第9話 告白

 次の日。朝食をとるために食堂へ行くと、間宮が声をかけてきた。

「矢田さん、あとで話したいことがあるんですが、いいですか?」

「は?」

 寝起きでぼーっとした頭では、思考が働かない。オレははからずも彼をにらんでしまった。

 しかし間宮はかまう様子もなく言う。

「朝食の後、おれの部屋で話しましょう。待ってますんで」

 と、何故かオレの正面の席へ座った。

 何だかよく分からないが、よほどオレと話がしたいらしい。もそもそと食事を始めつつ、オレはたずねた。

「仕事はいいのか」

「はい、若島さんが今日だけ代わってくれました」

「そうか」

 考えてみれば、男子も四人しかいないんだもんな。こういうこともあるのだろう。

「長谷川は?」

「あー、今日は遅いですね。でも、その方がいいです。ちょっと気まずいんで」

「ふーん」

 今朝の朝食は若島が作っただけあり、間宮のものより繊細せんさいな味付けだった。メニューはごくごく平凡だが、味は悪くない。

「若島は?」

「まだ厨房にいますよ」

「あいつ、包丁持って大丈夫なのか?」

 オレの質問に間宮が、がたっと立ち上がった。

「様子見てきます!」

 ばたばたと駆けていく彼を横目に、オレは食事を黙々と進めた。


 結局、若島は平気だった。当然、そうだろう。でなければ、朝食が出来上がっていたわけはない。

 オレは食後、すぐに間宮に連れられて彼の部屋へ入った。

 手近な椅子を引いて腰かけ、さっそくたずねる。

「で、話ってなんだ?」

 間宮はそわそわとベッドに座った。

「えぇと、その……おれ、ゲイだったかもしれなくて」

「バイだろ」

「え、バイ?」

 目を丸くしてきょとんとする間宮へ、オレは呆れた。

「男も女もいける、竜野がそうだって最初に言ってただろ」

 ぱちくりとまばたきをしてから、間宮ははっと我に返った。

「そう、そうかもしれないです。それでおれ――」

「長谷川か」

「わああ、なんで分かるんですかー!? まだ何も言ってないのにー!」

 大げさに叫ぶ間宮だが、オレは昨晩、長谷川から同じ相談を受けている。しかし、ネタバレするわけにはいかないので、ここは黙っておくことにした。

「だって仲いいじゃん、お前ら」

「そ、そうですけどぉ」

 しょげるようにうつむき、むっと唇をとがらせる。こうして見ると、若干中性的な印象の男だった。

「でもおれ、男性に恋をしたのは初めてです」

「まあ、そうだろうな。佐藤につきまとったり、長山が狙い目とか言ってたくらいだし」

 若いのは結構だが、やはり間宮は軽率な言動が目立つ。

 すると、彼は顔を上げて言い返した。

「悪かったと思ってます。焦っていたのも自分で認めてるし、反省だってしてます」

「そうか。じゃあ、さっさと長谷川に告白して、クリアすればいいじゃねぇか」

 早くもオレは飽きていた。二人が両想いだと分かっているからだ。

「でっ、できませんよ! だって、いくら長谷川さんが同性愛者でも、好みってものがあるでしょう? おれは好みのタイプじゃないかも」

 と、弱気になる間宮。

「まあ、それはもっともだな。お前が悩むのも理解した」

 さっさと話を終わらせて、オレは日課の探索に行きたかった。どうせ今日も得るものはないだろうが、日課となってしまったからにはやらないと気が済まない。

 それなら、昨晩と同じ作戦で行くか。

「でも、お前の気持ちが本物なら、愛があるってことにならないか?」

「え?」

「片想いに終わったとしても、相手に対する愛情があるなら、もしかするとお前一人でクリア、なんてことがあるかもしれないぜ?」

 間宮はまたきょとんとした。

「そもそもクリア条件が曖昧なんだ。もしお前が一人でもクリアできたなら、残されたオレたちには希望になる。どうだ?」

「……一人、で?」

「ああ、そうだ。もちろんクリアできない可能性もあるが、やってみる価値はあると思う」

 オレがそう言って真面目な顔で見つめると、間宮は弱々しくうなずいた。

「確かに、帰りたいです。でも、長谷川さんと離れ離れになるのは、嫌です」

 そう来るか。

「そんなにあいつのことが好きなのか?」

 と、オレは少々呆れてしまったが、間宮は真剣に言う。

「好きです。長谷川さんといると、胸がドキドキするんです。不思議と安心もして、いつも一緒にいたいって、願わずにはいられないんです」

 泣きそうな表情で訴える間宮だが、まさかここまで純粋なやつだとは思わなかった。長谷川から聞いた話も、あながち嘘ではないのかもしれない。

「でも、でも……長谷川さんは優しい人だから、おれによくしてくれてるだけで、恋愛の対象としては見てくれてないかも。あの人にはもっと、おれなんかよりふさわしい人がいるのかも」

