第3話「人足は荷馬より安い」


 ──スフリンクはかんぬきの国などと呼ばれるように大国の狭間にあって東西が狭く、どちらかといえば縦長の国である。


 国の中央には北の山麓から南の海まで我が物顔で縦断するダイン川が流れており、この川が暴れていたせいで実際に活用出来ている国土は面積よりもまだ少ない。


 スフリンクに点在する集落の話をすれば、多くは農村で、それらはダイン川に沿うように点在している。他には山村などもあるが割合的には少なく、南部には幾つかの漁村と、国と同名の王都があった。


 ……さて、スフリンクに存在する主要な街は王都を除けば三つある。


 一つは国土の北東部にあり、鉱山からの集積地として発展したモルドの街。

 次に王都から西の隣国の中継地として大きくなったトームの街。

 最後にモルド、王都スフリンクの中間点に発生した集落が成長した、クダンの街。


 ……翌日。三人は王都スフリンクから魔道駅でクダンの街に長距離ロング跳躍ジャンプする。


 点から点へ、魔法陣から魔法陣へ──


 大地の力を借りて彼らは一瞬で転送され、そこから目的地の村落を目指し、まずはダイン川に向かって歩いていく。主要な街道のような砂利道じゃりみちではないとはいえ、道の土は大体、ならされているので道中の移動に苦労するという事はなかった。


 およそ一時間も歩けばダイン川に進路がぶつかり、後は川下かわしも沿って進んでいけば迷わず集落にたどり着けた。


 後はその集落で宿をとって、その日の行程は終了である。

 一行は宿で個室を二つ取った。食費や雑費も含め、ここまでの旅費はジュリアスが全て、前金から支払っている。


*


「──ところで、明日合流なのはいいとして、何処で落ち合うつもりなんですか?」


 一行は宿の近くにあるという公衆浴場から帰ってきて、今はゴートとディディーの二人が使う部屋に三人で集まっている。


 宿屋の部屋はあまり広くはないが、それでも寝台ベッドが二つに小さな収納庫クローゼットまであり、しかも壁には数か所、光源として洒落じゃれた金属製の油洋燈オイルランプまで据え付けられている。これは田舎の宿屋にしては随分と気が利いていた。


「ああ、それはだな。明日の朝、村の入口に馬車で乗り付けてくるんだと。本当は『クダンの街で領主の館に泊まって、朝一番に一緒に目的地の魔孔へ向かう』というのが当初の提案だったんだが……それは流石に断った」


「……? なんでですか?」


 ディディーが当然の疑問を口にする。


「その提案を受けていれば、余計な出費もしなくて済んだんじゃない?」


「それはそうだが、精神的にはきついと思うぜ? 君達は年頃の女の子相手に癇癪かんしゃくを起こさせず、ご機嫌取りをし続ける器量や度量はあるかい?」


「ないです」

「うん、ない」


 二人とも即答だった。


「……他にも、依頼人である領主と話を合わせて色々と接待しなきゃならん。多少、美味い物を食えて上等な寝台ベッドで眠れたとしても俺は割に合わないと思うんだが、君らはどうかね? ……ま、文句があるなら今の内に言っておいてくれ。次からちゃんと考慮するから。今回は相談する時間が無くて、独断だったしな……」


「んー、俺からは特にはないっすね……理由も納得したし」

「僕も文句はないよ。でも、依頼人の領主様?──には、一言挨拶をしても良かったかもしれない」


「あ、それはそうだな。そこは対応をしくじった感じか。名前はともかく、お互いに顔を知らないままというのは少し都合が悪いかもしれないな……それに領主様と顔を合わせる機会なんて、滅多にないだろうからなぁ……」


「けど、取り返せる失点でしょ。まだやりようはありますって。根拠はないけど」


「そうだな。次があると信じて、その時がきたら挽回しようか……その為にもまずは目の前の仕事を滞りなく終了させて、それからだな。差し当たっては、今日の疲れを明日に残さない事だ。……それじゃ、入口の光源ランプは消しとくぜ。折角、風呂に入ったんだ、体を冷やさないうちに早めに寝ろよ」


 そう言って、ジュリアスは退室する。宣言通り、扉近くの油洋燈オイルランプを吹き消して。


*


 ──翌朝。


 三人は出迎えに遅れてはいけないと少し早めに宿を出ると、待ち合わせ場所である村の入り口までやってきていた。


 昨日、三人も通ってやってきた、村から街に通じている道はこの一本だけである。

 勿論、道理を無視して道なき道を行こうとするなら、その限りではないが──


「まぁ、馬車だしな。歩いても街から二時間かそこらだったし、かなり早く着くかもしれんからなぁ」


「そうだね」

「ま、のんびり待ちますか」


 三人は思い思いに、度々たびたび雑談を交えながら馬車の到来を待つ。

 ……遠くに馬車の影が見えるまで、そんなに時間はかからなかった。


 二頭立ての馬車、屋根はほろではない。

 遠目からでも分かる、華美ではないが幾らかの装飾を施した立派な造りの馬車だ。


「流石、領主様のところの馬車だな。豪勢なもんだ」

「いやぁ、王都まちで見慣れたとはえらい違いっすね」

「違いない。でも、それだけでも使うと高いんだよな、馬車って」


「維持費というか、餌代とか色々かかるらしいからね。聞いた話じゃ、馬よりも人を使う方が結果的には安いとか」


「そうらしいな……それに小回りと言うか、融通が利くからな。人の方は。だから、人力の配達もなくならん訳だ」


「その御蔭で冒険者も食いつないでいけるって訳ですね」

「……だな。俺らも世話になったし、これからも世話になるかもしれん」


 ──馬車が近付いてくる。

 おそらく、依頼者の……領主が遣わしたものに相違ないだろう。御者は彼らの姿を認めると、速度を徐々に落として目前で停車させた。


「おはよう、御苦労様。領主様の使いの人かい?」

「アンタらが依頼された冒険者で、間違いないかい!?」


 初老の男が声を張り上げながら、御者台から降りてくる。

 ジュリアスは閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルド発行の仕事票を見せながら、


「ああ、俺達が頼まれた冒険者で間違いないよ。俺はジュリアス。そして、ゴートとディディーの三人だ」


 ──その時、馬車の扉がゆっくりと開いた。

 中から少女が顔を見せると車上から降りてきて、彼ら三人と初めて顔を合わせた。


「……おはようございます。わたくしがクダンの領主ダニエル=マクダインの娘、エルナと申します。冒険者のお三方、本日は護衛のお仕事、よろしくお願い致します」




*****


<続く>


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