第4話「そろそろ昼ご飯にしよう」


 世界の主要な都市、それも王都の街路となれば当然、整備されており、街路樹など一部の緑ある場所を除いては石畳になっているところがほとんどである。


 一行は目的地の近くまでやってくると、少し離れた所から敷地の方を眺めていた。

 街路の反対側、門扉もんぴのないへいの先は土と芝生しばふの広場となっており、中央には石像を中心にした石造りの人工的な泉が造成されている。神殿はその奥に建てられていた。


 ──海の神、ネヴィラの神殿である。


 今も泉の周辺には数人の信徒が集まり、彼らを前にした若い神官の説法は道の方にまで届いてきていた。まずは酒との付き合い方について話している。どうも、説法は始まったばかりのようだ。


「どうやら、取り込み中らしいな……邪魔するのもなんだし、神殿に行くのはやめておこうか」


 ……ジュリアスの意見に反対はなく、それから昼も近い事もあって何処かで食事をしようという算段になった。


 とりあえず、目についた中で一番大きな店構えの料理屋に入る事にする。

 余裕をもって座れて、なんなら話し込んでも他の客や店員の邪魔にならないところがいい──そういう条件にかなった店だ。


 そうして選んだ料理店はまだ昼時ではないにせよ、店内のほとんどが空席で場所は選び放題だった。四人は壁際のなるべく隅の方にある座席を指定し、外套マントやらを脱ぎながら銘々めいめいに着席して、まずは一息つく。


「各自、遠慮せずに好きな物を頼んでくれ。昼食に使う雑費くらいはあるから」


 それから店員を呼び出し、各々が料理や飲み物を適当に注文する。

 初見の店故に味は分からず値付けも少々強気の設定だが、これも席料込みと思えば多少長居ながいしても良心は痛まない。


「……しかし、神官の人も毎日毎日よく話すネタが尽きないですよねぇ」


 料理を待つ間、ディディーがさっきの事を思い返して何の気なしに呟く。


「ああいうのはむしろ同じ話しかしてないだろう。説法と言うか教義を言い聞かせているんだから……」


「そういう教義って、誰が考えてるんですかね? 言い伝え? それとも偉い人から直々に教えられたり?」


「定期的に集会して討論して意見のすり合わせみたいなのはしてるんじゃないか? そうやって時流に合わせながら話し聞かせていると思うが」


 料理の前に運ばれてきた陶器カップの水を少し飲みながら、ジュリアスは答える。


「集会、か……ジュリアスは神様っていると思う?」

「なんだよ、唐突に」


 ゴートの突拍子のない質問にジュリアスは思わず眉をひそめる。


「神官の話が出たからさ。やっぱり神官になる人は神様の幻とか声を見たり聞いたりしたのかな、って。で、ジュリアスはそういう話をどう思ってるのかと──」


「あぁ、神官の体験談が俺から見て虚言かどうかって話か? ま、人によって誇張はあるだろうけど……」


 一旦、言葉を区切って。少し勿体もったいぶって断言した。


「──おおむね、真実じゃないかね」

「そうなの?」


 ゴートはその返答に素直に納得できなかったのか、疑う言葉がつい口をいて出てしまった。


「……それじゃ、『天啓てんけい』という言葉を聞いた事があるか?」


「天啓?」

「なんか、聞いただけなら」


 二人は意味までは知らない。そこで、ジュリアスは彼女の方に視線をやった。


「ええと……一般には神様が声や想念などで人に手解てほどきすること、ですよね? 奇跡であるとか、技術であるとか」


「正解。それは何も奇跡や技術に限ったことではなく、自らの内なる疑問に対しても時には答えが返ってくるという。無神論者とかはそこを都合の良いように解釈して、『ならば人の内にこそ神はんでいるだろう』とかのたまうけどな。人の数だけ神は存在する、とかさ。つまり、ちまたに布教されている神々は実は全て誰かの創作──偽物だと言う風に。先の天啓についてもやれ才能の開花だ、個人のひらめきだなんて言ったりしてさ」


「それもちょっと乱暴な話だなぁ……」


 ゴートはそう言って、水を一口含む。


「確かに表立っては傲岸ごうがん不遜ふそんな暴論だけど、学者の中には消極的ながら賛同している者も意外にいるらしいんだよ。……なんていうか、いつまでも神様の庇護下ひごかにあってひとち出来ないのははじだ、とかね」


「神々との関係を親と子の関係と錯誤さくごする人はいますね……距離感をつかめないのは私も分かるんですが。それから神代じんだいの頃から現在いままで、主と人の関係はしゅうつわのまま変わらず不変である、というのが一般の人にはあまり浸透しんとうしてないとも聞きました」


