第4話「実は今は養生期間」

 ──どうやら、エルナ=マクダインというお嬢様は形から入るたちらしい。

 つやのある栗色の髪は邪魔にならぬように後ろで一つに結んでおり、服装は貴族からも魔術師からも遠く、地味な色の作業着に長靴ロングブーツ。いっそ御者の助手と形容する方が近い。


「……つかぬ事をお聞きしますが、あなた方は本当にそのような恰好で今回の仕事が務まると思っているのですか?」


「……? 最低限の武装はしているつもりだけどな」


 魔術師のジュリアスは例外としても、昔と違い、今の二人は冒険者として丸腰ではない。ゴートは長剣ロングソードを帯剣しているし、ディディーも腰の左右に一本ずつ、舶刀カトラスを帯びている。


「……不満かい?」


「──不満ではありませんが、不安はありますね。これから魔物モンスターと命のやり取りをするというのにそのように無防備なていで大丈夫なのですか? 最低限、防具くらいは身に着けてくるべきだと思います」


「正論だな。しかし、今日訪れる魔孔はそれほどに危険な場所なのかね?」


「危険か危険でないかに関わらず、防具は身に着けるべきだと思いますが。もしや、貴方がたはそのような事も分からないのですか?」


「いや、実に耳の痛い正論だ……」


 エルナの皮肉にジュリアスは苦笑する。すると、呆れたように嘆息たんそくかれた。


「……それだけ自分の能力に自信がお有りなのですね。確かに貴方のような魔術師は留学先で何人も見てきましたもの」


「……俺もそいつらと同じだと?」

「そうですね」


 エルナは不躾ぶしつけに、はっきりと言った。ジュリアスの表情から苦笑いが消えない。


「ふふ、そいつは手厳しいな……まぁ、立ち話もなんだ。見たところ、あの馬車は中型セダンだから詰めれば四人くらい乗れるだろう? それとも一人くらいは御者台の方に回ろうか?」


「いいえ。少し狭いですが、四人とも乗れると思いますよ」


「そうかい。……それじゃ、互いの自己紹介はあらためて馬車の中でやるとしよう。ここからでも結構な時間かかるとみたが。どうだい?」


「……分かりました」


 エルナは、そのように答えた。


*


 四人が馬車に乗り込むと御者はまず馬達に水を飲ませる為、村の井戸端で小休止をする。その間、車内がまだ静かなうちに自己紹介を済ませた。到着までに交わされた

会話はそれだけだ、彼女に遠慮したのか、雑談も特にしなかった。


 ──妙に重苦しい空気の中、馬車は村を出発する。

 まずはダイン川に突き当たるまで走らせると、その後は土手の下道を上流へ向かうように北へ進み──景色が田園風景から延々続くような雑木林に変わった頃、速度がゆるみ始めたのが分かった。……目的地の魔孔が近いのだろう、


「おや、意外に早く付きそうだな?」


 ──と、言っている傍から馬車が停車する。村を出発して30分かそこらだろうか。

 御者が扉を開け、「付きましたよ!」と声をかける。


 四人は馬車から降りると体をほぐしながら辺りを見回したり、様子をうかがった。

 片側は土手。これは何処にでも見覚えがあるような何の変哲もない、土を盛られた川の土手である。冬の始めという時節柄、それは枯草かれくさの色をしている。


 もう片側は雑木林である。木々の密度はまちまちで、特に手入れはされていない。

 道のきわだけは草刈りされているようだが──


「それじゃあ、皆さん。わたしゃ此処で待っていますよ。魔孔はほら、このまま道なりに進んでいけば……見えるでしょ?」


 御者が道の先を指差した。彼にうながされて、一同が道の先を見ると……霧のような、煙のような、白いもやが道を塞いでいるように見えた。


「……瘴気しょうきだな」

「へぇ、あれが瘴気かぁ……初めて見た」

「ま、街に住んでりゃ縁のない代物だしな」


「人間が神に与えられた能力の一つですね。瘴気の可視化、それにより魔孔の迅速な発見が可能になる」


 彼らの無知を察したのか、エルナが口を挟んでくる。

 ──典型的な魔術師の仕草だ。


「人類の使命は魔物の撲滅とその発生源たる魔孔の破壊だもんな。だから、如何いかなる強大な魔物モンスターであろうと、戦い続ける事が出来る。そのようにつくられている」


 そんな活きのいい後輩に対して、ジュリアスも魔術師として付け加えた。

 

