第2話「健全な精神は健全な肉体に宿る」

 スフリンク・南区──


 ……中央区から大通りを南下し続けるとやがては港の大型貨物船、その船着き場にたどり着く。


 そこから東に歩けば街に引き込んだダイン川の支流、河口部に突き当たるのだが、付近にはゴミの焼却を目的とした焼却炉と関連施設が、岸壁には灯台が建っている。

 焼却炉は複数が輪番を組んで常時稼働しており、角灯ランタンなどを持ち込めば無料で火種を分けて貰える。


 しかし、東側に全く用はない。なので、今回はそちらは無視する。


 一行はディディーの案内で、さらに近道する為に裏道へと入り──倉庫街の隙間、太い麺を出汁だしと共に陶器の器で提供する小さな屋台や狭っ苦しい立ち飲み屋が居並ぶ船乗りたちの連絡通路──俗にいう「喧嘩けんかどおり」を抜けて波止場までやってきた。


「うわぁ、風が強いですねぇ……!」


 海風に帽子がさらわれないよう手で押さえながら、マールが声を弾ませた。

 三人は宣言通り、まずは南区の港から案内している。


 ──順路は西寄りで始まり、さらに西へ進む。


 その前に東の岸をちらりと見れば、現在も灰を載せて沖合に運ぶ運搬船や貨物船が数隻運行しており、中には積み込みなど荷役中の船も当然あった。


 さて、彼らの近場には朝方の漁を終えたのだろう小舟や小型の漁師船がなわ綱等つななどで岸壁と係留けいりゅうされていた。他、桟橋さんばしの方にも船は幾つか並んでいる。


 それらを眺めるように歩いてゆけば、大掛かりな土木工事によって埋め立てられ、造成された第二の大桟橋があり、そこには自国や他国の船籍が入り混じった南方との交易船や連絡船が数隻停泊していた。


 南方航路は比較的穏やかな波と言われているが、それでも外洋を越えてくるのだ。

 必然的にその辺りの漁師船などは子ども扱い出来るほど大きさに差があり、造りも強靭になっている。


 海の方を見遣れば、今日も遠くに島影が見えていた。

 それはスワロー島と呼ばれる島で兵役中の夏季合宿はあの島で行われる。


 ──尚も足を止めずに進んでいけば、造船所を含む工業地区に差し掛かるのだが、その行く手をさえぎるように衝立ついたてが等間隔で置かれていた。


 そしてその先に見えるものが今回、案内する観光の目玉──

 関係者以外立入禁止とされた場所の奥に停泊しているは、見るものを圧倒する雄大さと強大さ、美しさを誇っていた。


 それこそが──


「えー。あちらに見えますのが、世界最大級の帆船──我がスフリンク王国の至宝にして象徴、〝海上を睥睨するものシーキング・ウォーキング〟号です」


「あれ、実は海の王──王様キングって意味らしいな」

「うん、その意味合いも含まれてるね。第一には戦っても負けない、必ず勝つという想いを込めての命名らしいけど」


「特に隠してはないすよ? そもそもがスフリンク国籍覇王キング級1番艦ですし」


「すごい……あの帆船ふね、すごいですね……」


 ──一行は衝立のそばでかなり遠くに停泊している帆船を眺めているに過ぎないが、それでもマールは一目で圧倒されて小さく呟いたのみだった。


 スフリンク出身の二人は世界でも1、2を争うだろう巨大で優美な帆船そのものに対して感銘を受けたのだと思っていたが、実はそれだけではない。


「あの帆船ふね──は、とても強い力を持っています……ここからでも身震いするほど」


「そうだな。ここにいる二人はなんとも思ってないが、それも無理はない。何故ならあれこそはスフリンク国民の羨望せんぼうまとあるいは希望……信仰対象の御神体ごしんたいだからな」


「御神体?」

「それらしいのは船首像くらいですかね? でも──」


「違うよ。一部じゃない。帆船ふね


 そう言われても、二人にはいまいちよく分からない。

 確かに強く美しく国民の誇りでもある帆船だが、船は船に過ぎない。


「信仰対象、と言っただろう? あれはね、国中から祈りと願いを集めているのさ。一人の一人の力は小さくとも寄り集まれば強大となる。海上で出くわそうものなら、誰もが進路を譲るんじゃないかね? 命知らずの馬鹿でも怖気おじけづこうってもんだ」


