第6話「魔力とは奇跡を起こす源」


 ……ジュリアスは言った。野暮用がある、と。


 そして彼は今、自身が財布代わりに使用している皮袋──その中身を覗いている。

 少量の銀貨に中量の銅貨、そこに混じって透明な石の指輪が二つ。指輪をまんで取り出すと、今し方店員に片付けてもらったテーブルの真ん中に置いて皆に見せた。


 二つの指輪はそれぞれ、輪の中にひもが通されている。

 紐を外さなければ首にかけられるよう、細工されていた。


「……ジュリアス、これは?」


 ゴートが尋ねる。


「いつぞやの〝魔石のかけら〟を細工師に頼んで指輪にして貰ったんだ。加工費込みでかけらがこれにすり替わったわけだな。それで指輪これにはちょっとした術式を封じ込めててな……まぁ、ちょっと見てみろ」


 二人はそれぞれ指輪を手に取って観察してみる──が、まだ未熟な二人が違いだの術式だの理解出来るはずもない。首を捻りながら、手元のテーブルに置いた。


「よく分かんないな……」

「魔石の中に文字とか……あるようでもないしなぁ……」


「あの……ちょっと見せてもらっても?」

「ああ。別に構わないよ」


「あ。じゃ、これを──」


 ゴートが自らの指輪を彼女に渡す。

 マールは硝子ガラスのように透明な魔石をしばし観察すると──魔力を込め、魔石を赤く光らせた。


「これは……、ですか?」

「ああ、そうだね。光るだけ──


「えっ。光るだけ!?」


 ディディーが少し大仰に声をあげて、ジュリアスを見る。


「応とも。それに込められた術式は光るだけだよ」


 なんら悪びれる様子も無く、ジュリアスは肯定する。

 ゴートは残った片方の指輪をまんで、しげしげと観察しながら──


「……何か意図はあるんだよね?」

「勿論」


「術式、か……ジュリアスは術式を込めると簡単に言うけど、具体的にはどうやってやるの?」


「今から話すのは、ほんの一例だが──」


 ジュリアスはあらかじめ断りを入れてから、説明を始める。


「単純には、その魔石に念を込めるのさ。残留思念──魔石の増幅器ぞうふくきとしての特性をかして中身に念を刻み付けて残すんだ。文字だの記号だの紋様だのは魔術でいえば呪文と同じで想念と意志の補強だから、別に必須ひっすって訳でもない。ま、そういうのは近年では作者を示すめいのように使われることもあるみたいだけどな」


「つまり、文字とかなくても術式が発動するのは……魔石の中に術式由来の見えないのようなものが刻み付けられてるから? だから魔力を込めれば術式が発動する、と。そういう理屈なのかな?」


「察しがいいじゃないか。そんなところだよ」

「じゃ、上書きとか再利用とかは出来ないの?」


「んー、この指輪に限れば出来なくはないかな。要は刻み付けられた傷を削り取ってその上から新しい傷を刻み付けてやればいい。勿論、そんな風に出来ないのもある。先に挙げた例のように、予め文字やら紋様やらが刻まれてるやつな。それはもう削り取ろうとしたら、下手すりゃその傷で使用不能になるから」


「なるほど。市販品の改造は無理ってことですな」

「中には出来なくないのもあるだろうが……物によっちゃ違法だしな」


 やめておけ、とジュリアスは忠告する。


「ちなみに。この際だからついでに説明するが、こういう術式を込めた魔法道具マジックアイテムってやつは作成者にしか十全に機能を発揮させられない。誰でも使えるんで勘違いしがちだけどな。魔石にしろ魔法道具マジックアイテムにしろ、市場に出回るものはただの利用者なら機能は制限付き、裏を返せばそのような市販品も機能以上の性能を発揮させられる例もある……頭の片隅にでも覚えておいてくれ」


「──それで、話を最初に戻すけどさ。これにどんな意図があるの? ジュリアスはこれを使って何をさせたい訳なの?」


 ゴートが尋ねる。ジュリアスは答える。


「……ぼちぼち次の段階に進もうかと思ってな。これは補助器具を使って魔力を発現させる訓練だよ。自身の魔力で彼女が今見せてくれたように、指輪に光を点灯させるのさ。これを意識して出来たなら、いよいよお前たちは魔術師としての第一歩を踏み出せたことになる」


「たったそれだけなのに……?」

「それ、市販の魔石とかで火をけたりするのと大差ない気がするんですが……」


(やっぱりそう思いますよね)


 部外者なので口をはさむつもりはないが、マールも心中で賛同していた。

 しかし、ジュリアスはそんな弟子二人に対して明るく笑って返す。


「……そう。たったそれだけだ。だがそのたったそれだけが大事なんだよ。俺はね、01。市販の魔石やら何やらはいきなり5だか10だかの結果はくれる。だがそれだけだ。試行錯誤の伴わない結果は遠からず術者を袋小路に誘い込んでしまうだろう。近道のつもりがづまって遠回り、なんてのは本末転倒もいいところだ」


 ジュリアスは続ける。


「例えば0から1、1から段階を踏んで5と成長した者は、自ずとその力の使い方にも幅が出来る。ひるがえって5と10、とんで35とか50とかいびつな出力が出来るように成長してしまった魔術師も世間にはいるし、なんならやる事が派手な分、そちらが評価されることがあるかもしれない。だが、それでも俺はお前らにはそんな幅の狭い魔術師にはなってほしくはないし、そうならないよう注意するつもりだ」


 ──最後に、このようにくくってジュリアスは話を切った。


「そういった意味で、最初の一歩こそ肝心なんだ。魔術とは何かと問う前に魔力とは何か、それを正しく理解しなければならない。かつて、魔術師の始祖以前に伝道師と呼ばれる二人の男女がいた。二人が弟子に見せた奇跡は現代の基準から言えば取るに足らないものだが、だからといって二人の存在を決して軽んじてはならない。正しく原点を知るということは、己を形作るうえで最も大切なことなのさ」




*****


<続く>



※捕捉:「市販の魔石について」

「(魔石の動力源ですが市販品は魔力よりも使用者の活力を変換して発動するものが多いです。実はね。実は)」


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