「……そうですね」


 言葉とは裏腹に面白くなさそうな感情が表情に出ていた。

 賢者由来の腹芸は苦手らしい。そのあたりは年相応、微笑ましい限りだ。


「……何か?」

「──うん?」


 ジュリアスは生返事でとぼける。視線をごまかすように彼女の姿を観察した。

 ……エルナは馬車の中に自分用の武具を用意していた。馬車から降車するまでにはそれらをきちんと身に着けている。


 革製の防具プロテクターと魔石付きの短杖ワンド

 そして、木製だが要所は金属で補強している小楯スモールシールド──


「その短杖ワンド結構良い物だな」


 魔術師が振るう杖には幾つか種類があるが、短杖ワンドは最も短く携帯性に優れている。


 また、短杖ワンドは取り回しやすい事もあって金属製である事も多く、中には実用性より芸術性を重視して華美な装飾をほどこした高級美術品もあった。それらはおもに王侯貴族の献上品として扱われ、極端な例では魔石の他に宝石を散りばめた物も存在した。


「……貴方は素手で戦うのですか?」


「今はね。……しかし、あいつらを見てるとそろそろ自分も何か持ちたいという欲は出てきたかな」


 ゴートとディディーの二人は剣を手にして稽古している訳だが、現状ジュリアスはそれを眺める事しか出来ない。


 ……ぼちぼち物足りなくなってきているのは事実だ。


 棒杖ロッドでもあれば、二人を相手にして稽古も出来るだろう。その段階に進むのも近いと思っている。


「けど、君の流儀スタイルは珍しいな。別に皮肉じゃなくてな。短杖ワンド小楯スモールシールドの取り合わせはどちらかといえば神官だろう? あちらはもっと物々しい棍棒とかだが。……君の師匠筋の影響かね?」


「私に師はいません。これは足手あしでまといにならない為に、自分なりに考えた結果です」


「そいつは殊勝な……いや、いい心がけだな。ということは、その流儀は別に本場の流行はやりって訳じゃないんだな」


 そう言って、冗談めかしてジュリアスは笑いかける。


「流行り、ですか……? 貴方は延長杖ロングスタッフ、というのをご存じですか?」

延長杖ロングスタッフ? 一応、知ってるが……」


 一般に短杖ワンドは短剣から小剣ほどの長さ。棒杖ロッドは腰から胸辺りまでの物が多い。

 長杖スタッフは胸から顔に届くくらいで延長杖ロングスタッフたけ、頭の上を越す長さがある。


「まさか、それが流行ってるのか? あんな取り回しが悪い物を!? だましてないか?」


「そう思うのも無理ないでしょうが、事実ですよ? 魔法の国ミスティアでは先生も教え子も、延長杖ロングスタッフまたがって空を飛ぶのです。どうやら移動手段として使っているうちに主流となったようですね」


「ああ、なるほど……念動の魔法で空を飛ぶのか……延長杖ロングスタッフは長大な分、小さ目な魔石でも複数埋め込めば出力も十分補える。理には適っているかな、あまり実戦向きではないけれど」


 エルナの説明を受けて、ジュリアスも得心は行ったようだ。

 一方、ゴートとディディーの二人は少し前の方で──


「魔孔は何処にあるんだろう……あの瘴気の中の、雑木林にでもあるのかな?」


 先程から目を凝らしながら、ゴートが呟く。


「有り得る。ここらは道だし、あるとすれば林の中が妥当じゃないか? ……けど、多少なりとも人の往来がありそうなところに魔孔があるなんてな──」


「いや、ここらは普段、立ち入り禁止なんよ。元々はね、遊水地ゆうすいちだったんだよ」

「……遊水地?」


 二人の話し声が聞こえていたらしく、御者がそばまで来て説明を始める。


「そう。土手がね、他のところよりも低くしてあるのよ。そうして洪水の時にわざと越水えっすいさせて、被害をおさえるの。治水工事の一つだね」


「立ち入り禁止、か……それで、禁止されているうちに魔孔が開いたって事かな」


 ……ジュリアスとエルナも二人の所に寄ってくる。


「卵が先か、にわとりが先か──という話でもありますけどね。魔孔が発見されて以降、遊水地近辺を立ち入り禁止にしたのです。そうして経過を見守り、折を見て騎士団が掃討を行う。本来ならこの雑木林一帯が魔孔の活動範囲なのですよ」


「そうだ。ここは最近、騎士団が掃除したばっかりだからなぁ……だから、馬車でもこんな近くまで入り込めたって訳だ。いつもなら、ここまでこれんのよ」


「なるほどね……そういう事なら、俺達みたいな若輩じゃくはいでも護衛が立派に務まるって訳だ。活動力の弱まった魔孔からは、それ相応の魔物しか発生しないからな」


「そういう事です。本来なら冒険者に依頼すらしない、魔孔の養生ようじょう期間ですから」


 ──ジュリアスの説明にエルナが付け加える。


「……なんか芝生しばふみたいっすね」


 草枯くさがれの土手を見ながら、ディディーがぼそりと突っ込んだ。


「それじゃぼちぼち行くとしよう。相手が弱いと分かった以上、気楽にやろうぜ」


 ジュリアスが号令をかけた。四人は銘々めいめいに進み始める──




*****


<続く>


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