「人が自由になりすぎたきらいはあるかな。ちょっとうぬれがぎるかもしれない。自立といえば、聞こえはいいんだけどねぇ……」


「そうですね……」

「人は昔から神様に導かれてきたってのになぁ……」


「……ジュリアス、質問があるんだけど」

「うん?」


 すると、会話の切れ目にゴートが口を挟んできた。


「実際の話、具体的に人間に授けられた天啓ってどんなのがあるの?」


「まぁ、魔術や奇跡のたぐいは割愛するとして……先進的な技術、代表的なのは衣服の紡績ぼうせきとか紙とか製紙産業とかじゃないかね? 無論、それだけじゃなく他にも生活の知恵とか、例えば海の神様なら泳ぎや海に関しての諸注意、水難事故からの救護知識なんかも教えたりするんじゃないか?」


「へー、神様が……ですか?」


 今度はディディーが意外そうな顔で聞き返す。


「勿論、これは俺の勝手な憶測おくそくだがね。けど、神官の説法だっていつもいつも教義の話だけじゃないはずだ。教訓とかもあるだろ? そういうのの大本が実は天啓によるものだった──というのも、俺はと思うけどな」


「あぁ……そうかもしれないっすね」


 納得したのか、ディディーはそう言って引き下がる。

 少しの沈黙の後──

 

「──そういえば海で思い出したが、王都まちの中から直接行ける砂浜ってないよな?」


 ぼそり、とジュリアスが呟く。


「砂浜ですか? 王都まちつながって行けるような浜はないですねぇ。海水浴したいなら王都の西側、郊外こうがいに整備された浜がありますけど」


 王都を西から出て少し歩くと最初の十字路に看板で案内されている。

 夏場などは結構な人手があるらしい。


「……ちなみに王都の東側は塩田えんでんになってるし、その先はダイン川の河口かこうに近いんで遊泳禁止ですね。冗談抜きにおぼれて死にます。あと河口付近は釣りも禁止。ちなみに街に引き入れてる東(地区)の支流も駄目です。下水と混じっちゃってるんで」


「そりゃ街の方は日に二回の浄水(の奇跡)じゃ間に合わんよな」


 ──王都スフリンクでは昼と夜の二回、神殿を中心に王都全体へ魔力が放射され、下水道を浄化、浄水している。※(スフリンクが特別なのではなく神殿がある町なら

何処もやっている)


「……けど、河口が駄目なのは意外だな」


「俺も親父から聞いただけなんで詳しい経緯いきさつは知らないんですけどね。なんか昔にらしいです」


「色々か」

「色々っすねぇ……」



 そこは本当に面倒なことがあったんだろうな、という事情が言葉に込められている感じがした。……なので、ジュリアスもそれ以上は聞かない。


 それにしても、頼んだ料理はまだ来そうになかった。

 ある程度、まとめて作ってから運んでくるつもりだろうか……?


「……この際だから言うけど、前々から合点がいかないことがあってな」

「なんすか?」


「いや、この国の交通事情なんだが……妙にじゃないか?」

「──というと?」


かゆい所に手が届かない、と言うかな。浜の件もそうなんだが、一番はあの街道だ。あれが一番、よく分からん。あのじゃない、えーと──」


だまりの街道かいどう


 ゴートが正式な名称を教える。


「それだ。あれ、なんで絶妙に使いづらいとこに通したんだ? 王都から半日以上もずれたところにある立派な街道ってなんだよ?」


「分かんないよ」

「うん、分からん」


「……座学で教わってないのか?」


「あれはスフリンクとラフーロとギアリングが三国同盟を締結したあと、、と当時の国王が陣頭指揮をって国内を横断する立派な街道として新たに整備しただけだよ。西と東の国を関門無しで直通させた街道は当時でも前代未聞だったけど……まぁ、それだけだね」


「あ。あの街道、ああ見えてなんすよ?」


「だからなんだ。王都だけならいざ知らず、他の街や集落からも離れてよ……せめて要所に魔道駅くらいは作って使い易くしてくれよ、というのが現在いまの話だぜ? 戦時じゃなく、今の話だ。輸送やら配達やらに満足に使えない始末で──なんというか国民の方から利便性に関して陳情ちんじょうと言うか突き上げはしていないのか?」


「してないね」

「ないっすね」


「……まぁ、しょうがないんじゃないでしょうか」


 マールが代わりに苦笑いしながら答える。



 ──その時、店員が盆に料理を載せてこちらに来るのが見えた。

 おしゃべりは一旦、ここまでのようだ。



*****


<続く>

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