11話 リアフェリス1

 貧民街、地下にある家の中。


「これが俺がこの大陸で掴んでる三つの国の話です」


 僕達4人はテーブルを囲み、フクロウが広げた大きな地図を眺めながら、彼の話に耳を傾けていた。


「一つ目は聖国ディクネリジェ。宗教国家で教皇がトップの国です。俺たちが住むリトヴィアの同盟国でもありますね。神の名をもとにすべてを行い、聖書を法としています。国民はすべてが信者であり、信者でないものは排除されます」

「これは分かりやすいな」

「次に大帝国ロプレクト。君主制の独裁国家で、もちろん国王がトップです。後継者を血で争う古き風習を持ち続ける国で、革命は全て血と力で清算されてきました。現国王はかなりの野心家で、近々他国に手を伸ばすのでは無いかと言われているようです」

「恐ろしい国もあるんだねぇ」

「それから最後に貿易国クリフィア。自由国家で、この国にトップはいません。商人たちのトップが話合い決議する内閣制を持っていて、割と最近できたばっかりの新しい国です。もともと商人の会合が大きくなり国となったので、領土を広げる意思はないと公言しています」

「いつか行ってみたいな」


 そこまで言うと、フクロウは佇まいを整え、少し声を落とした。


「そして、ロプレクトなんですが、そこには狂蒼と呼ばれる集団がいるようで。その集団が今回の首謀者だと言うのが私の自論です。なんでも、そこのトップは青の原色なんだとか」

「……原色」


 もしかしたら、そいつが?

 僕はすぐに空に浮かんだ水の塊と高身長のあの男を思い出していた。


 僕は頭の中で今回の情報と今までの情報を纏めていく。その度に、何かよく分からない事が頭の中で増えていき、こんがらがってしまった。


「それから、原色の中には聖剣という武器を持ってる人がいるっス。この武器はとにかく凄いってことしか俺も掴んでないんですけど、固有能力が備わってるらしいっす」

「な、なるほど?」


 僕が困惑していると、フクロウの後ろで腕を組んでいた師匠が口を開いた。


「俺からも一つ情報をくれてやるよ。青の聖剣の名はバルムンク。能力は、魔法の範囲拡大、精度上昇だ」

「どうしてそんなことを師匠は知ってるの!?」


 突然の詳細な情報に、思わず僕は大きな声を出すと師匠はしまったみたいな顔をした。

 その後、キリッとした顔を変えた。


「剣士なら最強の剣を知りたいのは当然だろ」

「……まぁそういうことにしておくよ」


 師匠は昔から謎が多いけど、無理に聞くと面倒なことになるのは分かっている。

 僕は諦め疲れた顔をしていると、フクロウさんが新しい情報を切り出してきた。


「狂蒼なのですが、現在王都を離れて街の人たちに扮して移動しているそうです。確か……リアフェレスに大商会の一行として入ったとの情報がありました。しかし騒ぎにはしないでください。もし、騒ぎになっても有力者は全員王都にいますから」

「え、王都に?どうしてですか?」

「そりゃお前、王のお膝元が破壊されたんやぞ。この国の王が怯え、守りに入るために召集をかけたんや。これには議会も一致したらしーしな。今の議会の発言権のほとんどは貴族院が握っている。自分たちを守るためにゃ、そっちの方が何かと都合がええんやろな」

「そう、なんでしょうか……?」

「そうですね。良くも悪くも狂蒼のやつらは上手くやってくれたってことです。おかげで、聖国とこの国との同盟にヒビがはいりそうです」


 僕達は驚愕の悲鳴を漏らす。


「そこまで情勢は悪化してるんですか!?」

「そんな……」


 師匠達は深刻な顔で、無言で頷いた。


「せや。特に最近上に上がった青の国の王は、野心家として評判みたいでな。近々聖国と戦争するのでは無いかと言われとるんらしいんや。いいか?狂蒼のトップは最高の切れ者だと言われとる。戦う気がお前にあるんなら、心してかかるんやぞ」


