第11話 記憶違い

 呼ばれて玄関の外へ行くと、ダンボールが三つ置いてあった。

「やっと来たか。見てくれ、いつもと様子が違う」

 全員集まっており、乱橋がオレへそう言った。

 一つは食材の入ったいつものやつだ。このメンバーになってから、届けられるのは一箱になっていた。

 残り二つにはそれぞれ上部に「男」「女」と書いてある。

「中は何だ?」

「分からないから慎重になっている」

 と、返す乱橋を無視して、長山がダンボールの前へしゃがみこんだ。

「開けてみればいいでしょ」

 少なからず身構えるオレたちだが、長山は「女」の方のテープを、びりりと雑にはがして開けた。

「わっ、服だ!」

 中に入っていたのは服だった。横から竜野が手を伸ばし、中身を確認する。

「これは、三人分あるようね」

 次々と中身を確認していく彼女だったが、唐突にそれらを元に戻して立ち上がった。

「部屋で分けましょう」

「はーい」

 長山もすぐに立ち上がり、二人でダンボールを持ち上げた。

 若島は彼女たちへついていこうとして、ふとオレたちを振り返る。

「あっ、食材の方のダンボール、厨房に運んでくれると助かります」

「ああ、やっておくよ」

 と、乱橋が返事をし、若島は安心した様子で二人の後を追っていった。

「まさか、マジで服をくれるとはな」

 そう言いながら、オレは「男」と書かれたダンボールを持ち上げようとした。

「待て。食材を厨房に運ばなくてはならない」

「お前がやるんじゃないのか?」

 と、返せば、彼はすかさず言う。

「じゃんけんだろ」

 マジかよ。

「返事したの、お前だろ。責任持って運べ」

「実は最近、腰が――」

「うぜぇ」

 言いながらもオレは右手を出した。

「ほら、じゃんけんするぞ」

 乱橋はにやりと笑った。


 で、結局オレが食材を厨房まで運ぶ羽目になってしまった。

 玄関から厨房までの距離は短いが、やはり重いダンボールを抱えて行くのはきつかった。

「よいしょ、っと」

 厨房の調理台の上へ、ダンボールを下ろして息をつく。

「やれやれ、終わったー」

 まったく災難だと思いつつも、これで仕事は終わったのだとほっとする。そして乱橋の言葉を思い出した。

『終わったら、僕の部屋へ来てくれ。服を分けよう』

 あのダンボールに何が入っているか、確認してからでないと分けられない。男にだって服には好みがあるのだ。

 ――とりあえず長袖のTシャツがあれば、オレはいいな。

 そんなことを考えながら、のんびりと厨房を出た。


 乱橋の部屋へ入ると、彼はすでにダンボールを開けて中身を出していた。

「お疲れ様」

「おう」

 テーブルの上や椅子へ、種類ごとに置かれているようだ。几帳面な乱橋らしいと思いつつ、ひと通り見ていく。中には下着や靴下も含まれていて、オレは少しびっくりした。

「パンツも入ってんじゃねぇか」

「女子の方も同じだ。さっき、ブラジャーがちらりと見えた」

 なるほど、それで竜野は急に立ち上がったのか。

「で、どうするんだ?」

 乱橋と並んで立ち、届いた衣服をながめる。

「パンツは四つあるが、どれもボクサーパンツだ。矢田がトランクス派でないなら、二つずつで分けられるな」

「トランクスなんて履いてたの、中学までだ」

「そうか。柄にこだわりは?」

「特にねぇよ」

「では、適当に」

 乱橋が言葉通り、適当にパンツを二つ、オレへよこした。どちらも黒地で、片方には猫の肉球模様が入っていた。ちょっと可愛い。

