第3話「海の向こうの話を少し」


 ……一行は南区の波止場から引き返し、道順を逆に辿たどって再び大通りに合流すると中央区を目指して北に歩いた。


 そして南区から中央区に入り、最初の交差点を東に折れて道なりに進むと──


「あのへいの向こうにあるのがスフリンクの王城だ。この王都まちの建物の中じゃ大きい方だけど、ギアリングの王城とは色々な意味で比べものにならないな」


 歩きながら、ジュリアスが正直な感想を述べる。

 ──ジュリアス達は昨年に東の隣国ギアリングを訪れ、当地の王城をこの目で見ていた。


 長大で堅牢な城壁に囲われた広大な敷地内には数々の研究棟に宿舎、兵舎や厩舎等の軍事施設に植物園などがあり、決して大仰おおぎょうな表現ではなく一つの地区そのものが「城」といっても過言ではなかった。


 こちらより文化的に進んだ西の隣国ラフーロでさえ、水濠すいごうに城壁など「王城」であるという格式は重んじていたのに。このように町の一角に溶け込むように小ぢんまりとした城があるのは世界でも珍しい実例だった。


「……正直、貴族や豪商の屋敷よりは大きいけど、ってだけだもんなぁ。二階建てで特に新しくもないし」


「なんというか、その辺はだよね。王城の増築とかよりも一隻でも多く船を造ったり、改修したりする方を選びがちだよね。国としては」


「実際、そっちの方が死活問題だもんなぁ……南方航路の安心・安全・安定はウチの義務みたいなもんでしょ」


「南方航路は閂の国スフリンクから南の大陸まで片道一週間弱でしたっけ。南の大陸に近付くと海賊も出没するとか」


「いるよ。普通にいる」


 マールの疑問に対してディディーは真顔で答える。

 ……残念ながらディディーの言う通り、現在も南方航路には海賊が跋扈ばっこしている。


 大陸間の最短航路はスフリンク国籍の軍船が巡回しているのだがそれでも十分とはがたく──その上、南の大陸にある一部の港湾都市や港町は海賊をかくまっているとの黒い噂も絶えない。


 一応、裏の事情は分からないものの表向きは何処の町も都市も海賊には非協力的な宣言を出している。それにも関わらず、いまいち信用されない理由。それは──


「南の大陸には世界で最も発展した暗黒の市場、〝混沌の市場カオス・マーケット〟があるからな……」


 ジュリアスが付け加えた。


 混沌の市場カオス・マーケット──

 それはこの大陸の南にある〝希望のフロンティア・大陸プレート〟、最新の港湾都市より約一日ほど内陸へ進んだ場所にある大陸最大の繁栄都市<エデン>の中央市場である。


 この自由都市は天秤を象徴とし、美徳も悪徳もどちらかに偏ることなく常に水平に釣り合う。交渉も売買も対等・等価が絶対の原則。禁則のない自由。取引の不成立はあっても取引の禁止は許さない。


 例えどのようなものであっても市場は平等に受け入れ、取り扱うのだ……


「合法、非合法を問わず。有形、無形を問わず。あらゆるものが取り引きされる……禁忌はなく、貧富もなく、老若男女如何いかなるものも差別されず。取引の成立をって望みのものを手に入れられる唯一公平な場所。それが〝楽園エデン市場マーケット〟だ」


「でも、その実態は……」


 マールが言葉を濁す。ゴートとディディーの二人も真実に近い噂を知っている。


「……そう。例え御禁制の品々や人身売買であってもなんらとがめられる事なく取引は成立し、取り締まるつもりもない。エデンでの犯罪行為は許さないくせにそこに持ち込まれるまでの犯罪行為には一切関知しない。そんな不誠実な態度に不快感を示して南の大陸のものは全く取り扱わない商人もいるくらいだからな」


「そこらが〝混沌の市場カオス・マーケット〟と呼ばれる原因すよねぇ……」

「……〝楽園エデン市場マーケット〟と呼ばれずに、ね」


「そうだな。ま、この目で見て体感した訳じゃないから、これ以上の言及は避けるが。さて、と……」


 そうこうしているうちに一行は王城の正門前、道を挟んだところで立ち止まった。

 正門は開かれており、王城に続く道は馬車が優に通れるほどの幅がある。

 正門のそば、左右には衛兵が立ち、その内側には詰所つめしょも見えていた。


 ジュリアスは様子をうかがいながら、皆に尋ねる。


「どうするかね? 特にコネがある訳ではないが、城内の見学を頼んでみるかい?」

「……そんなこと出来るの?」


 ゴートが真っ当な疑問をぶつける。


「そこはやりようかな。この紹介状と彼女の宮廷魔術師の弟子という肩書き、あとは俺の悪名が現時点でどの程度通用するか……って、ところか。彼女の身分証明はこの紹介状※(冒険者アドベンチャラー協会ギルド)がしてくれるから、門前払いはないと思うんだよね」


「言ってみれば他国の親善大使のようなもの、だもんね」


「その通り。下手をすれば、国際問題になると邪推じゃすいするだろうし。そこに付け込んで城内のたりさわりのない場所の見学を申し入れれば、おそらく受け入れられるんじゃないかね?」


「……城に入るなんて、10歳の頃に見学したきりですよ、俺」

「いや、俺達は入らねぇよ!? 見学するのはあくまで彼女だけだ、俺達は終わるまで此処で待つだけ──」


「いや、一緒に来てくれないんですか!?」


 今度はマールが彼に向かって叫んだ。


「いやいや、一緒に行く訳にはいかないでしょ。先にも言ったように俺達にはコネがない。ここで変に出しゃばると話がこじれる可能性もあるんだよ。だからね、今回は衛兵の人らに案内してもらって──」


「あ、じゃ、いいです! 今回は!」


「……そうかい? あまり乗り気じゃないならこっちも無理強むりじいはしないけど──」


 彼女の剣幕というか拒否反応を考慮して、ジュリアスも提案を引っ込めた。


「いや、よく見て下さいよ……こんな小娘丸出しの恰好で一人でおしろの見学になんか行ける訳ないじゃないですか……」


 確かに言われてみれば──

 彼女の服装というか、防寒具代わりの雨合羽レインコートは一人では奇異きいに映るかもしれない。

 ジュリアスらと一緒なら、それもまぎれて浮いて見える事はないだろうが……


「じゃ、その外套マントが問題なら俺達で預かっておくが──」

「一緒ですよ……今日は魔術師としての正装ではないので……恥ずかしいので、辞退させて下さい……」


「分かった、分かったよ。そういう事なら今回は見送ろう。じゃ、あとは──」


 気を取り直し、ジュリアスはディディーの方を見て意見を待つ。


「うーん……他に、ですか? じゃ、海の神殿とか……?」


 ディディーが提案した海の神殿、とは──主にスフリンクの船乗りたちに伝統的に信仰されている海の神、ネヴィラの神殿である。


 ギアリングではあまり信仰されない為、観光にはなるかもしれないが……


「宗教施設だしなぁ……」


 ジュリアスは難色を示す。


「行くだけ行って、眺めてみる? ここからそう遠くないし」

「……そうするかい?」


 ゴートの意見に耳を傾けつつ、最終判断は彼女に委ねる。


「そうですね。それじゃ、お願いします」


 行き当たりばったりだが、次の目的地は決まった。




*****


<続く>

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