 なるほど、こちらの方が悩みが深そうだ。

「それに、おれが男性を好きになったなんて、お母さんには話せない……」

 苦しげにつぶやかれた言葉がオレの耳を通過する。――やはり、母親の存在が重要な位置を占めているらしい。結婚相手を見つけて母親を安心させたいとかいう話だったか。それなのに男性を好きになってしまったなら、そりゃ悩むよな。

「お前の事情は知らねぇし、興味もねぇけど」

 前置きをしてから、オレは言う。

「誰かを好きになる気持ちってのは、誰が相手であっても、等しく尊いもんなんじゃねぇか?」

「え?」

「ペットに対する愛情だって同じだ。もちろん、自分を愛することも尊いもんだと思う」

 間宮の表情にあまり変化はなかったが、かまわずに続けた。

「まだ同性愛に理解のないやつらも多いけど、間宮はもっと自分の感情に自信を持っていい。あいつのことが好きだっていうなら、その気持ちを押し殺すな。うじうじしてないで、さっさと告白すりゃいいんだ」

「……そう言われても」

 と、まだ悩む様子の彼を見て、オレはつい口走ってしまった。

「ったく、オレは興味ないって言ってんだろ。さっさと行けよ」

「ああもう! ちょっと見直したのに、すぐそういうこと言う!」

 間宮が大きな声を出し、オレは「あ?」と、眉間にしわを寄せた。

「真面目に考えてくれてるのか、そうじゃないのか、はっきりしてくださいよ!」

「やだね。っつか、お前の恋愛相談なんて興味ねぇんだっつーの」

「もう、矢田さんのバカ! うんこ!」

 低レベルなののしりだ。オレはにやりと笑って返した。

「じゃあ、お前もうんこな」

「うんこじゃない!」

 小学生みたいな言い合いのあとで、間宮は自発的に深呼吸をした。さすがに大人げないことに気づいたらしい。

 気持ちを落ち着けてから、間宮は先ほどまでの真面目な顔になって言う。

「もう少し、考える時間をください。でも、もし告白する勇気が出たら、一緒に来てくれませんか?」

「はあ? オレは保護者かよ」

「だって、一人だと心細いし、いざとなったら何も言えなくなりそうで」

 間宮はやっぱり、まだまだ若いな。中学生の時に、こんなやつがクラスメイトにいたのをかすかに思い出す。

 オレはため息をつきつつも返した。

「しょーがねぇな。覚悟が決まったら教えろ」

 と、腰を上げた。

「矢田さん……っ! ありがとうございます!!」

 背中にそんな声を聞き、オレは片手をひらひらと振って廊下へ出た。――どうせ両想いなんだけどな。


 夕方五時を過ぎると、早くも外は暗くなってくる。未だ半袖で過ごしているため、秋の寒さが身に染みる。

 先日、竜野と長山が運営に服をくれと訴えていたが、あの要求は通るのだろうか。オレたちにも長袖をくれると助かるが、運営の姿が不明な現時点では、まったくもって期待はできない。

