが誤読しようが、別にいいんだ。それでも魔法は発動する。術者がよしとすれば……失敗だと自覚して恥じ入らない限りは、な」


 ジュリアスは続ける。


「次に会話の用例としての独自言語だが。知っての通り、言葉は万国万民共通の言語であり、土地や個人によるなまりで差異はあれど人種を越えた種族間、海を隔てた大陸間で区別があるわけじゃない。だから、独自言語は使われた時点で違和感がしょうずる。子供だって変な言葉と分かるだろう。……では、その用途は何か? 自分以外への呼び掛けには使えないだろう。自分達……──」


 話の最後には誰に語って聞かせるでもなくうわそらで、半ば自分の世界に入って自問自答していた。


 自分以外のもの……召喚獣や召喚人に対して?  ──いや、違う。

 思い出してみろ、それならば召喚後に普通に言語で命令を下すのはおかしい。


*


『ルービック・カルアネデス! 我が呼び声に応えて出でよ!』

『そんな事より、命令だよ! 今から──』※(前日譚22話より)


*


 ……やはり、その独自言語の役割は


「意味はあるかもしれないがその意味は分からない、か……」


 結局、深く考えたところで結論は変わらなかった。直感による否定に帰結する。

 ジュリアスとしてはそれはそれで構わないが、対話する彼女は果たしてそれで納得するだろうか、疑問だった。


「なんだかんだ理屈をねても意見が変わるもんでもないしな。君の満足いく答えは出来そうにないな……」



*****


<続く>





※捕捉「今回のサブタイトルについて」

「(烏賊が猫に云々とは昔から言われていて、それを前提に蛸を出したのですが現在のペット事情的に蛸もアカンらしいです。どうしたもんかと悩んだ末に本文の修正は最低限にし、サブタイトルで注意喚起する方向に落ち着きました。イカもタコも猫に与えてはいけないようです、はい)」


※捕捉2「死霊非法の独自言語について」

「(わざわざ引っ張るような謎でもないし、適当な場所もないので、ここでついでに解説します。あれは単なるワンタイムパスワードです。死霊非法の洗礼を受けると、に繋がるようになります。術者の求めに応じて大元は適時パスワードを寄越してくるので、それを使う事で霊媒れいばいを変換というか召喚している──まぁ、そんな程度の特に意味のないランダムな言葉の羅列です)」


「(ちなみにが何かは前日譚のepilogue:Bに書いている……はず。もののついでに『死霊非法』という名称の由来も明らかにしますが、メタ的に言えば『作者がノリでつけた』だけ、意味をこじつければ『死霊しりょうあらぬものどもを召喚する術法』※(死体でも亡霊でもないものを呼び出す魔法だよ!)という意味です。単純ですね)」

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