#2.「閑話休題・ゆく年、くる年」


 ──12月。年の終わりも迫ったある日の夕刻。

 ジュリアスがゴートとディディーの二人を晩飯に誘った。


 何という事はない。彼はただ、誰かに愚痴りたかったのだ。

 その口実とつまらない話を聞かせる詫びに、少し豪勢な飯を奢る。

 言ってみればそれだけの、ただ面倒くさい仕草である。


「……そういう訳でな、冷凍倉庫で働く人員が少ないってんで助っ人に駆り出されたんだよ」


「あぁ、出稼ぎで来てる人もぼちぼち引き上げ始める頃合いですか」


「そうそう。12月も20日を過ぎると人手が足りなくなるらしくてさ。手伝ったのは週末の二日間だけだったけど。初めてだよ、『なんで俺、こんな所でこんな事やってんだろうな?』……って、自分の人生に疑問をもったの」


 ジュリアスは中程まで飲んでいた麦酒エールを飲み干し、近くにいた店の女性に代わりをもう一杯頼む。……今、彼らが訪れている料理店はいつもの店ではなく、その働き先で聞いた──南地区の大通りに面した、評判の良い店だった。


 ジュリアス自身、酒はあまり得意ではなかったが、ここで提供された麦酒エール薬草ハーブを厳選して醸造じょうぞうされた、"西の隣国"ラフーロ産ので──割高わりだかだがその分、飲み易く、それに加えて主菜メインの前の小皿も他所よそより味が濃く、酒も進みやすかった。


「……そんなにきつい作業だったの、倉庫内作業って?」

「そんなことないでしょ。きついといえばきついけど単純作業のはず……倉庫の中に魚やら運び入れたり、外へ出荷したりする──」


「うん、そうだな。外より何倍も寒い中で木箱パレットを運び入れたり、そこから出したり。あとは倉庫内で作業しやすいように適時整理したりとかもしたな。局所的には重労働だったりもするけど基本的に倉庫内は三人以上で作業するから、そこまできついって訳でもなかった──が、」


「……なんかあったんですか?」


 飲酒の効果か、顔が赤くなったディディーが話に乗ってくる。

 ちなみにであるがこの国で15~6歳からの飲酒は普通の事であり、特にとがめられる事もない。※(現時点で二人は18歳)


「いやぁ、特に何もなかった。何もなかったから、つらかった。あと、魔法が大して役に立たなかった。俺がいるから著しく能率が上がるでもなく、人手も足りてるから忙しいほどでもなく……」


「……どういうこと? 人手不足だから助っ人に駆り出されたんじゃないの?」


 ちびちびと一杯目の麦酒エールを減らしながら、ゴートが疑問を口にする。


「あ、ゴートは分かんないか……冷凍倉庫の作業は危険だから絶対に一人で入ってはいけないし、滞在時間も厳格に決められてるんだよ。砂時計渡されてそれを表と中の所定の場所に置いて『砂が落ちきる前に倉庫から出てきて下さい』って言われるの。で、。これが義務付けられてる。これを交代制でやるから単純に頭数がいるわけ」


「そう。で、俺が魔術師で色々と魔法でなんとか出来るって言っても、決まりだから関係ねぇんだよ。例え付与魔法で冷気を遮断しようが労働時間は厳守。念動の魔法も見てる側からすりゃ、危なっかしくてしょうがないんだと……俺が魔法でヘマなんてするわけないってのによ……」


「破ると罰則だからね、そのへんはしょうがないっすよ」


 ディディーがジュリアスをなぐさめている。

 ──その間、ゴートは酒杯を掴んだまま、あらためて店内を見回していた。


 ……これまで再三再四、「南地区の盛り場は気を付けろ」と兵役時代から今日こんにちまでおどかされてきたのだが、見る限りでの客層は普段利用している中央区などとそこまで変わらないように思われる。


 噂には尾ひれがつくと言われているが、ここは繁盛店だから例外だろうか?


 確かに港から近い分、袖口や襟元から刺青いれずみが覗く現役の船乗りや揃いの模様柄布バンダナを身に付けた男達は店の外でちょくちょく見かけるが──


「……南地区の酒場と言っても、べつに物騒ってわけじゃないんだね」


 会話が途切れた隙間にぼそり、とゴートが感想を差し込んだ。


「ん? あぁ……まぁ、ね。なんだかんだ北から南を貫く大通りと、その周辺の店は安全だよ。多分ね。時間帯によって危険なのはケンカ通りくらいで──いや。やばいのは南地区の西や東のきわにある隠れ家みたいな店だな。最初から一見いちげんさんお断りの。いかがわしい事するのはまだマシで、なんだろう……まぁ、な店だよ。うん」


「……知る人ぞ知る、ってやつか。よく許されてるな、それ」


「許されてるっていうか……別に公認とか黙認とかって話でも全然ないんだけどさ。結局、半年かそれより早く潰れてるらしいし。短期で借りてのいたちごっこになると、やっぱり追い付かないみたいだよ。ほら、冬場とか決まった時期に他所よそから人も流れてくるし、さ」


「ああ、出稼ぎに紛れたりしてるのか……他にも冒険者装って流れてくる不審者とかいそうだよな。まさしく俺が言えた義理じゃねぇけどよ。で、地元の人間も絡んだり絡まなかったりすると、そりゃ摘発てきはつも容易じゃねぇよなぁ……」


「そうですね。それに船乗りの仲間内でも行きたい奴は勝手に行けって結論になってしまっているし。いや、強引に誘い込もうとしたやからは分かり次第、簀巻すまきにして海に捨てられるけどね」


「……比喩ひゆだよな、それ?」

「昔に比べて船の事故は減ったけど、ね」


「微妙に答えになってない……」


 そうやって酒を少しずつ飲みながら話し込んでいると、ようやくお目当ての料理がやってきた。


 時間がかかったのには、相応の理由がある。

 冬の味覚──そう、蟹鍋かになべである。


 その後、三人は蟹鍋に舌鼓を打ち──

 よほど蟹が気に入ったのか、ジュリアスは他の蟹料理も追加注文し──


 その散財がたたったのか、年が明けた頃に懐の寒さがまたぶり返したのだった。




*****


<続く>




※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません


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