第37話 「もう離さない」

翌朝早く、ダンが霧の中、城に帰ってくると。

「どうしてそんなところで眠っているの、お姫様」

メアリーが城の階段の一番下に座り込み両手で頬を包んでいた。

「お世話になっていた家はどうだったの?」

「おじさんもおばさんも元気だったよ。縁談を五つは用意されたかな」

静かな白い霧の立つ黒い森。

「ぜんぶ断ってきたよ」

「……」

「魅力的なものばかりでみんなモデルみたいに背が高くて、爪が痛むから家事は難しい、でも、貴方に愛されるのは悪くない、そんな感じ」

「いやなかんじ」

「わるいことじゃないけどそう感じるよね。帰ってきちゃった。こんな、早朝の、ひんやりする黒い城へ」

楽しそうに首を傾げて柔らかな髪を揺らす。

メアリーが、立ち上がり、階段をブーツを鳴らして降りる。

ダンと向き合って。

「キスするには身長が高すぎるのよ、あなた」

「君が可愛らしい身長しているからだよ」

「お土産は?」

「え?」

「なんにもないの?マフィンとか、ベーグルとか、カップケーキとか。お城じゃお堅いシェフが作らないもの、たのしみに、してたんだけど……」

涙がこぼれる。

ダンに縋りつきながら、髪がしっとりとし、艶のある金の花のようだ。

「僕が帰ってくるのじゃ、全然足りなかったね」

メアリーが首をふるふると振る。

「この前は勢いに任せてキスしてごめんね」

「……私にはあれくらい強いのが、目が覚めたわ。今は美男子の姿になった神獣様が好きだし」

「それで?」

「わたしのこと、ほんとに見てくれる?」 

「ずっと見てきた。ずっと見てるよ」

「途中で放り出さない?」

「仕事があるから、それ以外なら、ちゃんとした場所で。閉じ込める」

「あなたの身体がたくましくて、抱きしめられると恥ずかしいのがわかった。それで合格?」

肌寒い黒い森の、黒い城の前。

輝く金と艶めく金が寄り添い合って。

「もう離さない」

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