第25話 自分にとって

〈あの娘、闇が濃いかと思ったら存外薄い〉


いつもの、これは魔物か、何かの声。


貰った本は、なんの感慨もなしに読んだ。

本とはそういう物だ。読んでいるうちはなんとも無いが、感想を語る時は嬉しい。


そんなことが自分にあった気がする。ダンとの話だろうか?他の使用人は、メアリーと、シノブ以外名前が希薄だ。


唯一ワクワクして読んだのは、シノブがお父上と母上の様子を記した、叙事詩のような物。

いざ読まれたときのように詩のように短く書いてはあるが。

なんせ長い。色んなことが筒抜けでワクワク、ドキドキ、時に恥ずかしくもあった。



魔物の声が聞こえない。でも、それがいい。


耳を傾けずに、自分は、自分は。


光の中、特別な髪の模様と色をした少女、年上なので女を思い浮かべる。


この前ダンが言っていた。

綺麗な髪だね、

嬉しく無い、

でも女は笑っている。


褒められて、嬉しくないのに笑っている?

よくわからない。ほんとうは嬉しいのか。


物語の文章を思い出す。

「わたしは、あなたを愛しています」


愛を知らない。そんな自分に。

恋がわからない。そんな自分に。


あの絵本はかんたんで、難解で、重要なことなのに。


そのかんたんなことがわからない。


ずっと気になっている事もミケのおかげで気づけた。

当時生まれてもいない自分は、デュラハンの馬を盗めない。夢のせいと皆で誕生日を祝わないこと。ミケの年齢など色々と考えたら。おかしな噂だとも思った。


悪夢を見るのは、気持ちが何かに引っ張られているとき。


ちがう。


首無し馬を俺は見た気がする。恐ろしいのに、馬が好きなのは傷つけられたものほど大切にしたいから。


五歳くらいの時だったか。やっと五回目に両親と会える日。その日は冒険をしてから会いたかった。  


たまにしか会えないのだ。城下の様子を当主として語ってみよう。


ところが言い伝え通り、この世界の夫婦達は仲が悪かった。


両親は一体何をやっているんだ。たまに、戦争や、奴隷にされそうな子供を運んできて、城に置いていく。温かい歓迎をすると、子供達は同じように城と、自分と、両親に忠誠を誓う。


ミケ。


女では無い。今度は、自分の腕の中にすっぽりと入って頼りない存在感を秘める少女を思う。


あの髪では嫌なのか。ミケは、自分にとって絵本にあった通り「特別な人」なのか。


もうすぐ、両親と神獣エルフ様が訪れてくれる。

どうか、もう、旅は終わりにしてもらいたい。

自分が魔王になる前に、この心臓を痛めつける呪を取り除きたい。


取り除いたら、ミケはどうするのだろう?


〈この前の庭師とメイドは堕とせなかった〉


〈あの娘、堕としたらどうなる?〉


〈色んな男の元へ行き、お前の知らない娘になる。それもいい〉


〈二度とお前を見てくれない〉


耳は傾けないつもりでいた。枕に顔を押し付けて泣く。

父上も母上も見てくれていないのに、出会った少女は魔の道へ堕とされる。


こんなの朝になればなんてことはない。


メアリーもこんな気持ちだったのか。自分を見て欲しい。考えて欲しい。ちょっとでいい。話がしたい。目で追ってしまう。


あんなに強い思いでも、恋でもないかも知れない。

でも。


わかった気がする。愛しく思うまで、もう少しなのではないか。あの熱に苦しんだ夜、抱きしめた感触と、感じた温もりと、朝の会話。城のものとの勘違いの渦。


楽しい。


もう寝よう。屋敷の明かりが消えだすだろう。


明日になったら、両親と神獣が来てくれる気になってきた。

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