「運営が大雑把おおざっぱなのだろう、服はズボン含め、全部合わせて奇数だ」

 言いながら、乱橋が自分の分のパンツをベッドの方へ置いた。

「そうか。じゃあ、順番に取っていけばいいんじゃね? 残ったものは相談で」

「そうしよう」

 あらためて見回していると、乱橋が言った。

「矢田から選んでいいぞ」

「おう」

 まずは長袖のTシャツを一枚、紺色の無地のものを選んだ。サイズは合っていたので大丈夫だ。

 乱橋は少し悩んでから、灰色のワイシャツを手に取った。彼らしい選択だ。

「そういや、この前、変なものを見つけたんだよな」

 沈黙のまま続けるのもどうかと思って、オレはそう言った。手を伸ばして取ったのは白い薄手のパーカーだ。

「何を見つけたんだ?」

 乱橋は悩んでいるのか、なかなか手を出さない。

「ドアストッパーだよ。東と唐木の部屋に、まったく同じものがあった」

「ふぅん」

 やや怪訝けげんにしつつ、黒い長袖のTシャツを取った。

「ベッドも、長谷川と間宮の部屋のはぐちゃぐちゃのままだったのに、何故か綺麗になってたんだよなぁ」

 と、オレは黒のデニムを取ってから言い添えた。

「待て、ウエストと丈を確認してからだ」

 広げて自分の腰へあててみる。ウエストは少しゆるそうだが、普段使っているベルトでどうにかなるだろう。問題なのは丈だが……まあ、折り返してしまえば履けるか。

「よし。次、どうぞ」

 オレの方を見ていた乱橋は、視線を戻してから言った。

「東と唐木の部屋のベッドだが、きっと誰かが直したんだろう。そもそも、唐木の部屋は間宮の使ってた部屋だしな」

「え?」

 きょとんとするオレにかまわず、乱橋は青いデニムを選んだ。

「二人がいなくなってから、間宮だけ離れてしまっただろう? それが寂しいからと、こっちに越してきたんだ」

「え、マジで? 知らねぇんだけど」

 驚くオレへ、乱橋は呆れたように返した。

「あの頃はまだ昼夜逆転してただろう? 君は知らなかったかもしれないが、実際にそういう事があったんだ」

 そうだろうか。記憶を手繰たぐって考えてみる。

「いや、でも、隣の部屋に間宮が入っていくのを、見た覚えがあるぞ」

「彼らの仲がよかったのは、君も知っているだろう? それでよく、互いの部屋を行き来していた」

「いやいやいや、隣は最初から間宮の部屋だったって」

 そう言い張ると、彼が怪訝けげんな顔を向けてきた。

「記憶違いだろう? そもそも、君は最初の頃、誰とも接してなかったじゃないか」

「う……」

 それは否定できない。

「それに、僕は間宮から相談を受けている。唐木の部屋に移動してもいいか、とな」

 そうなのか? オレにはそうは思えないんだが、しかし、二人がいなくなる前のオレは、早くても夕方から活動を開始していた。朝や昼間の様子など、ちっとも知らないのである。

「それじゃあ、オレが唐木の部屋だと思っていた場所は、間宮の部屋だったわけか」

 しぶしぶながら受け入れることにすると、乱橋は返した。

「ああ、そうだ。ドアストッパーとやらも、唐木ではなく間宮のものだったかもしれないな」

「うーん、そうか」

 考えがぐちゃぐちゃになってきた。一時は東と唐木が運営ではないかと疑ったが、間宮の可能性も出てきた。いや、でも間宮が運営なはずないよな。彼に相談された時も、長谷川に告白する時も、演技だとは思えなかった。いや、もしも演技だとするなら、長谷川も怪しく思えてくる。ああ、疑うべき人間が多すぎる。