 先に風呂へ入って体を温めてから、のんびりと夕食をとった。

 人が減ったにも関わらず、オレはまだ仕事を割り当てられていなかった。ただ敷地を歩き回り、用意された風呂と食事を堪能たんのうするだけの、贅沢ぜいたくな毎日だ。

 これでいいのかどうかは疑問だが、誰からも指摘されていないし、文句も言われていない。このままでいいやとオレ自身も思うため、流していた。

「矢田さん、他の人たちとも仲良くなれたんですね」

 食事の最中、若島がそう言って隣の席へ座ってきた。

「何の話だ?」

「昼間、長谷川さんから聞いたんです。矢田さんはやっぱり頼りになる、って」

 マジか。悪い気はしないが、ちょっと驚かずにはいられない。

「オレは別に、大したことはしてねぇよ」

 と、返すが、若島はくすりと微笑わらった。

「そんなことないです。わたしも矢田さんは、いい人だと思ってます」

 そして律儀りちぎに「いただきます」と、両手を合わせてから食事を始めた。

「……いい人、ねぇ」

 小さな声でつぶやいてから、オレも黙って食事を進めた。


 就寝までは時間がある。部屋で退屈していると、扉がこんこんとたたかれた。

「矢田さん、おれです」

「おー、入っていいぞ」

 がちゃりと扉が開き、間宮が部屋へ入ってきた。

「あの、その……長谷川さんが今、三階にいるみたいなんで、その、おれ」

 と、どぎまぎする彼へオレは言った。

「告白するのか」

 間宮は顔を真っ赤にさせた。

 いい退屈しのぎができそうだと思い、オレはすぐにベッドから下りて、彼の隣へ並んだ。

「行こうぜ。ちゃんと見守っててやるからよ」

「は、はい」

 間宮をうながしつつ部屋を出ていく。野郎同士の告白現場なんて、こんな状況でない限り見たくはない。だが、間宮と約束しちまったし、長谷川の背中を押したのもオレだ。最後まで見届ける責任があった。


 三階のラウンジに長谷川はいた。カウンター席に座っているが、ボトルやグラスはなく、一人でぼんやりしていたらしい。

「は、長谷川さんっ」

 間宮が緊張しながら呼びかけ、長谷川がこちらへ顔を向けた。

「ああ、間宮か。矢田くんも一緒なんだね」

 ゆっくりと長谷川が椅子から下りる。

 間宮は彼へ近づいていきつつ、「矢田さんには、ちょっと、ついてきてもらっただけなんですけど」と、説明をする。

 オレは彼らから距離を取るように、離れたソファ席へ腰かけた。

「あの、その、大事なお話がありましてっ」

「え?」

 長谷川が目を丸くして、間宮を見る。間宮はすでに顔を赤くしており、長谷川も察してそわそわし始めた。

 内心、そんな二人を鼻で笑いながら、オレは黙って様子を見守る。

「お、おれ……その、長谷川さんに、いろいろ優しくしてもらって、すごく、その、救われたんです」

 まさかの告白までに説明をはさむパターンだ。

「長谷川さんといろいろ話すうちに、おれ、自分のこととかもいろいろ見えてきて」

「うん」

 一方、長谷川は穏やかに彼の話を聞いていた。年上らしい対応だ。

「長谷川さんと過ごすうちに、おれもけっこう大人になったっていうか」

「そうだな」

「そ、それでおれ……っ、も、もっと長谷川さんのそばにいたいっていうか!」

 と、声を張り上げた彼を、長谷川は優しく受け止めた。

「俺も君のそばにいたい」

「えっ」

 驚く間宮へ、今度は長谷川が言う。

「俺、間宮のことが好きなんだ。恋愛の対象として、好きになってしまったんだ」

 心なしか、間宮の顔がますます赤くなったように見えた。

「お、おお、おれも長谷川さんのこと……っ」

「うん、嬉しい」

 長谷川がぎゅっと彼を抱きしめ、間宮は嬉しそうにその肩へ頬を寄せた。

「おれたち、両想い、だったんですね」

「うん。俺、今すごく幸せだよ」

「長谷川さん……」

 至近距離で二人が見つめ合う。

「名前で呼んで」

「えっ」

「飛鳥」

「あ、あすか、さん……」

「叶太……」

 二人がそっと唇を重ねた。ディープキスだ。

 そんな趣味はないはずなのに、彼らの空気に当てられたのだろうか。ちんこがむずむずしてきた。

 オレは立ち上がると、その場に彼らを残してそっと退散した。


 三階から二階へ戻る途中、乱橋と遭遇そうぐうした。

「上に行くつもりか?」

 と、オレが声をかけると、乱橋は不思議そうにする。

「何かあったのか?」

「ああ。長谷川と間宮がいちゃついてるから、今はやめといたほうがいいぜ」

「そうだったか。軽く汗を流そうと思っていたが、邪魔するわけにはいかないな。あきらめるよ」

「おう」

 オレはさっさと歩き出し、乱橋もついてくる。

「ということは、彼らはクリアになるのか」

「だろうな。明日の朝にはいなくなってたりして」

 オレの適当な返しに、乱橋が呆れたようにふっと笑う。

「どうせまたガスだろう」

「それもそうか」

 明日の朝、以前みたいに突然運営が宣言する。そしてオレたちがまた一箇所に集まったところで、催眠ガスが噴射されるのだ。

 自分の部屋の前まで来て、オレは足を止めた。

「それなら、集まらないようにすればいいだけだな」

「おそらく、この会話も聞かれていると思うが?」

 乱橋の指摘にオレはむっとする。

「どうすりゃいいんだよ」

「知らん。まあ、明日の朝を待つしかないな」

 そして彼が通り過ぎていき、二つ隣の部屋へさっさと入っていった。

 オレは息をついてから扉に手をかけた。

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