「祈りと願い……」

「そう言われても、なぁ……」


 二人には未だにピンとこないし、釈然としない。


「俺は流れ者で、彼女は言ってみれば余所よそものだ。しかし、お前ら二人はれっきとした庇護ひご対象だからな。ようするに俺達には、魔孔まこう瘴気しょうきみたいなものが感じられているって話だよ」


「あー……」

「それなら、まぁ……」


 なんとなくは理解出来る。あくまでなんとなくだが、ゴート達は納得した様子だ。


「しかしなんというか……ちょうど入れ違いというか、観光に訪れるには少し時期が悪かったかな? 年始には甲板に上がって見学出来たんだろ?」


「そうだね。といっても、すごい人だかりだろうし、人数制限もあるだろうけどね」


「まぁ、すごいっすよ。普段は滅多に見れない覇王キング級の1番艦と女王クイーン級の三隻全てが揃い踏みですからね。それが間近で、しかも一部とはいえ乗り込んで見学まで出来るんですから。そりゃ人手はすごいっすよ」


「……ディディーは実際に見学したことあるのか?」

「ええ、一回だけ。でも、人混みがね……もう遠くから眺めるだけでいいや、って」


「空でも飛べれば無縁だろうけどね」

「……まぁ、空の飛び方はそのうち教えるよ。そのうち、な」


 魔法の国ミスティアで流行っているらしい空の飛び方は道具──長杖スタッフ棒杖ロッドを使うものだ。

 実際に教えてやりたくとも今は物がない……というより、道具を買う金が無い。


(倹約って柄でもないし、とっとと稼がないとなぁ……)


 ジュリアスがそんな風に思っていると、興味を持ったマールが食いついてきた。


「空を飛ぶ……?」


「うん? ……ああ、そうだよ。魔法の国ミスティアではね、移動用に延長杖ロングスタッフなんて取り回しの悪い物をわざわざ持ち出して、念動の魔法で空を飛ぶんだとさ。先生も教え子も関係なくね。そういう流行はやりなんだと」


「へぇ、そうなんですか……本場の人はあまりじゃないんですね」

「健康……?」


 予想だにしない言葉に、ジュリアスから思わず間の抜けた声が出る。


「うちのおばあちゃんが言ってました、60過ぎても歩ける人間になれ、と。若いうちは走り回れ、歩き回る習慣を身に着けろ。それが長生きの秘訣ひけつだって」


「……なかなか含蓄がんちくのある言葉だね」


「でしょう? それに健康的な生活は魔術師にとっても無縁ではいけないんですよ。知的好奇心は冒険によって育まれますが、それをすにも第一には健康であらねば。すこやかな精神が新たな発想を生むのだと」


「まぁ、そうだね……」


「よく寝て、よく遊ぶ事は悪い事じゃないんですよ」

「だろうねぇ……」


 ジュリアスは苦笑する。


「いやぁ、冗談はさておき。寝つきが悪いと愚痴ってる同輩はほぼ毎日が宿舎と城の短い距離を歩くだけなんで。私みたいに行き帰りに30分くらいかけて歩いたなら、かなり変わると思うんですよねぇ……」


 そう言って友達の顔でも浮かんだのか、マールはため息をいた。


「まぁ、毎日少しでも体を動かすと気分も違ってくるよな。……それじゃ見るものは見たし、ぼちぼち行こうか。


 ジュリアスは無難に会話を打ち切ると、移動を提案した。

 かくして一行は南区から引き返し、再び中央区に戻る──




*****


<続く>




※「"海上を睥睨するものシーキング・ウォーキング"号」


「(海の王+戦の王。それに単語の『見つける』と『歩く』。この4つを組み合わせて最終的に『海上を睥睨へいげいするもの』という名にしました。海上戦、特に防衛戦では実際に無敵。クエスト中に敵として出くわしたなら、自動的失敗ファンブルという滅茶苦茶な設定をもたせています。条件次第では怪物も伝説的なドラゴンも神の手先すら不覚をとります。条件さえ整えば、)」


「(ちなみに『シーキング・ウォーキング』って名前は最初、自分はダサいと思ってたんですが、時間が経つとこれはこれでいいなと思うようになりました。いや、別に気に入ったから性能を盛った訳ではないんですけどね)」


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