「けどよ、あれが間宮の持ち物だとは思えねぇんだよな。もちろん、東の方もだ」

 と、オレは灰色の靴下を取ったが、すかさず乱橋が言う。

「扉の内側にドアストッパーを置いておくと、防犯になるのを知らないのか?」

「えっ」

「そのために、旅行をする時は必ず、ドアストッパーを持ち歩く人もいるんだが、知らなかったようだな?」

 彼は信じられないと言った顔をしており、オレは自身の無知に打ちのめされる。

 乱橋はいつもの冷静な口調で言った。

「矢田の言うように、彼らの持ち物でなかったとしよう。だが、ここはホテルだ。以前の宿泊客が忘れていった、と考えることもできるのでは?」

「う……うるせぇ! てめぇにこんな話、するんじゃなかった!」

 まったく気分が悪い。もちろん無知なオレが悪いのだが、それにしても気分を害された。

 乱橋は呆れたように息をついて、黒の靴下を手に取った。

「ずっと前から不思議だったんだが、君はどうして婚活合宿に参加を?」

 と、たずねられてオレはむすっとする。

「職場の先輩に申し込まされたんだよ。その年齢で恋人なしはきついぞって、無理やりな」

「では、自分の意思ではないのか?」

「ああ。けど、金払っちまったからには、行かないわけにも行かねぇだろ? サボったら、先輩に何言われるか分かったもんじゃないし」

「なるほど」

 うなずく乱橋へオレは聞き返した。

「お前は? 自分の意思で参加したのか?」

 ちらりとこちらを見てから、彼は困惑半分に苦笑した。

「ああ、もちろんだ。もう三十手前だからな、そろそろ相手がいないとと思って」

「けどお前、モテるだろ」

「いや」

 すぐに否定した乱橋をオレはにらむ。

謙遜けんそんするな、正直に言え。モテないって言うなら、原因を言え」

 彼は首をひねって考えこんだ。

「いや、本当にモテないんだが……まあ、原因があるとすれば、好きな人をいじめたくなる、ということだろうか」

「小学生かよ」

「あはは、そうかもしれないな。つい困らせたり、泣かせたりしてしまうんだ」

 自分のことながらおかしそうにする乱橋へ、オレは呆れてみせた。

「ったく、大人っぽいのは外見だけか」

「往々にしてそういうものだろう? 見た目と中身は違っているものだよ」

 それは否定しない。オレも見た目で判断されて、嫌な思いをしたことはある。

「確かにそうだな」

 と、うなずいたところで、乱橋がふと優しい声を出した。

「でも、安心したよ」

「何の話だよ?」

 話題は戻されていた。

「君がまだ、運営のしっぽをつかもうとしていることが分かって、安心したんだ。まだあきらめたわけではないんだな、と」

 そう言われると反応に困るのだが、オレは白い長袖のTシャツを手に取った。

「当たり前だろ。まだ時間は残ってるんだし、あきらめるわけにはいかねぇよ」

「そうだな」

 乱橋がくすりと笑ってから、紺色の靴下を取る。

「っつーか、お前はどうなんだよ」

 と、オレは残った緑色の靴下を手にした。

「このゲーム、どうやってクリアするかってこと、ちゃんと考えてんのか?」

「いや、何も考えていない」

「は?」

「というより、僕は端からあきらめている」

 今度はオレが怪訝な顔をする番だった。

「正気かよ。お前、家に帰りたくないのか?」

「もちろん帰りたいよ。だが、戻ったところで、仕事はクビになっているだろう。友人とも、これをきっかけに縁が切れているかもしれない」

「……それもそうか」

 オレもバイトはクビになっているだろう。数少ない友人とも音信不通なのだから、今さら連絡をしたところで、以前までの関係へ戻れるかどうか。

「だから僕は、残された時間を好きに生きることで、充実した日を過ごそうと思ってね。クリアできるか曖昧なゲームに気力を使うより、今この時を楽しく過ごす方がはるかにいい」

 その言葉には説得力があった。現実的だった。

「最後にどうなるとしても、な」

 乱橋はある意味で、運営にあらがっていたのだ。オレとは違うやり方で、彼なりに戦っていたのだ。

「そうだな。それはそれで合理的だと思うし、いいんじゃね?」

 と、オレが理解を示すと、乱橋は穏やかに笑った。

「ありがとう」

 そして、残った服を示す。

「残りの服は、すべて君にあげよう」

「は?」

 ぱっと視線を下ろせば、クソダサい柄のワイシャツや、これまた派手な蛍光色の黄色いズボンがあった。乱橋はにこにこと笑って言う。

「ほら、遠慮せずに」

「えっ、いや、いらねぇし! ってゆーか、クソダサいじゃねぇか!!」

「きっと矢田なら着こなせるよ」

「いらねぇっつってんだろー!?」

 あんなクソダサい服を押しつけられるのはごめんだ。オレはすぐに、自分の選んだ服を抱えて廊下へ逃げた。

「てめぇが着ろ、乱橋!」

 と、去り際に叫んで。

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