第35話 しあわせな家族

ボディーガードが持てるだけ贈り物を持ち、トキとミケは仲良く楽しく手を握り、草原をゆく。トキ様は飛び跳ねるように楽しそうに笑顔でミケを導く。

状況がわかっているんだろうか、とも思うが、あの二つの姿で魅惑の神獣様と、愛しい夫と旅をしているともう。ふつうの精神ではなくなるのかもしれない。そんな間にもお行儀悪くたまに、ぽんっ!とブルーベリーを摘むのでほんとに、

「トキ様、楽しそうですね」

こっちはこの一家に振り回されているのに。

「ああ、すみません、ただでさえ故郷に帰れないので、たまの夫の領地は懐かしいし、それに、愛されていたいのです」

「トキ様はどこからお嫁にいらしたんですか?」

「桃源郷です。仙桃という特別な果実のある、中国の天国のようなところですね」

「それは、遠そうです」

むしろ、仙女を通り越して今は女神くらいなのでは。身を守る籠城の術も使えるというし。

「もっとミケさんとお話ししたいですね。夫はいま、コクヨウの話を聞いたり、いろいろ殿方の指南をしているような、複雑なところなのですよ」

「殿方の指南?!」

「ええ、びっくりしちゃいますよね!わたしなんて何も知らずに!……なんでもないです」

「ああいえ、話が合っているかわかりませんが、私も村のお姉さま方から過激な話を聞くだけで何も知らないです……。殿方の指南、なんでしょうね」

「わたしも生まれた家では足を動かさないように、とか。嫌だったら今の時代断りましょう、とか。シノブは大丈夫だと思ったら大丈夫だとか。抽象的で春画のひとつも見たことがありませんでしたね」

「しゅんが?」

「……昔の言葉なので、どうなんでしょう、城にもあるのかしら。女の指南は」

使用人達が静かで日頃から朗らかなのをいいことに好き放題な話をする。

城に帰ると

「母上!遅いですよ!心配しました。ミケは?今日も城にですか。?、ダンはどこです?」

「昔預けたおうちがあったでしょう?あそこに今夜は泊まるようですよ。それにしても心配してくれたのですね。ありがとう、あなたはローゼン家の誇りです」

「ローゼン家?」

初めて家名を聞いた。西の響きか?

クロキもやってくる。

「うちは昔滅茶苦茶な時代があったから、西の名残があるそうだ。おかげで保護したい西の者は多少警戒を解いてついてきてくれる。東の者にはトキの慈愛が効くしな」

俺だけに向けばいいものを、と呟くのを忘れない。

「ああ、コクヨウ」

トキがコクヨウの手を取り

「あらためて、あなたはわたしたちの誇りです。愛していますよ、コクヨウ」

「母上?急にどうされました、もしや、また、もう旅に出られるのですか」

「そうする気か?トキ?だが、今回は長く滞在するか。いっそしばらくいてもいいのだろうが」

「言っておきたいのです。一年に一度ではずっと足りなかった、毎日、毎秒、子供のために世を駆けていた。それが母の気持ちです」

「なぜ涙ぐむのです、母上」

「いくら言っても足りない時は足りない、そんな世界を見てきたからです」

クロキも目を足下へと向け、トキの気持ちに同調している。やがて、妻と息子を男性しては細い腕で抱きしめる。

使用人のシノブがいつのまにか控え、何人かも幸福そうな顔で眺めている。

世界中がこんな家族だったなら。

……私の髪は三毛猫模様。はやく呪を解きたい。

……なんのために?

部屋にこっそり戻ると美男子が耳飾りを煌めかせて眠っていた。妖艶。

「うーん……、ミケ、おかえりなさいじゃのう」

神獣様、どうして

「だれかの心の隙間を埋めにきた。ほれ」

とろんとした瞳で、腕を広げてミケを待つ。ミケは躊躇せずにその腕にゆっくりおさまる。

「しあわせな親子、どうじゃった?」

「わたしだけちがう。村にも町にもおなじ思いを抱えている子はいたけど、……わたしは、独りだ。独りで自分を抱きしめることも諦めた」

「わしがおる。わしがミケを愛そう。クロキが、トキが、ミケを愛そう。星色の魂を持つ乙女よ。お前が望むならコクヨウもまた、お前を愛する」

「抱きしめられただけで、想像がつきません」

「城でメアリーやダンたち事情のある子供達、あるいは傷ついた妖精達と出会ってきたのだ。意外とな、懐が深すぎて、自分のことは希薄なのだ、っと!」

神獣様がケモノへと瞬間変化!!

からの即行で下に降りての寝台の飾りのシーツの下へずりずりと移動。


コンコンッ


「……ごめんなさい、ここへくるのは時と場合によって禁じられているのだけれど」

メアリーだった。

「ダンを、知らない?」

「お出かけの時お世話になった家に行くって言って。今日はそのまま泊まるらしいわよ、メアリー」

「そう、ねえ、ミケ、ダンはね。最初は町で面倒見られてたのよ。私は外に出るのが怖かったけど。きっと外に憧れてた」

「でも、じゃあ、なぜこっちに?」

「……私を見てたんだって、ずっと。ねえ。ミケ。男の人の力って、強くて敵わないのね。抱きしめられたらびくともしない。……あと、神獣様を知らない?」

「さっきまでいた……、どうして?」

「私のこと可愛いって言って優しく撫でてくれるの?どうしよう、わたし、いま、コクヨウ様のことはいいの。神獣様を、さがしてる。それじゃあ、おやすみ……」

ふらりと、翻り、階段へと向かい去っていくメアリー。

「神獣様」

「……」

「まさか、メアリーと」

「だって、ダンとうまくいってないんじゃもん……。それ以前にも会ってたし、可愛かったし」

「神獣様!」

「だれにでも手を出すわけではない〜、もう、許してくれ!」

頭に手を当てて反省する神獣の姿が目に浮かぶ。

もう、と一息。

「今日はコクヨウはこないですね」

「来て欲しいならお詫びに呼んでやるが、今夜はなんと親子三人で十数年ぶりに語り合いながら眠るようじゃ」

のそのそと反省しながら身を低くして出てくる神獣。上から捕まえる。

軽い。

「あんまり好き勝手やると、居場所がなくなりますよ」

「そ・れ・は、真っ先に避けたい!またあいつらと寄り合うかとおもうとまた心が化石になるわい!見つけてもらった時には眺められるだけで埃をブラシで払われるような保護されるだけのかたまり!」

急にガラが悪くなった神獣。

「わしに縁結びの力でもあればなあ、いや、そろそろ備わっていても不思議じゃないかの。まあ、メアリーと、ダンはなんとかなる。いまはちょっとダンが距離をとっているだけじゃ」


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