第34話 育まれている愛情

「たのもー!です!」

独特な挨拶で静かに店の扉を開けるトキ様。

それが。

パンの香りに包まれて幸せそうな顔になる。

店には会計場にいる父と、コーラル。

珍しい組み合わせだった。

「お父さん、コーラル、ただいま」

この人がコーラルですか?!とトキ様が表情で伝えてくる。

「おや、どうも、こんにちは、お城の奥様。恭しい挨拶などしりませんので、不躾ですがこれで勘弁してください」

体の向きを変えて屈んで見せる、コーラルの隻腕の姿に、トキ様は同情する。

が、妖精の馬を盗んで息子を巻き込んだ存在かも?!とすぐに思い直して態度を保つ。

「いえ、いいんですよ、さ、立ってください!なんだか心苦しいです……!精一杯の礼、ありがとうございますっ、しかしそんなことまでしなくて良いのです!」

トキ様、鉄の女には向いていない。

「お父さんとコーラル、どうして二人でいるの?」

「……子供には関係ない」

トキ様、ピーンと反応。なんですか、その反応。

「コーラル、今日はどのパン?」

父には喋ってもらえないので代わりにコーラルに聞く。

「ああ……、買い物じゃなくて、ちょっとミケどうしてるかなって話に来ただけなんだ、売り上げに貢献できなくて悪いね」

それじゃあ、と服の袖を片方揺らして帰っていく。

トキ様はここで問い詰める気はないらしい。

お城の奥様で仙女が来たというのに無愛想な父。細くて華奢な体で父に近づくトキ様。ちょっと緊張する。

「はじめまして。トキと申します」

「知ってる、城の奥様だろう」

もうちょっと敬ってよ?!すごい方なのよ?!

と思ってから特にクロキ様とのラブラブ具合が……、とも。

「うちはしがないパン屋なんでな、そんなに贈り物もできない」

「私が小さい時はみんな怖がってたけど、みんな優しいから徐々に売り上げ伸びたじゃない。……コーラルのおかげもあって」

母親代わりに片腕でも逞しく抱っこしてあやしてくれていたらしい。

「……」

無言になる父。これ以上話すのは無理そうだ。

「亡くなられた奥様のことはどう思われているんですか?」

トキ様?!爆弾に火をつけないで?

父はトキ様を一瞥。

「わたくしがミケさんなら知りたくて日々を、父を見つめながら生きると思います」

「トキ様……」

まったくその通りだった。

話すまで、動きませんよ、と父と対面するトキ様。強い。

「……珍しい髪の色の女子だった」

会計用のレジを開けながら、不用心にも大金を数え始めようとしている。

まあ、店にいるのはボディーガードと。

ダンはいつのまにかお世話になった町の家に行ってしまったりで静かなものだからいいか。

「……ミケさんの呪の色とは違うのですね?」

「……美しくて周りの男子に言い寄られていたが、俺だけは認められなくて足元に石を投げたり、髪を引っ張ったりしていた」

そんないじめっ子の男子、女の子とっては憎くてしょうがなかっただろう。

「だが、当時の占術じゃ、俺とそいつが選ばれた。それだけだ……」

相性の悪い者、悪い家がくっつく、あの悪習。

だれだっけ、お腹の大きくなるのを嬉しそうに見てたって言ってくれた人は。

父の話は、そこで終わりだった。

パン屋を出る。夕方の冷たい風。

「トキ様、寒くないですか?」

「もっとはやく、わたしとクロキが出会っても、世界を変えるのは難しい。なによりミケさんが生まれなかったかもしれない」

「それは問題ありません。私じゃなくて、別の愛された誰かが、母と父がそれぞれの相手と結ばれて生まれてくるだけで」

トキ様が、まるでメアリーが泣き出す時のように顔をくしゃっとして

「ミケさん、生まれてきてくれてありがとう」

言われても何も感じない。だけれど、目の前の、自分と変わらない歳の外見をした大人は

「コクヨウのことだけではありません。生まれてきてくれただけで、ありがたい命もあるのです。おそらく、それは」

あのコーラルにとっても同じ気持ち。

「どうしましょう、真っ向勝負!と思ったのに。やっと愛し合う二人が多くなったのに、どうしましょう……」

愛し合う二人。

一体どこにそんな人たちが、と思えば。トキ様を歓迎する人々のあの笑顔たち。

「トキ様、わたし、いいです。コーラルの本当のこと。本当なのか。神獣様の言っていることも、水の国の占術も、本当はよくわからないと思っていました!明らかにしないといけない時は、くるのかわからないけれど、いいです!」

トキ様が何かに思い当たる節があったようだ。

「せめてどこかに、『本当』があれば、信じられる」

「トキ様?」

「帰りますか?それとも村に今日はこのまま……」

「父と気まずいです。まだお城にお邪魔していいですか?この呪がとけるまで。コクヨウが、魔に堕ちないように」

「いくらでもいてください。我が息子なら、そうそう魔に屈しないと信じていますが、まだ十六歳。心が揺れましょう」

あ、と。軽々しくコクヨウが魔に負けると言っているみたいで悪かったなと思った。

「いつかまた、コクヨウは、この城下町や村に降りてきてくれるでしょうか」

記憶の整理がつけば、首無し馬なんて恐ろしくなかったこと。城でのデュラハンのいななき、それらが整理されて黒い森の外へと出られるかもしれない。

「帰りましょうか」

トキ様と手を繋いで帰る。

「なんだか友達と手を繋いでいるようでいて、娘とも仲良くしているようなそんな気分ですね!」

トキ様。あなたも十六歳くらいで年頃は娘、という感じなのですが。外見が変わらないのか?

いいなあ。

クロキ様とトキ様。

いろんな意味で。


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