第5話「魔孔 ー魔物の発生源ー」


 エルナ=マクダインは少々不満であった。


 ジュリアスという魔術師……この人はまだいい。魔術師を名乗るだけあって言動はさておき、知識は一応、確かなものを持っている。


 問題はあとの二人だ。現状では論外と言っていい。

 確かに武器は持っているが、それだけ。特に光る個性も無く、彼らには何の期待も持てそうにない。


 残酷な物言いをすれば、教室でただ同じ時間を過ごしただけの級友──

 そのようにしか例えられない。勿論、それを口や態度に出したりはしないが……


 ただそれは現在の、第一印象の話だ。これからいい意味で変わるかもしれない。

 ……望み薄とは、分かっていても。


*


 号令をかけた魔術師のジュリアスが集団の先頭に立ち、黒い外套マントひるがえしながら、調子よく進んでいる。


 ゴートとディディーの二人は、その背後を付いて回る。

 そんな彼らから少し距離を取るように、最後尾をエルナが歩いていた。


(いくら隊の監督役リーダーとはいえ、魔術師が先頭──戦士とおぼしき二人が後ろに付き従うというのは、おかしいと思わないのかしら?)


 エルナはいぶかしむ──というより最早、ため息をきたくなる気分だった。

 これから行く場所はのどかな丘や公園ではないし、やる事も遊覧散歩ハイキングではない。


 おそらく、この無意識的な隊形がそのまま普段の力関係を示しているのだろう。


 あの尊大さを隠しきれていない魔術師が大物然としたまま実力を発揮してくれればそれでもいいが、もしもそうではない場合……たちまちにパーティ瓦解がかいして、自分を置いて逃げ出される事も考慮しなければならない。


(まったく、護衛エスコートする立場なのは一体どちらなのやら……)


 魔術師とは常に冷静で最悪の事態に備えていなければならない──エルナは集団で行動する時の心構えとして、そのように教わってきている。彼女にとってこれは初の実戦だったが、これはこれで嬉しくない貴重な経験が積めそうだった。


(滞りなく仕事を終わらせて、彼らを無事に帰還させること……それが私の魔術師としての初仕事という事にしましょうか)


 そのように思い直し、心の中で嘆息たんそくいた。

 以後、仕事が片付くまで彼女は弱音よわねかないと決めた。


 ──決めたからには、やり通すのだ。エルナ=マクダインはそういう女である。


*


 先頭を闊歩かっぽしていたジュリアスの足が止まった。

 彼の目の前には間近で野焼きでもしているかのような、煙の如き白いもやが行く手をはばんでいる。神の奇跡によって可視化かしかされた瘴気しょうきである。


「ちょっと一旦停止だ。初めての者もいるし、魔孔についてあらためてしておこうと思う。ちなみに、魔孔が浸食を開始するのは夜だ。日中ではない。こうして後ろを振り向いていても活動範囲は広がってこないので、安心するように」


「……物語の約束事みたいな台詞っすね」


「そうだな。だが、創作のように都合よく異常事態は起こらんものだ。現実ってのはそういうもんだからな」


 茶々を入れてきたディディーに対して、ジュリアスはさらりと受け流す。


「では、魔孔に突入する前に把握するべきもの……それは第一に、だ。瘴気は目に見えるが瘴気の色、濃さというものは個々によって一律ではない。安全に近いものは白く薄く、逆に危険性の高い魔孔といえばその瘴気も黒煙こくえん赤炎せきえん、毒々しい赤紫あかむらさきや紫の濃霧のうむのように見える、なんて話も聞くな」


「いわゆる"だい魔孔まこう"と呼ばれてる危険地帯だね。兵役中に座学で習ったよ」


「そうだな。その成り立ちは『大戦の古戦場跡などに開いた複数の魔孔が融合したというか、融合させて一つの大穴にした』とか、『大規模な魔法実験みたいな事をして無理矢理どでかい穴を開けた』とか、色々諸説はあるけども。ともあれ、この大陸で一番危険な場所はその大魔孔で間違いないだろうな」


「……確か、一番危険なやつが真っ黒な色をしたやつなんでしたっけ?」


 ディディーも兵役時の座学で得た、うろ覚えの知識を口にする。


「そう。ただし、その大魔孔は今年の夏の──7月だったかな? 突然、火をくだか爆発しちまって無くなっちまったらしいがな。……戦争当時に開いた世界最初にして最悪の大魔孔。焼失の原因は未だ不明だが、一部じゃ神の怒りだか不興ふきょうったとか言われているな。俺もそんなような気はするが……」


「──でしたら、もっと早い段階で神々は警告していただろうし、これまで野放のばなしにしておくのはおかしいのではないですか?」


 エルナが口を挟む。


「一理ある。だが、今まで静観していたが人々がいつまでたっても認識を改めようとしないから、しびれを切らして実力行使にでた……と、考える事も出来るだろう」


「……神々が、ですか?」

「おや、神の手による世直しには否定的かな?」


「実際、それは思考停止に近いでしょう。神々を持ち出すのは、思考の最終段です。それ以前にあらゆる可能性を疑い、原因を探り当てるのが我々の役目なのでは?」


「ふむ……そいつは実に魔術師らしい考え方、物のとらえ方だな」

「……皮肉ですか?」


 エルナは眉をひそめる。

 しかし、ジュリアスに対立する意思はなく、あくまでさとすように、


「いいや、理知的で合理的な感性は魔術師向きだと俺は思うよ。しかし、その一方で助言するならば、。神様の御言葉みことばを聞いた者や御姿おすがたを見た者も、歴史上には存在する。して無神論者むしんろんしゃにならないよう、君も気を付ける事だ」


「無神論者……? 私はそこまで極端に──いえ、傲慢ごうまんなつもりはありませんが」


「それならそれでいい。謙虚なのはいい事さ。時々何を勘違いしたのか、人の世界は人だけで完結していると思い込む、がいるからな」


 ジュリアスはそう言って笑いかけた。そこに悪意はない笑みだった。

 それを見て、エルナは少し複雑な心境になる。


「……おや、心当たりがあるようで何よりだ」

「そんな事は……」


「それが君の目上めうえの人間でない事を祈ろう」


 そう言って、今度は少し意地悪く笑ったのだった。




*****


<続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る