・エピローグ

#1.「意地っ張りのお嬢様」

 

 ──戦闘は終わった。


 魔孔での討伐を終えた一行。まずは息絶えて土の像と化した巨蟹をほじくり返し、戦利品を手に入れようとした。


 手始めに蟹の脚やはさみを探る二人と、手っ取り早く腹からえぐろうとする魔術師。

 エルナはそんな作業加わる気になれず、彼らも無理強いはしなかった。


 半ば解体じみた作業中、三人はほぼ無言であった。

 言葉なく、静かに巨蟹だったものを漁る。そして──


「……魔石のかけらが三つ、中程度の魔石が一つか。まぁまぁだな」


 地面に置かれた戦利品を三人が囲って見下ろしていた。

 拳大の石に爪の大きさほどの無色透明な結晶が数か所生えている原石。


 ──これを便宜上、ジュリアスは「魔石のかけら」と呼んだ。


 この程度の小さな結晶片では魔石としての役割を十全に果たさないが、それはそれとして使い道は色々とある。


「……結局、脚の方には何もなかったね」

「残念だったな。もう少し時間が経った個体なら、見つかったかもしれないな」

「かもね……」


 ゴートは答える。脚を担当していたのはゴートで、鋏がディディーだ。

 三つの魔石のかけらはいずれも鋏から出土している。


「魔石のかけらは俺達が頂くとしてだ……問題は魔石だな。これは流石に相談なしに持っていく訳には──」


「構いませんよ。別に」


 二人の雑談が聞こえていたエルナが、そっけなく言ってきた。

 

「いや、しかし──」

「でしたら、授業料という事にしては如何でしょう? どうぞ、納めて下さいな」

「……授業料?」


「そうです。先程の講釈のお礼、ですわ」


 ジュリアスはゴートやディディーと顔を見合わせ──

 その後、ジュリアスは何とも言えない苦笑いを浮かべながら、


「じゃ、お言葉に甘えて遠慮なく頂こうか。見栄を張るほど裕福でもないしな」


 ……エルナにそう言って、ジュリアスは地面に置いた魔石を拾い上げる。


 こちらも無色透明な拳大の魔石で、一部表面には乾いた泥のような──おそらくは石が、張り付いている。


 これが掘り出しものの原石である証拠だ。この付着物を奇麗に剥がす事が出来れば価値は上がり、しくじって傷物にすれば勿論、価値は暴落する。


「それじゃ、帰るとしますか──」




*「エピローグ」




「……と、言う訳さ」


 ──それから数日後。

 ジュリアスは冒険者アドベンチャラー協会ギルドの個室で、事の顛末てんまつを職員に聞かせていた。


 本日、彼が持ってきた冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票にはきちんとあちらの署名が記載されているし、先日、回収したあちら側の依頼票にも同様に彼の署名があった。確認済みだ。


「しかし、帰りの馬車の中で魔術の授業ですか……律儀と言うか、何というか……」


 協会職員のアチカが少し呆れたように、感想を呟く。


 ジュリアスはの名目で戦利品を譲ってもらった以上、彼女に対して何らかの教えを授けなければ詐欺さぎになると思ったのだ。例え彼女の方にそんな意図はなかったとしても、このまま何もしないで親元に返すのは気分が晴れない。


 仕事的にも人情的にも、双方が納得する形で決着した方がいいに決まっている。


 ──だから、実行した。極めて単純な動機だ。


「貸し借り無しで損も無し、さ」


「それで丸く収まったのなら、こちらから言う事はないですけど……」

「……別段、先方からの苦情はなかったでしょ?」


「そうですね。あちらも満足する仕事ぶりだったと思います。これは結局、依頼人の取り越し苦労だったのかな?」


「接した感じ、ちょっとピリピリしてたかな。けど、素直な子だったよ。頑固な面もあったけど。しかし、思春期の少年少女なんて大体、あんなものだろうね。依頼人の過剰反応とも言えなくもないが、それは仕方ないかな。他者ならともかく、我が子の事となれば正常な判断を失っても理解は出来る。むしろ、人間味があるってもんさ」


 依頼の建前こそ魔物モンスター退治だが主眼は依頼人の娘──エルナの気分転換と言うか、再起である。ジュリアスは目的を違えず、仕事をこなした手ごたえはある。


「あ、魔術といえば……お弟子さんの二人はどうなんです? そろそろ使えるようになりました?」


「いや、まだだね。まだまださ。段階だからね、時間はかかるよ」


「ああ、そうですか……こちらとしては、今すぐにでも人材として欲しいところなんですが……」


 分かり易く声の調子を落として、アチカは残念がる。

 彼女なりの──協会ギルドとしての催促なんだろう。ジュリアスは察する。


何時いつまでには、なんて確約は出来ないがね。良い方向に行ってるよ。今回の依頼も二人にはいい経験になったと思うし。教わる側に違う視点があったのも、いい刺激になったんじゃないかな?」


「そうですか。じゃ、そっちの方は意外と順調だったり?」

「……いや、確約は出来ないと言ったでしょう? 明言は避けるよ」


 ジュリアスは苦笑する。

 しかし、表情や言動は満更ではなさそうな感じで、明るい。


「それじゃ長居するのもなんだし、この辺で──」


「……あの、ジュリアスさん?」

「何かね?」


「──使?」




*****


<続く>


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