 その後も、僕達はフクロウさんに色んな話を聞いた。


「ありがとうございます。色々教えて頂いて」

「ありがとうございました」

「いいって事ですよ。商売ですから」

「で、依頼料は……」

「いえ、もう既に受け取ってますので。あと行くのであれば師匠さんを連れて行ってください。契約終了です」


 フクロウさんは、にこやかな声で僕に声をかけてくれた。

 僕は師匠に視線で説明を求める。


「あぁ、それならなんか知らんが、お前んとこの爺さんが金払っとったみたいやわ。あと契約はフクロウの護衛やな。もういいんかいや?」

「ええ。それよりも、この国のためにあなたの力を役立ててください」


 僕は再度頭を下げると、師匠達の方へと向き合った。


「じゃ、このまま行こか」


 そしてそのまま、先程の階段を登り、表へと出た。

 すると、カウンターの端っこの方に、先程はいなかったお客さんがいた。白色のボブカットにまばらに黒色のメッシュが特徴的なお姉さんが、静かにハイプを吹かしている。

 その人に向かって、師匠はずんずんと進んで行った。


「アグニ、お待た」

「待ちぼうけました。それで、そっちの方がレイさんと……えっと」

「ルピカ=シャンティアです」

「ルピカさんですか。私はアグニ=ストーレスと言います。どうぞよろしく」


 アグニさんは僕らに両手を差し出した。僕とルピカは片手づつ握り返す。


「レイ、こいつァ見込みあってな。原色になるって意気込んでんのや。混色の原色って、なんかややこし聞こえるけど、普通に凄いことやと思っとんのよな。俺は。だから、コイツを育てて原色になる光景をこの目で見たいって思って今育ててんよ」


