第6話「試すもの、試されるもの」

 ……ジュリアスと名乗る、この魔術師。

 父が話してくれた噂によれば、彼は魔法の国ミスティアの兄妹国、知識の国<イーディア>の出身とまことしやかにささやかれている。


 知識の国イーディアの魔術師は謎が多い──というより、自分のねぐらに引きこもって表舞台に出てこようとしない。国としては別段、門戸を閉じているつもりはないらしいが……そういった実状から、知識の国イーディアの魔術師は世間的には偏屈へんくつに思われている。


 そういう魔術師が国を出て、しかも冒険者をやっているのだ。

 話題にならない訳がない。


 表向きは魔物モンスター討伐、父からは「噂が本当か、話題の魔術師をお前の目で見極めて欲しい」と依頼されて私はやってきた。


 彼とはここまで短いやり取りしかしていないが、とりあえず無駄骨にはなりそうにないと分かったのは収穫だ。


 本来なら私だけでなく他の冒険者も雇って彼を吟味する予定だったが、いない者は仕方がない。私一人でもやり遂げるだけだ──


*


 ジュリアスは自分が値踏みされてるような視線を感じながら、彼女も含めて二人に対し、最後の説明をしていた。


「……魔物は瘴気の中でしか活動出来ない。或いは、魔孔から離れる事が出来ない。裏を返せば、瘴気の外まで逃げおおせれば命の危険はない。危なくなったら、逃げていいから。ああ、君もな」


「──逃げる、ですか?」


 ジュリアスは頷いて肯定する。


「我々は騎士ではない。冒険者だ。時には背中を見せて逃げる事もいとわない。まぁ、これは騎士との大きな違いと言うか、どちらかと言えば冒険者の流儀かな」


「つまり、私もあなた方と組む以上、冒険者の流儀に従え、と?」

「そういうこと。物分かりが良くて助かるな」


 エルナは何か言いたげな様子だったが……しかし、飲み込んで了承した。


「……それじゃあ、行こうか。いきなり襲い掛かられるとは思わないが、油断せずについて来いよ」


 ジュリアスが白い瘴気の壁に先陣を切って進んでいく。

 続いて、ゴートとディディーが瘴気の中へ。

 エルナが最後に、瘴気を吸い込まないように息を止めてその背中を追った。


*


 エルナはてっきり瘴気の中では霧か煙の中を手探りで進んでいくようなもの──

 ──と、思っていたが違っていた。


 彼女の視界には先に突入した三人がしっかり見えている。


 ……というより、入る前も入った後も、景色は特に変わっていない。

 どういうことかと思案していると──


「……なんていうか、特に変化ないっすね」


「そりゃそうだ。さっき説明しただろ? 瘴気は神の奇跡によって可視化されていると。必要が無ければ、このように見えなくなるのさ」


「ああ、そういうことですか」

「ああ。そういう事だ」


 さりげなくエルナが後ろを振り向くと突入前に見えた白いもやが見えた。ようするにこれは境界、のようなものか。


 ディディーとジュリアスが会話している間、ゴートは警戒しながら周囲を見回していた。


「──流石に入口付近に魔物はいないようだね」


「ま、進んでりゃそのうち出てくるだろ」

「……というか、既に一匹出てこようとしてますね」


 ディディーが前方を指差しながら、呟いた。

 少し先の雑木林から、のそのそと道に出てこようとしてくる人影がある。


屍鬼リビングデッドだな。一匹見たら十数匹はいると思え──で、お馴染みの。最下級の魔物モンスターだけど、油断はするなよ?」


「勿論」

「へへっ、腕が鳴るぜ……!」


 ゴートもディディーも戦意は十分だ。二人共歩きながら抜剣して姿を見せた魔物に近付いていく。

 ジュリアスは彼らの後ろ姿を眺めながら、悠長に構えている。


「──よろしいのですか?」

「……何が?」


「援護しなくても、よろしいのですか?」


 エルナとしては実力を不安視している二人のお手並みを拝見出来る良い機会だが、ジュリアスにとってこの静観は何を意味しているのか、真意をはかりたかった。


「……別に屍鬼リビングデッドくらい、どうってことないだろう」


「そうですね。しかし、貴方が危惧きぐしたように数で攻めてこられると厳しいのでは?多勢に無勢、という言葉もあります」


「その時はその時だ。それに俺は、その前に逃げろとも助言している」

「確かに。初陣ういじんで彼らが言う事を聞くか、試しているのですね?」


「理屈による思い付きじゃないよ。俺はただ気分屋なだけだ。それにどういう意図であれ、人を試すような人間は嫌われるぞ? そんなんじゃ何時いつまで経ってもから信頼なんて得られやしない。……自分が他人ひとからこまのように扱われたなら、いい気はしないだろ? そういう考え方はよすんだな」


 ジュリアスはつとめて冷静な口調だったが、それ故に真面目な忠告でもあった。


「……出過ぎた事を言って申し訳ありませんでした」

「分かってくれればいいさ。俺も少し言い過ぎた。ぼちぼち、俺達も加勢に行こう」


 ジュリアスはいつもの調子に戻って、エルナを促す。

 戦闘中の彼らの方へ歩き出していった。


(……朱に交われば赤くなる、か。留学しているうちに、私も知らず知らず毒されていったのかもしれない。魔法使いあいつらの考え方に)


 ──反省は後でも出来る。

 気を取り直して、エルナは手にした短杖ワンド小楯スモールシールドを握り直した。




*****


<続く>



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