・「なかやすみ」編

第1話「お金がない」


 ……金がない。


 「後悔先に立たず」とはよく言ったものだが、やっちまったものは仕方ない。

 裕福に年末年始を過ごし、年明け二週目にして早くもふところには寒波かんぱがやってきた。


 だが、案ずる事は無い。昨日には帰省していたゴートも戻ってきた。

 土産みやげに実家の売り物だと言う数日分の保存食ビスケット※(堅パン)も貰ったし、慌てる必要はないのだ。


「……情けは人の為ならず、とはよく言ったもんだ。恩と言うのは売れる時に売っておくものだとつくづく思い知らされるな」


 感謝をして今日の一枚、細かくちぎった保存食ビスケットの最後の一片いっぺんを口に放り込むと、長々と咀嚼そしゃくして水で流し込む。


 では、人心地ひとごこち着いたところでぼちぼち出かけるとしよう。

 今年初めての冒険者アドベンチャラー協会ギルドもうでである──




*「(なかやすみ)」




 ──数日後。王都スフリンクの大通り、環状交差点。天候は冬晴れ。

 交差点の中央に建つ初代王の銅像を眺められる場所で彼らは待ち合わせていた。


 黒い外套マント羽織はおった魔術師のジュリアス。仲間のゴートとディディー。

 二人は厚着だが、今回は冒険に出る訳ではないので普段着の範疇はんちゅうである。


 こうして待っていれば、直に向こうからやってくるだろう。

 その間、ジュリアスは冒険者協会の協会職員、アチカとの会話を回想した──




*****


『差出人の名前に覚えはあるが筆跡まで知ってる訳じゃないからなぁ……これが本物であるとして、だ』


『……引き受けるんですか?』


『手紙の内容は彼女の名前と略歴──そして、後学の為にと俺を案内人ガイドに指定しての王都まち案内の依頼だけだ』


『相手は宮廷魔術師の弟子……何か意図があるんでしょうか?』


『さぁね。それは会ってみない事にはなんとも、ね。若干16歳の俊英しゅんえいか……』

『……引き受けるんですか?』


『そうだな、引き受けよう……しかし、問題は制度上仕方ないとはいえ年端のいかぬ若いから金を貰うのはいささってことだ』


『でしたら、今回は紹介料という形にしましょうか。徴収はむをないものとして先方には最低限をお支払い頂いて。不足分は協会で補填しましょう。依頼料は銀貨、計50枚。……如何です?』


『一人頭を等分したいから計60枚で──と、言いたいところだが身銭を切られちゃ仕方ないな。それで請け負おう。だけど、補填するなんて話、には通るのかい? これじゃ協会の丸損まるぞんだろう?』


『短期では損をしても長い目で見れば得をする場合もありますよ。……でも、確実に通るかは分かりませんね。そこはの機嫌次第かな』


『じゃ、の機嫌がいい事を祈ろうか』


*****




 ──回想から戻る。一人の少女が真っ直ぐこちらを目指してやってくる。

 ジュリアスの黒い外套マントはいい目印になったろう。


「ごめんなさい、お待たせしましたか!?」


 開口一番、おわびの言葉と頭の帽子を押さえながら彼女は頭を下げた。


 ふわふわとした小さめの丸いバスク・帽子ベレーを斜めに被り、身体は外套マントで隠している。

 その外套マントは一般に知られているものより非常に簡素に作られており、中央に穴だけいて頭を通す形の──がらは彼女の好みだろうか、暖色系の模様もようをしていた。


「いや、気にしなさんな。俺達も今来たようなもんだから。で、君がハール・マール=フィリジアンさんで間違いないかな? 紹介状はあるかい?」


「あ、はい! 今、見せます!」


 彼女はそう言って外套マントの下でもぞもぞと手を動かし、何かを探る仕草を見せる。

 ……ジュリアスはその様子を見守りながら、


「しかし、なんだな……なかなか見ない形の外套マントだな、それは」

「……あ、これですか? 実は羊毛のレイン・雨合羽コートなんです。今日はちょっと寒いんで着て来ちゃいました」


「そうなのか……思いもよらない突飛とっぴな発想だな。それが、って事なのかもしれんが。それじゃ今の内に紹介しよう。仲間のゴートとディディーだ。俺と違ってこの二人は本物のスフリンクの国民で、特にディディーはこの王都まちで育っている。案内人ガイドには持って来いだ」


「ディディーです。よろしくお願いします」

「ゴートです」


「あ、よろしくお願いします。私はです。ギアリングで魔術師の弟子をやってます。お二人はジュリアス師のお弟子さんなんですよね?」


「まぁ、一応……」(じゃないんだ……)


「私も宮廷魔術師、ノーラ=バストンの弟子なんですよ。同じ立場の者同士、仲良くしましょう!」


「ああ、こちらこそ──」


「片や宮廷魔術師、片や野良の流れ者では師の格が違いすぎるがね」


「そんなことは──あ、これ。紹介状です……」


 彼女から紹介状を受け取り、文面を確認する。

 冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の本物の紹介状である。


「確かに。これはこのまま俺が預かろう。さて、と……それじゃ、まずは何から案内したものかね……?」


 ジュリアスはこの中では一番、王都の内情に詳しいだろうディディーに話を振り、意見を待った。


「ああ、えっと……西も東も買い物通りはあるけど中央と大差ないし、北は特に何も無し。消去法で南の港か王城くらいじゃないですかね、観光名所と言えるものは……それに今更、あんな銅像みたいなのを見ても、ねぇ?」


 そう言って、ディディーは苦笑する。

 視線の先には環状交差点の真ん中に建っている銅像があった。


「となると……城か船か、どっちが先がいいかね?」


「うーん、一番の見所は船なんで後回しにしたいけど順路的に港から見て回った方が効率いいかもなぁ……」


「んじゃ、そうするか」

「……船舶ふね、ですか?」


 マールが小首を傾げる。


「そう。船だよ。しかし、一見の価値はある」




*****



<続く>

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