 師匠が誇らしげにそう言うと、その横でアグニさんは顔を赤く染めていた。きっと照れてるのだろう。


「きっとなれますよ」

「ありがとう」


 僕は強く手を握り返した。




 僕達はリトヴィアの駅でリアフェリス行きの列車の切符を買い、ホームに立っていた。

 力強い音を発しながら、それは入ってくる。無骨なフレームを湾曲させ、車掌室を作り出した列車の頭に、四角い客車を四つ携えた蒸気機関車がホームにやってきた。


 僕達はそれに乗り込み、革で作られた座席カバーが貼られた席に座る。列車が動くたび、腰に振動が伝わる。


「見てレイくん!あそこにうっすら海が見える」

「ほんとだ。あっちには火山がある。なんだか、知ってる大陸なのにワクワクするね」


 ルピカとねーと言いながら、リアフェリスへ行くまでの間、ずっと外を見て列車を堪能していた。

 そんな僕達に苦笑しながらアグニさんは付き添うのに対し、師匠はがっつりと寝ていた。


 リアフェリスはこの国最大手の貿易都市だ。

 リアフェリス伯爵がこの都市の管理を任されている。

 流石にクリフィアほどの貿易量ではないが、毎日大量の馬車と貨物列車が行き交い、かなりの量の荷物がその港へと運ばれている。


 リアフェリスへ着くと、石で作られた道を踏み締め、僕達は都市の真ん中の噴水へと向かった。


 都市の真ん中に着くと直ぐに、ルピカが二手に別れることを提案してきた。


「レイくんは商人協会の方を師匠さんと見てきてよ。アタシはアグニさんと商人用港入り口を見てくるから。16時ここ集合ね」


 僕達がそれに異を唱える暇もなく、彼女達は行ってしまった。


「俺達は俺たちでやることやろか。な?」

「そっすねぇ……」


 残された男2人は、少々テンションが下がっていたと思う。

 出来ることなら、ルピカと一緒がよかったな。


 師匠と僕が協会の方で探し始めてから三十分ほどが立った。聴き取りなど色々したが、流石に目立った痕跡は一つとしてなく、僕らの捜索は早々に打ち切りとなった。


 僕は商人から手に入れた赤い林檎を食べながら怪しい場所が無いか探していると、あからさまに怪しい奴が目の前にいた。


 一人でリズムを取りながら、舞を踊る少女がそこにいた。しゃらしゃらと口で言っている。ガチでヤバいやつかもしれない。

 でも、何か情報を持ってるのかもしれない。僕は少し迷い、恐る恐るその人物に声をかけた。


「あ、あのぉ……」

「はいっ!」

「そこで何をしてるんですか?」

「ややっ!私の舞いに興味が!?」

「い、いえそう言うわけでは……」

「たっはー!こりゃ失礼!それで何用で!」

「……えっと実は」


 僕は少し躊躇した後、彼女に聞きたいことを全て尋ねてみた。


「うーん。私にはよく分かりませんね……。あ、そうだ!ここで出会ったのも何かの縁ですし、踊りませんか?一緒に!」

「え?踊り?」

「そうです!踊れば楽しい!嫌なこと忘れて楽しくなれるんです!ね!やる気出てきたでしょ?」

「ま、まぁ……」


 僕がそう言うと、彼女は僕の手を握って踊り始めた。彼女の舞に合わせ、僕の足が動く。社交界のダンスの授業が初めて役に立った気分だ。


 そのまましばらく、僕達はただ踊り続けていた。


 しばらくして舞が終わると、僕は呼吸を荒くし、膝に手を当てていた。


「楽しかったですね」

「……足が」

「初めての踊りでしたか?踊りの経験がないのにそんな早くに動かしたら、そりゃ……」


 彼女はそう言って、僕の腰に目線を移した。

 僕もその視線に釣られて、腰を見る。特に変なものはないはずだが……。


「……なぁんだ。魔剣士さんか」

「え?」

「手合わせ願う!」


 彼女はそう言って、壁に立てかけてあった大きな剣をガチャンと音を立てて抜いた。鞘からは想像できないようなその美しい剣は、芸術品のような装飾の柄にプラチナの剣身を、黄色い魔石をはめ込んでいて。剣身からは濃密な魔力を漂わせていた。


「私の名はマリア=フェリスティア!黄色の原色です!以後お見知り置きを!そしてこちらは愛剣エクスカリバー!」

「原色!?うっそでしょ!?」

「いっきますよぉ?」


 彼女はそう言ってダンスのリズムを足で踏み始める。タンタンスタタン。そして、そのリズムを崩すことなく彼女は剣の動きに移して行く。

 僕は思わず離れ、魔剣を抜き、ルピカの魔填筒を取りだした。


「アンドゥトロワ!よいっしょ!!」


 彼女はそう言いながら両手剣をゴドンと地面に叩きつけた。濃密な魔力の籠ったそれは、それだけで破裂音のようなものを発っしながら地面に亀裂を入れさせる。その土煙に思わず顔をしかめながら魔剣に色素を充填した。


「えっしょ!よいしょっと!」


 彼女は脚を軸に飛び跳ね、ぽんぽんと移動しながら僕に剣を振る。軽く振られたそれは、ものすごい魔力が込められていて。薄い黄色に染った剣身を見た瞬間、僕は叫んでいた。


「魔力全解放っ!」


 剣を防いだ!と思った瞬間、僕の体は吹っ飛んでいた。

僕の体は土の壁を突き破り、民家の中まで吹っ飛ぶ。直ぐに立ち上がると、次の剣が飛んでくる。


「ぐふッ魔力っ全解放!」


 次々と魔填筒を装填し、魔力全開放状態で何とか受け流して防げる状態だ。思わず攻撃に転用しようと試みるが、相手のリズムが独特すぎる為、感覚が掴めない。

 このままでは魔填筒のストックも切れそうだ。


「ほいっ!よいしょっ!」


 受け止める度に吹っ飛び、更に家を壊した僕は表通りへと転がり出ていた。

 転がり出た僕を見た人や馬車が思わず離れていく。


 すると、正面から轟音が響いた。彼女が剣で家を切り飛ばしたのだろう。剣舞をしている彼女にとっては、全てのものが邪魔でしかないのかもしれない。


 僕を見つけた彼女は、力強く跳ね、空中で一回転しながら下にいる僕に目がけ振り下ろした。

 瞬間、肩が強く引かれる。


「お前は下がっとれ。俺がやっちゃる。原色なんて、そんなに見られるもんちゃうしなぁ!」


 師匠は剣を振る。すると、マリアさんは後ろへバックステップしながら靴をトントンと慣らした。


「リズム狂った……。萎え……」

「はぁ?」

「アンタのせいでリズム狂ったの!テンション落ちるわぁ……」


 彼女はそう言って、次は靴のつま先をトントンと鳴らす。


「でも平気!もう新しい調律は取れたから!」

「そうじゃねえと、やりがいってもんがあらへんわなぁ!」


 師匠とマリアさんの剣がぶつかったと思うと、師匠は舌打ちをし、すぐに距離を取った。


 師匠の剣先が飛ぶ。

 僕は、黙ってただそれを見ていた。


「アンタのリズムとか言うやつ、凡人のこっちからしたら読みづらくてしゃあないわ!」

「理解できないのが悪いのよ。こんなに分かりやすいって言うのに!」


 トンタントン。リズムを丁寧に刻みながら、彼女は攻撃を続けていた。

 それを師匠は何とか躱していく。


「あぁ!狂う!調子狂ってしゃあないわ!」


 師匠は持っていた折れた剣を僕の方に投げつけた。


「あかんわ。久々にマジになってもうた。使うわ」


 師匠はそう言って、腰からもう一本の剣を取り出す。

 それは、異国の剣だった。

 少し斜めに沿った片刃のその剣を持って、師匠は獰猛に笑う。


「可愛い顔、傷つけたらごめんなぁ」


 いつもと構えが変わる。

 そんな師匠の姿が、僕には何処かかっこよく見えた。

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